対馬の闇Ⅴ

 腕組みをした伊達は、う~~~とうなり声を上げた。「確かに、ヤバいよな。でもな~、なんとか、ならんものか?サワの頭脳だったら、名案が浮かぶんじゃないか?何とかして、潜入できんものか?」本当に、別荘がヤクザのアジトだとすれば、盗聴器から、彼らの極秘情報を入手できるかもしれない。でも、あのアジトは、中国マフィアか、韓国マフィアの可能性がある。もし、そうであれば、盗聴器の設置に失敗したら、生きては帰れない。そこまで、危険を冒す必要があるのか?我々は、マトリのサポーターであって、ヤクザと渡り合う使命はない。密輸の現場を取り押さえることができなくとも、対馬での任務を果たしたことになる。

 

 沢富は、言いにくそうに返事した。「我々は、マトリに協力するのが、任務であって、ヤクザのアジトに乗り込む任務はないと思います。確かに、盗聴器の設置に成功すれば、奴らの極秘情報を入手できるでしょう。でも、失敗すれば、どうなると思います?奴らは、日本人とは限りません。中国マフィアか、韓国マフィアの可能性もあります。そう考えると、危険すぎます。我々は、あと1年、マトリに協力すればいいんじゃないですか?」伊達は、そのことは考えていた。盗聴器の設置に失敗したら、たとえ、即座に殺されなくとも、中国か、韓国のアジトに連れていかれ、一生、奴隷として、働かさせられる羽目になる。確かに、危険すぎる。ましてや、沢富は、結婚を間近に控えている。でも、なぜか、引き下がれなかった。

 

 伊達は、沢富の将来のことを考えて、表向きは引き下がることにした。「そうだよな。俺たちは、そこまでやる必要はない。マトリの手伝いをやればいい。あまりにも暇だから、よからぬことを考えてしまった。この話は、忘れてくれ」いつもと違って、あまりにも、素直に、あっさりと引き下がった伊達が気になった。まさか、だれにも迷惑をかけないように、単独で潜入しようとしているのではないか?万が一、潜入に失敗すれば、出口巡査長の二の舞になる。それだけは、避けたかった。「先輩、抜け駆けは、ダメですよ。先輩の知恵で成功するような仕事ではありません。やる気でしょ?そう、顔にかいてありますよ」

伊達は、本心を見抜かれ、顔を引きつらせた。

 即座に冷静さを取り戻した伊達は、心を落ち着けて、返事した。「俺を疑うのか?心外だな~~。今言ったことは、たわごとだ。気にするな。おとなしく、ひきこもっているさ。後1年の辛抱だ。仲人の練習でもやるさ。お前も、疑い深いやつだな~~」沢富は、伊達のお芝居には騙されなかった。おとなしく、ひきこもれるような性格ではない。どうにかして、引き留めなければならない。脅しをかけることにした。「今の言葉に、嘘はないですね。単独行動をとれば、だれも助けに来ないんですよ。出口巡査長のように、海に浮かぶことになるんですよ。いや、マフィアのことだ、生きたまま、お金になる内臓だけを切り取るかも。麻酔なんか、かけやしない。発狂するほどの地獄の痛みを感じながら、殺される。わかってますよね」

 

 伊達は、ちょっとビビってしまった。単独行動であれば、だれも助けに来ない。捕まってしまえば、殺されるか、内臓を売るために、解体されるかも。背筋に冷たいものが走った。正義感を抑えておとなしくひきこもるか?それとも、神様に運命を託すか?少し、頭を冷やすことにした。「わかってるさ。ちょっと、推理小説の名探偵を考えてみただけさ。ルポライターに変装した名探偵が、言葉巧みにヤクザのアジトに乗り込み、会議室のテーブルの裏側に盗聴器を取り付ける、ってのはどうかな~~。サワだったら、どんな天才名探偵を登場させるんだ?」伊達は、推理小説好きの沢富の興味を引き出そうとした。

 

 言葉に乗せられた沢富は、シャーロックホームズになった気分になり、自分の考えを話し始めた。「そうですね~。清掃員とか、家政婦とか?ぽつんと一軒家を取材するTV局のスタッフとか?いや、やはり、別荘を取材するルポライターがいいかも?オーナーに豪華別荘の自慢話をさせる、意外と、食いつくかも?先輩、それって、名案じゃないですか」伊達は、ドヤ顔で返事した。「まあ、たまには、知恵が働くさ。要は、実際にできるかだ。サワ、やってみろよ」沢富は、目を丸くして返事した。「なに、バカなことを言ってるんですか。あくまでも、小説の話です。実際にやりませんよ。先輩も、バカな真似はしないでくださいよ。良識のある警察官ですから」伊達は、食えないやろうだと思ったが、素直に返事した。「わかってるさ。全く、冗談が通じないやつだな~~」

 

