対馬の闇Ⅴ

 ナオ子の悲観的な発言にひろ子は動揺し始めた。ご両親に嫌われているのではないかと嫌な予感がした。「もしかしたら、嫌われているのかもしれません。サワちゃんにふさわしくないのかも?」さらに悲観的な発言を聞いた沢富は、力強く否定した。「そんなことは、ありません。母は、とても気に入っていました。おやじは、一度、ひろ子さんに会いに、福岡に来ると言っていたんです。でも、対馬勤務になってしまい、こんなことに。おやじは、仕事のことしか頭にないんです。やはり、思い切って、式を挙げましょう。両親のことは、僕に任せてください。どこの教会にしましょうか?ひろ子さん」腕組みをして聞いていた伊達が話し始めた。「そう、焦るな。やはり、了解は必要だ。そうだ、二人で、ご両親に会ってこい。そして、じかに了解を得るんだ」

 

 ナオ子もうなずき、ひろ子を励ました。「そうよ。ひろ子さんは、お父様には会っていないんだから、了解が得られないのは、当然よ。バカね~~、私たちって。早速、休暇を取って、東京に行きなさい」沢富は、即座に返事しなかった。しばらく、うつむいていた。心配になったナオ子は、声をかけた。「どうしたの?休暇が取れないの?」沢富は、しかめっ面で話し始めた。「それが、今は、それどころじゃない。東京は、パニックだ。コロナ感染拡大しているときに、式なんか、挙げれるものか、っていうんです。全く、大げさなんです。おやじは、何を考えているのやら」

 

 ナオ子は、イベント中止のことを言っているような気がした。「そうよね、今、いろんなイベントが中止されてるじゃない。いろんなスポーツの試合も中止みたいだし、相撲も、無観客よ。要は、披露宴に国会議員を呼べないって、言ってるんじゃないかしら」沢富は、イベント中止のことをすっかり忘れていた。対馬では、感染が確認されていなかったが、日本中、いや、世界中、コロナでパニックになっていた。伊達がつぶやくように言った。「武漢は、都市封鎖だ。確かに、感染不安で世界中、パニックだ。こんな時に、披露宴はやれんだろう」ナオ子もうなずいた。「披露宴はムリね。一番の問題は、ひろ子さんが、お父様に会ってないことよ。会わずに、承諾はムリよ。コロナが、収束するまで、会えないってことはないでしょ。とにかく、お父様に会って、結婚の承諾を得ることね。そうすれば、式を今年中に挙げて、披露宴は、来年でもいいじゃない」

 

 

 苦虫を嚙み潰したよう表情になった沢富が、返事した。「それが、今は、無理みたいなんです。ひろ子さんを会わせたいと言ったところ、東京にやってきて、コロナに感染したら大変だというんです。もうしばらくすれば、コロナも収束する。東京オリンピックが終われば、会いに行ってやる、って言うんです。まったく、自分中心なんだから。申し訳ありません」伊達は、う~~とうなずき納得したように話し始めた。「ま~~な、日本各地いたるところで、感染が確認されている。関東は特に感染者が多い。俺も、今は、東京に行かないほうがいいような気がする」意気消沈したナオ子が、口をはさんだ。「あ~~、それじゃ、東京オリンピックが終わるまで、お父様に、会えないってこと。ということは、結婚は、早くて、来年ね」

 

 伊達が、明るい声で話し始めた。「そう、がっかりすることはない。果報は寝て待て、って言うじゃないか。それまで、どこの教会にするか、決めればいいんじゃないか?長崎には、たくさん教会があるようだが」ひろ子も笑顔で返事した。「そうですね。サワちゃん、後、一年の辛抱ね。ナオ子さん、対馬はいかがですか?何にもないところですから、退屈でしょ。二人は、対馬に取りつかれたみたいですから、私たちは、福岡に帰りましょうか?」ナオ子は、うなずき返事した。「一年ということだったから、対馬にやってきたけど、もう一年、ここにいると思うとぞっとするわね」沢富が、顔を引きつらせて話しに割り込んだ。「え~~、ひろ子さん、ビヨンド号は、だれが、面倒見るんだい。大切な犬なんだ。無責任なことはできない」

 

 平然とした表情でひろ子は、返事した。「それは、心配ないわ。父親が、面倒見るから。ビヨンド号を飼うようになって、元気になったみたいなの。時々、サワちゃんが、顔を出してくれたら、父は喜ぶと思うし」寂しげな表情になった沢富が、小さな声で返事した。「ま~、そういうことだったら」ナオ子が、沢富を励ますように声をかけた。「福岡に帰っても、時々、様子を見に来るから。何、しょげてるの。そんなに、ひろ子さんと一緒にいたいの?」伊達が、マジな話になり、話しに割り込んできた。「おい、おい、マジかよ。本当に、福岡に、帰っちゃうのか。まあ、帰りたいと言うんなら、引き留めないけど」

 

 

