タケル

 真人は民宿の並びの古民家の表札を確認しながら歩くことにした。古びた小さな家の”近衛(このえ)”と書かれた表札が目に留まった。真人は、玄関の扉の前に立ち、丁寧に声をかけた。「ごめんください。ごめんください」二度声をかけると、中から「ハイ」と男子の元気な声が返ってきた。しばらくすると扉が開き見覚えのある浅黒いタケルの顔が現れた。タケルの顔は、一瞬固まったが、真人の顔を思い出したのか、ニコッと笑顔を作った。「あ、あの時の」真人も笑顔であいさつした。「こんにちは。また、姫島に遊びに来たんだ。今、暇だったら、神社で遊ばないか?」一人でテレビを見ていたタケルは、遊び相手ができたことにうれしくなったのか、大きくうなずいた。タケルは「行く」と返事するとくびすを返し奥に引っ込んだ。真人がちょっとだけ奥の方を覗き込んだ時、サッカーボールを右脇に抱えたタケルが、駆け足で戻ってきた。「行こうぜ」と一言いうと扉の鍵も閉めず、タケルは即座に歩き出した。真人も即座にタケルの後を追った。

 

 タケルは鳥居の前に立つと一礼した。そして、トレーニングをするかのように、拝殿まで一気に階段を駆け上って行った。運動の苦手な真人も子供に負けては恥と必死に駆け足でタケルの後を追った。拝殿に到着した真人は、息を整え二礼二拍手をして、”タケルが皇子でありますように”と願い、一礼してタケルに振り向いた。タケルは、真人が振り向くと即座に大声を出した。「ねえ、学校のグランドで、サッカーやろう」タケルは笑顔を作り、真人を誘った。真人も笑顔を作り返事した。「よし、やってやろうじゃないか。ドリブルだったら、負けないからな。その前に、ちょっと、聞きたいことがあるんだ」タケルは、うなずいて返事した。「聞きたいことって?」真人は尋ねた。「タケル君は、生まれも、育ちも、姫島かい?」タケルは、元気よく返事した。「そうだ。お父さんも、お母さんも」

 

 さらに、真人は尋ねた。「そうか。それじゃ、タケウチ、って名前、聞いたことないかな~~」タケルは、ちょっと間をおいて返事した。「タケウチね~。ちょっとある。お母さんから聞いた」しめたと思った真人は質問を続けた。「タケウチって、タケル君の親戚?」タケルは、首をかしげて思い出すような顔で返事した。「一度、ずっと、ずっと、ず~~と前に、お母さんから聞いたんだけど、お父さんは、タケウチっていうんだって。でも、お母さんって、今のお母さんじゃないよ。亡くなったお母さん。小学5年の時に死んじゃった」真人は、タケルの父親の姓がタケウチだったことを知り、ますます興味がわいてきた。「そうか。タケウチの漢字、わかる?」タケルは、顔を左右に振った。「わかんない。ちょっと、聞いただけだったし、僕が生まれてすぐ、ポイっと、お父さん、家出したんだって」

 

 漢字は大した問題ではない。発音はムッタン先生の姓と同じ。やはり、ムッタン先生の隠し子ではないか?もし、本当に隠し子であれば、21世紀最大のトクダネ。真人の心はワクワクしてきた。さらに、真人は質問した。「そのほかに何か、聞いてない?」タケルは、頭をかきながら話し始めた。「さっきは、姫島生まれの姫島育ち、って言ったけど、本当は、東京生まれかも?お母さんは、東京から引っ越してきた、って言ってたから」東京生まれと聞いて、ムッタン先生の子供の可能性が高くなったと真人は目を輝かせた。真人は心でつぶやいた。不倫相手の妊娠を知ったムッタン先生は、保身のために、慰謝料を支払い、堕胎をお願いした。一度は承諾した不倫相手だったが、堕胎することができず、出産を決意した。そして、東京から姿を消した彼女は、福岡の病院でタケルを出産し、身を隠すように、孤島の姫島にやってきた。意外と当たってるかも。

 

 ムッタン先生とタケルが同姓であったことは、親子の可能性を高めたが、それだけでは、親子と断定はできない。DNA鑑定ができれば、はっきりすると思えたが、どこの機関で判定してもらえばいいのか、今すぐには思いつかなかった。とりあえず、タケルの血液型を確認することにした。「あのね~、お兄ちゃんの血液型は、B型なんだけど、タケル君は?」タケルは、即座に返事した。「僕は、A型。でも、そんなこと聞いてどうするの?何かの研究?」気まずくなった真人は、血液型の話をすることにした。「いや、血液型と性格って関係があるんだ。だから、出会った人には、血液型を聞くことにしてるんだ。小さくうなずいたタケルだったが、すぐにでもサッカーをやりたい表情を見せた。「早く、サッカーやろうよ」真人は笑顔で返事した。「よし、やろう」

 

 姫島分校のグランドまで駆けてくるとタケルは、六角形の校舎の中に入っていった。しばらくして、タケルはサッカーボールをけりながらグランドにやってきた。「先生の許可をもらった。サー、やろう~」タケルはドリブルを始めた。真人は、ゴールキーパーをやることにした。「タケル君、僕は、ゴールキーパーだ。どこからでもいいぞ」ゴールに立っている真人を確認したタケルは、ドリブルをしながら、ゴールに向かった。ゴールから20メーターほどの距離に来るとタケルはボールをキックした。カーブしながらコーナーに向かったボールは見事ゴールした。真人は、全く手も足も出なかった。タケルのキック力からして、おそらく、毎日サッカーをやっているのではないかと思えた。大きな声でタケルをほめた。「イヤ~、まいった。カーブしてるじゃないか。すごいな~~」

