対馬の闇Ⅴ

             挙式延期

 

 39日(月)。ありがとうの日。伊達と沢富はナオ子たちのマンションに呼ばれていた。挙式に不安がよぎったナオ子は、これからどうすべきか、二人と相談することにした。というのは、いまだ、沢富家から挙式についての許可が下りなかったからだ。対馬での勤務を終えれば、無事挙式があげられると安易に考えていたが、不運にも麻薬捜査は難航し、もう1年、伊達と沢富の対馬勤務が延長された。万が一、いつまでたっても、結婚の許可が下りなければ、仲人ができなくなり、警察署長の夢も水の泡となって消えていくように思えた。結婚の許可が下りない理由を沢富家に確認したい気持ちはあったが、これが、かえって藪蛇となりはしないかと思うと、全く身動きが取れなくなった。

 

 キッチンテーブルに腰掛けた4人は、深刻な顔でお互いを見つめあっていた。息苦しい雰囲気を払しょくしようと、沢富が明るい声で話し始めた。「そう、深刻にならなくても、いいじゃないですか。結婚するということは、両親に伝えていますから。式は、教会で挙げると伝えれば、それでいいですよ。披露宴なんて、いつでもいいんですから。対馬勤務が終われば、東京と福岡で、盛大に披露宴、やりましょう。明日にでも、両親には、6月に式を挙げると伝えます」3人は、落ち込んだ表情でうなずいていた。ナオ子は、沢富の決意を知って、一瞬喜んだが、やはり、不安はぬぐい切れなかった。

 

 悲壮な顔のナオ子は、不安を述べた。「確かに、結婚は、二人の問題だけど、仲人の立場として、なんとなくスッキリしないのよ。勝手に、式を挙げて、後でトラブルにでもなったら、それこそ、仲人の責任じゃない。ご両親に嫌われでもしたら」沢富も仲人の立場を考えると軽はずみなことはできないとうなずいた。「そうですね。両親を無視すれば、仲人さんに迷惑がかかる。やむを得ない、来年まで引き伸ばしましょう」ナオ子の大きな悲鳴が上がった。「え~~、来年?来年がダメだったら、どうする気?永遠に結婚できないじゃない」沢富は、そこまで悲観的に考えなくてもいいのではないかと思い、話を続けた。「大丈夫ですよ。きっと、対馬勤務は、今年までです。永遠に結婚できない何って、ちょっと、大げさですよ」

 

 

 ナオ子の悲観的な発言にひろ子は動揺し始めた。ご両親に嫌われているのではないかと嫌な予感がした。「もしかしたら、嫌われているのかもしれません。サワちゃんにふさわしくないのかも?」さらに悲観的な発言を聞いた沢富は、力強く否定した。「そんなことは、ありません。母は、とても気に入っていました。おやじは、一度、ひろ子さんに会いに、福岡に来ると言っていたんです。でも、対馬勤務になってしまい、こんなことに。おやじは、仕事のことしか頭にないんです。やはり、思い切って、式を挙げましょう。両親のことは、僕に任せてください。どこの教会にしましょうか?ひろ子さん」腕組みをして聞いていた伊達が話し始めた。「そう、焦るな。やはり、了解は必要だ。そうだ、二人で、ご両親に会ってこい。そして、じかに了解を得るんだ」

 

 ナオ子もうなずき、ひろ子を励ました。「そうよ。ひろ子さんは、お父様には会っていないんだから、了解が得られないのは、当然よ。バカね~~、私たちって。早速、休暇を取って、東京に行きなさい」沢富は、即座に返事しなかった。しばらく、うつむいていた。心配になったナオ子は、声をかけた。「どうしたの?休暇が取れないの?」沢富は、しかめっ面で話し始めた。「それが、今は、それどころじゃない。東京は、パニックだ。コロナ感染拡大しているときに、式なんか、挙げれるものか、っていうんです。全く、大げさなんです。おやじは、何を考えているのやら」

 

 ナオ子は、イベント中止のことを言っているような気がした。「そうよね、今、いろんなイベントが中止されてるじゃない。いろんなスポーツの試合も中止みたいだし、相撲も、無観客よ。要は、披露宴に国会議員を呼べないって、言ってるんじゃないかしら」沢富は、イベント中止のことをすっかり忘れていた。対馬では、感染が確認されていなかったが、日本中、いや、世界中、コロナでパニックになっていた。伊達がつぶやくように言った。「武漢は、都市封鎖だ。確かに、感染不安で世界中、パニックだ。こんな時に、披露宴はやれんだろう」ナオ子もうなずいた。「披露宴はムリね。一番の問題は、ひろ子さんが、お父様に会ってないことよ。会わずに、承諾はムリよ。コロナが、収束するまで、会えないってことはないでしょ。とにかく、お父様に会って、結婚の承諾を得ることね。そうすれば、式を今年中に挙げて、披露宴は、来年でもいいじゃない」

 

 