 ナオ子が、さみしそうな二人に返事した。「二人とも、そんなに深刻な顔をして。私たちには、ひろ子さんの結婚準備があるのよ。教会をどこにするか、東京の披露宴は、沢富家に任せるとして、福岡でも披露宴をするとなれば、ホテルを予約しなくちゃいけないし、ひろ子さんは、エステに行って、磨きをかけなきゃならないし、結婚式まで、やることがたくさんあるのよ」伊達は、うなずいたが、披露宴は、福岡でなく対馬でやるべきじゃないかと思った。「おい、披露宴は、対馬だろう。ひろ子さんの親族は、対馬にいるんだぞ。福岡ですることはないと思うがな」内心、ナオ子もそう思っていたが、再婚であることをことを考えて、福岡を提案した。「それは、そうだけど。それじゃ、対馬で披露宴をやる?ひろ子さん」

 

 ひろ子は、高齢者の親族のことを考えれば、対馬でやりたかった。でも、再婚の披露宴であることを考えると、福岡のほうが気が楽だった。「私は、交通の便を考えれば、福岡の方がいいと思います。国会議員の方もいらっしゃると思いますし、対馬の親族は、飛行機を使えば、すぐですから」沢富は、再婚のことを察知した。「ひろ子さんに任せますよ。ナオ子さん、よろしくお願いします」ナオ子は、話を続けた。「ひろ子さんと打ち合わせながら、挙式の段取りを練るわね。経過報告は、ちゃんとするから、安心して。そう、あなたは、どんなことを話すか、考えて頂戴よ。おっちょこちょいだから、心配だわ」そういわれた伊達は、仲人の重責をずしんと感じた。「そう、いじるなよ。やるときは、やる男だ。でも、ちょっと、ビビるよな。お偉いさんばかりだからな」

 

 沢富がさみしそうな表情でひろ子を見つめていた。ひろ子は、ナオ子に声をかけた。「ナオ子さん、いつにします?」ナオ子は、首をかしげて返事した。「そうね、今は、コロナで自粛ムードだし、来月にしましょう。そのころには、少しは、落ち着いているんじゃない」伊達と沢富は、うなずいた。ひろ子は、新しい情報はないか、伊達に尋ねた。「ところで、新しい情報、ありませんか?警察に、何か動きがあるはずなんです。直感なんですけど」伊達は、腕組みをするとウ~~とうなずき返事した。「ないことはない。これが、事件と関係してるかどうか、わからんが」即座に、ひろ子は話をせかした。「いったい、どんなことですか?」伊達は、話すべきかどうか悩んだが、知りえている範囲の情報を話すことにした。

 

 

 話を聞けば、きっと、ひろ子は捜査に乗り出すと思い、沢富は、話を止めようと思ったが、間に合わなかった。「いやな、果たして、捜査の対象となるか、あやふやなんだが、大野巡査が言うには、近々、神戸に行くそうだ。しかも、車でだ。大野は、新幹線を使われては、と言ったそうだが、安倍警部補が観光も兼ねて車で行く、と言ったそうだ。ただ、これだけのことだから、特に疑うことはないと思うが、今のところ、これぐらいだ」ひろ子は、車で麻薬を運んだという出口の手紙を思い出した。もしかしたら、その車で麻薬を運ぶつもりではないか?と一瞬、思ったが、長距離を警察官が運ぶのは危険が高すぎると判断した。ならば、ほかに運ぶものといえば、お金しかない。何かの取引に使われるお金に違いない。

 

 ひろ子は、確認した。「大野巡査が、運転するということですね」伊達は、即座に返事した。「そうだ。安倍警部補のお供だそうだ」ひろ子は、何か、匂うものがあった。これだけの情報で現金輸送の判断はできない。もちろん、現金以外の何かを輸送するのかもしれない。言えることは、表に出せない何かを輸送するということだ。どんな車で輸送つもりなのか?ひろ子は、目をむき出して、尋ねた。「車って、警部補の車ですか?」伊達は、答えた。「そこまでは、知らん。知りえたことは、近々、安倍警部補のお供で、大野巡査が神戸に行くということだけだ。それ以上のことは、全く、わからん」ひろ子は、大野巡査から直接情報をとることにした。

 

 福岡に帰ることが決まり、ナオ子は二人を返すことにした。「あなた、明日もあることだから、そろそろ帰ったら」伊達は、うなずき、沢富に同意を求めた。「サワ、それじゃ、帰るとするか。来月には、二人は、帰るとさ。なんだか、見捨てられたみたいだな。いいさ、もう一年、頑張れば、福岡に帰れる。まあ、生還できるかは別だが」伊達はワハハ~~と苦笑いをした。ナオ子は、冷めた顔で追い打ちをかけた。「なに、バカなことを言ってるんですか。仲人を無事終えるまでは、生きててもらわないと。ね~~、ひろ子さん」ひろ子は、うなずいたが、心の底で、不吉な予感を感じた。「サワちゃん、無理はしないでね。危ないと思ったら、伊達さんに任せればいいから」伊達が、ポンと胸を叩いて、返事した。「ひろ子さん、心配はいらん。名刑事がついている。無事、事件を解決し、凱旋して見せる」ナオ子が、皮肉を言った。「あなた、頼みますよ。くれぐれも、迷刑事にならないように。署長になるまでは、殉死なされないように」伊達は、沢富に帰るアイコンタクトを送った。

春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅴ
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