 

 

 ほめられたタケルは、笑顔で真人のところにかけてきた。「やった~~。シュートには、自信があるんだ。いつも、先生と練習してるから。でも、試合ができないんだ。高校生になったら、サッカー部に入る。そして、プロになる」真人はこんな孤島にも才能豊かな生徒がいることにびっくりした。足は速く、力強いキック、確かに才能があるように思えた。「大したもんだ。先生の指導がいいんだな。頑張れば、プロになれるかも?」笑顔のタケルは、ドヤ顔で返事した。「そうさ、波多江先生、ってすごいんだ。F大のサッカー部だったんだ。僕なんかと違って、強烈な弾丸キックなんだ。あ、そうだ。先生、呼んでこようか。ちょっと待ってて」タケルは、六角校舎にかけて行った。しばらくするとブルーのトレーニングウエアを着た、背の高いがっちりとした体格の30歳前後と思われる先生が駆け足でやってきた。

 

 タケルが先生を紹介した。「体育と社会の先生。イケメンだろ~。人気者なんだ。先生、弾丸シュート、見せてあげてよ」先生は初めて見る真人の顔にちょっと怪訝そうな顔をした。先生は、確認するかのように真人に話しかけた。「分校で教えています波多江と申します。タケルのお友達ですか?」島にやってきた悪党と思われてはいけないと思い笑顔で返事した。「はい。東京から観光にやってきましたカスガマヒトと申します。タケル君と会うのは、まだ二回目なんですが、すごく意気投合しまして、お友達になりました。よろしくお願いします」疑いが解けたと見えて、先生は笑顔で返事した。「そうでしたか。島の人ではないと思いましたので。失礼しました。よければ、職員室にどうぞ」

 

 タケルが即座に口をはさんだ。「先生、シュート。弾丸シュート、見せてよ」ニコッと笑顔を作った先生は真人に顔を向けて話した。「F大のサッカー部だったんです。天皇杯にも出ました。ここでは、サッカーチームは作れませんが、タケルを指導しています。結構、筋がいいです。それじゃ、一発」先生は、ドリブルを始めた。センターから折り返した先生は、右サイドから左脚で約30メーターのキックを放った。カーブしたボールは左コーナーのポールに当たり跳ね返った。タケルは、がっかりした声を張り上げた。「あ~~、何やってんだよ~~、先生。ミスっちゃって。ア~~ア、ダメポ」先生は、頭をかきながら駆け足で戻ってきた。「イヤ~~、ミスってしまった。まあ、こういう時もあります。真人さん、どうぞ」先生は、校舎に向かって歩き出した。

 

            波多江先生の夢

 

 真人は先生の後姿を見つめ、密かに心の底で思った。タケルの素性について聞き出せるかもしれない。真人は、小さな職員室の入り口で一礼するとゆっくりと足を踏み入れた。「失礼します」先生は、椅子を差し出した。「どうぞ」差し出された椅子に腰かけた真人は、あたりを見渡し、タケルがいないことに気づいた。「タケルは?」先生は、即座に返事した。「タケルは練習です。タケルは本当にサッカーが好きなんです。でも、もうちょっと、勉強してもらわないと。そうでないと、糸高に入れません。困ったものです」真人は、返事に困り、質問した。「は~~、先生は、ここは長いんですか?」先生は、笑顔で返事した。「まあ、長いといえば、長いんでしょうか。大学を卒業して、最初の赴任が、ここなんです。それからずっとここです。かれこれ7年になりますか。僕は、ここが気に入っていますから、不満はありません」

 

 7年と聞いた真人は、先生はタケルについて詳しい、と判断した。「それじゃ、タケル君をずっと教えてこられたんですね」先生は即座に返事した。「はい、サッカーを教えてきました。素質はあると思うんですが、この島では、練習が十分にできません。市内の中学校に転校できればいいのですが、家庭の事情もありますので、そうもいきません。不利な環境でも、頑張る以外ないのです。だから、できる限り、タケルの面倒を見てあげたいのです」今の話を聞いて、先生はタケルのために転勤を断っているに違いないと直感した。「僕も、タケル君は才能ある子だと思います。きっと、勉強も、やればできる子だと思います。ところで、ちょっと、お聞きしてもいいですか?」

 

 先生は、お茶を運んでくると真人に湯飲みを手渡した。「どうぞ」湯飲みを受け取った真人は、一口すすった。先生も一口すすると、怪訝な顔つきで返事した。「何をお聞きしたいんですか?まあ、島の歴史は、そこそこ知っています。どうぞ」真人は、ちょっと気まずそうに問いかけた。「いや、お聞きしたいのは、島のことではなくて、タケル君のことなんです。タケル君のお母さんは、東京から引っ越してきたと聞きました。お答えできたらでいいのですが、どなたか、タケル君を訪ねてきた人はいませんでしたか?」鋭い目つきになった先生は、問い返した。「あなたは、私立探偵ですか?どうして、そんなことを聞かれるんですか?」この質問はまずかったと反省した。即座に弁解した。「ぶしつけな質問で、申し訳ありません。というのも、タケル君は、お父さんと生き別れになっていると聞きましたもので。もしかして、お父さんが、タケル君に会いに姫島まで来たのではないか、と思った次第です」

春日信彦
作家:春日信彦
タケル
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