 苦虫を嚙み潰したよう表情になった沢富が、返事した。「それが、今は、無理みたいなんです。ひろ子さんを会わせたいと言ったところ、東京にやってきて、コロナに感染したら大変だというんです。もうしばらくすれば、コロナも収束する。東京オリンピックが終われば、会いに行ってやる、って言うんです。まったく、自分中心なんだから。申し訳ありません」伊達は、う~~とうなずき納得したように話し始めた。「ま~~な、日本各地いたるところで、感染が確認されている。関東は特に感染者が多い。俺も、今は、東京に行かないほうがいいような気がする」意気消沈したナオ子が、口をはさんだ。「あ~~、それじゃ、東京オリンピックが終わるまで、お父様に、会えないってこと。ということは、結婚は、早くて、来年ね」

 

 伊達が、明るい声で話し始めた。「そう、がっかりすることはない。果報は寝て待て、って言うじゃないか。それまで、どこの教会にするか、決めればいいんじゃないか?長崎には、たくさん教会があるようだが」ひろ子も笑顔で返事した。「そうですね。サワちゃん、後、一年の辛抱ね。ナオ子さん、対馬はいかがですか?何にもないところですから、退屈でしょ。二人は、対馬に取りつかれたみたいですから、私たちは、福岡に帰りましょうか?」ナオ子は、うなずき返事した。「一年ということだったから、対馬にやってきたけど、もう一年、ここにいると思うとぞっとするわね」沢富が、顔を引きつらせて話しに割り込んだ。「え~~、ひろ子さん、ビヨンド号は、だれが、面倒見るんだい。大切な犬なんだ。無責任なことはできない」

 

 平然とした表情でひろ子は、返事した。「それは、心配ないわ。父親が、面倒見るから。ビヨンド号を飼うようになって、元気になったみたいなの。時々、サワちゃんが、顔を出してくれたら、父は喜ぶと思うし」寂しげな表情になった沢富が、小さな声で返事した。「ま~、そういうことだったら」ナオ子が、沢富を励ますように声をかけた。「福岡に帰っても、時々、様子を見に来るから。何、しょげてるの。そんなに、ひろ子さんと一緒にいたいの?」伊達が、マジな話になり、話しに割り込んできた。「おい、おい、マジかよ。本当に、福岡に、帰っちゃうのか。まあ、帰りたいと言うんなら、引き留めないけど」

 

 

 ナオ子が、さみしそうな二人に返事した。「二人とも、そんなに深刻な顔をして。私たちには、ひろ子さんの結婚準備があるのよ。教会をどこにするか、東京の披露宴は、沢富家に任せるとして、福岡でも披露宴をするとなれば、ホテルを予約しなくちゃいけないし、ひろ子さんは、エステに行って、磨きをかけなきゃならないし、結婚式まで、やることがたくさんあるのよ」伊達は、うなずいたが、披露宴は、福岡でなく対馬でやるべきじゃないかと思った。「おい、披露宴は、対馬だろう。ひろ子さんの親族は、対馬にいるんだぞ。福岡ですることはないと思うがな」内心、ナオ子もそう思っていたが、再婚であることをことを考えて、福岡を提案した。「それは、そうだけど。それじゃ、対馬で披露宴をやる?ひろ子さん」

 

 ひろ子は、高齢者の親族のことを考えれば、対馬でやりたかった。でも、再婚の披露宴であることを考えると、福岡のほうが気が楽だった。「私は、交通の便を考えれば、福岡の方がいいと思います。国会議員の方もいらっしゃると思いますし、対馬の親族は、飛行機を使えば、すぐですから」沢富は、再婚のことを察知した。「ひろ子さんに任せますよ。ナオ子さん、よろしくお願いします」ナオ子は、話を続けた。「ひろ子さんと打ち合わせながら、挙式の段取りを練るわね。経過報告は、ちゃんとするから、安心して。そう、あなたは、どんなことを話すか、考えて頂戴よ。おっちょこちょいだから、心配だわ」そういわれた伊達は、仲人の重責をずしんと感じた。「そう、いじるなよ。やるときは、やる男だ。でも、ちょっと、ビビるよな。お偉いさんばかりだからな」

 

 沢富がさみしそうな表情でひろ子を見つめていた。ひろ子は、ナオ子に声をかけた。「ナオ子さん、いつにします?」ナオ子は、首をかしげて返事した。「そうね、今は、コロナで自粛ムードだし、来月にしましょう。そのころには、少しは、落ち着いているんじゃない」伊達と沢富は、うなずいた。ひろ子は、新しい情報はないか、伊達に尋ねた。「ところで、新しい情報、ありませんか?警察に、何か動きがあるはずなんです。直感なんですけど」伊達は、腕組みをするとウ~~とうなずき返事した。「ないことはない。これが、事件と関係してるかどうか、わからんが」即座に、ひろ子は話をせかした。「いったい、どんなことですか?」伊達は、話すべきかどうか悩んだが、知りえている範囲の情報を話すことにした。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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