 沢富は、今日の伊達は、信用できなかった。なんとなく、こっそりと単独行動をするように思えた。伊達の浮ついた目は嘘をついている目と判断した。「全く、先輩がこんなに頑固だとは思いませんでした。本当に、ヤバいですよ。跡形もなく消されますよ。そんなに、あの別荘がにおうんだったら、マトリにやらせればいいんです。麻薬捜査は、マトリの仕事なんだから。そうだ、草凪さんに情報提供されてはどうですか?マトリが、怪しいと判断すれば、捜査に乗り出すと思うんですが」伊達は、心でつぶやいた。一度、ルポライターに変装して失敗したのは、自分が役不足だったからだ。知識が豊富で口達者の草凪だったら、ルポライター役をうまくやるに違いない。伊達は、ポンと膝をたたいた。

 

 伊達は、感心した表情で沢富に返事した。「そうだよな。マトリにやらせればいい。俺たちみたいな大根役者じゃ、すぐに見破られてしまう。草凪だったら、きっとうまくやる。早速、話してみようじゃないか」あまり気乗りしなかったが、伊達の単独行動を許すよりは、マトリに依頼したほうが賢明と判断した。「マトリの判断に任せましょう。僕が、草凪さんに連絡を取ってみます。先輩は、おとなしく、自宅待機していてください。いいですね」伊達は、不満顔だったが、大きくうなずいた。「なんだか、ワクワクしてきたな~~。草凪だったら、うまくやれる。盗聴器さえ設置できれば、捜査は、一気に進展する。サワ、今すぐ、電話してくれ」沢富は、あきれた顔つきでうなずいた。

 

 比田勝のマンションにいた草凪は、沢富の電話を受け、すぐにやってきた。重要な情報提供だと判断した草凪は、テーブルに着くや否や、沢富に問いかけた。「いったい、どんな情報ですか?警察内部に、怪しいものがいたんですか?」沢富は、苦笑いしながら返事した。「いや~~、そこまでは~~。これからですよ。ちょっとした情報を入手しました。捜査に役立つかどうか、わかりませんが」今のところ何一つ手掛かりをつかめていなかった草凪は、一つでもいいから、一刻も早く、何か手掛かりが欲しかった。身を乗り出して、話をせかした。「どんなに些細な情報でも構いません。是非、お聞かせください」

 

 

 何の根拠もない別荘の話を聞かせて、がっかりさせるのではないかと思ったが、沢富は、真剣なまなざしで話し始めた。「情報というほどでもないかもしれませんが、鰐浦湾北部に、離島にふさわしくないすごく豪華な別荘があります。この別荘は、IT社長の別荘らしいのですが、どうも、腑に落ちないんです。常識的に考えて、対馬の山奥に豪華な別荘を建てるでしょうか?あくまでも、憶測にすぎませんが、もしかしたら、ヤクザのアジトではないかと?そう思ったもので、草凪さんのご意見をうかがいたくて」ヤクザのアジトと聞いて、草凪は、腕組みをして、小さくうなずいた。「対馬の山奥に豪華な別荘ですか。確かに、においますね。ヤクザと決めつけるのは、どうかと思いますが、何かありますね」草凪は黙っていたが、実は、この別荘のことを知っていた。また、世界的に有名なIT企業のシュー社長を調査していた。

 

 沢富は、頭をかきながら、提案した。「伊達さんと二人で話していたんですが、あの別荘に盗聴器をつけてみてはどうかと。ちょっと、ヤバい話ではあるんですが。どうでしょう?」盗聴器と聞いた草凪は、顔を引き締めた。しばらく黙っていたが、目を見開いて話し始めた。「仮に、ヤクザのアジトであれば、情報が取れるということですね。でも、盗聴器をつけるとなれば、どこに、どうやって、設置するかです。至難の業ですよ。現実的に無理では?」沢富は、二人で考えたルポライターのことを話すことにした。「ちょっとした思い付きですが、豪華別荘の特集記事として、ルポライターがオーナーを取材する、というのはどうですか?別荘内を案内してもらい、隙を見て、盗聴器を設置する、うまくいきませんかね~?」

 

 草凪は、あまりにも子供じみた話にあきれた表情で返事した。「ちょっと、アニメのコナンじゃないんです。隙を見て、設置などできません。簡単に設置できるところであれば、相手も、簡単に見つけ出せるのです。簡単に見つけられない場所に設置するには、何らかの作業が必要となります。別荘でどんな作業をするかですが?」沢富と伊達は、自分たちの浅はかな考えに恥ずかしくなり、うつむいてしまった。「そうですよね。ちょっと、バカな話をして、申し訳ありません」マトリたちは、別荘が麻薬取引の拠点になっているのではないかという疑いをすでに抱いていた。草凪は盗聴器を設置する方法はないかと考え始めた。「いや、バカな話では、ありません。貴重な情報です。別荘が、何らかの形で麻薬密輸に絡んでいるとも考えられます。私に、時間をください。この情報を活かしたいと思います」

 

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅴ
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