タケル

 ほめられたタケルは、笑顔で真人のところにかけてきた。「やった~~。シュートには、自信があるんだ。いつも、先生と練習してるから。でも、試合ができないんだ。高校生になったら、サッカー部に入る。そして、プロになる」真人はこんな孤島にも才能豊かな生徒がいることにびっくりした。足は速く、力強いキック、確かに才能があるように思えた。「大したもんだ。先生の指導がいいんだな。頑張れば、プロになれるかも?」笑顔のタケルは、ドヤ顔で返事した。「そうさ、波多江先生、ってすごいんだ。F大のサッカー部だったんだ。僕なんかと違って、強烈な弾丸キックなんだ。あ、そうだ。先生、呼んでこようか。ちょっと待ってて」タケルは、六角校舎にかけて行った。しばらくするとブルーのトレーニングウエアを着た、背の高いがっちりとした体格の30歳前後と思われる先生が駆け足でやってきた。

 

 タケルが先生を紹介した。「体育と社会の先生。イケメンだろ~。人気者なんだ。先生、弾丸シュート、見せてあげてよ」先生は初めて見る真人の顔にちょっと怪訝そうな顔をした。先生は、確認するかのように真人に話しかけた。「分校で教えています波多江と申します。タケルのお友達ですか?」島にやってきた悪党と思われてはいけないと思い笑顔で返事した。「はい。東京から観光にやってきましたカスガマヒトと申します。タケル君と会うのは、まだ二回目なんですが、すごく意気投合しまして、お友達になりました。よろしくお願いします」疑いが解けたと見えて、先生は笑顔で返事した。「そうでしたか。島の人ではないと思いましたので。失礼しました。よければ、職員室にどうぞ」

 

 タケルが即座に口をはさんだ。「先生、シュート。弾丸シュート、見せてよ」ニコッと笑顔を作った先生は真人に顔を向けて話した。「F大のサッカー部だったんです。天皇杯にも出ました。ここでは、サッカーチームは作れませんが、タケルを指導しています。結構、筋がいいです。それじゃ、一発」先生は、ドリブルを始めた。センターから折り返した先生は、右サイドから左脚で約30メーターのキックを放った。カーブしたボールは左コーナーのポールに当たり跳ね返った。タケルは、がっかりした声を張り上げた。「あ~~、何やってんだよ~~、先生。ミスっちゃって。ア~~ア、ダメポ」先生は、頭をかきながら駆け足で戻ってきた。「イヤ~~、ミスってしまった。まあ、こういう時もあります。真人さん、どうぞ」先生は、校舎に向かって歩き出した。

 

            波多江先生の夢

 

 真人は先生の後姿を見つめ、密かに心の底で思った。タケルの素性について聞き出せるかもしれない。真人は、小さな職員室の入り口で一礼するとゆっくりと足を踏み入れた。「失礼します」先生は、椅子を差し出した。「どうぞ」差し出された椅子に腰かけた真人は、あたりを見渡し、タケルがいないことに気づいた。「タケルは?」先生は、即座に返事した。「タケルは練習です。タケルは本当にサッカーが好きなんです。でも、もうちょっと、勉強してもらわないと。そうでないと、糸高に入れません。困ったものです」真人は、返事に困り、質問した。「は~~、先生は、ここは長いんですか?」先生は、笑顔で返事した。「まあ、長いといえば、長いんでしょうか。大学を卒業して、最初の赴任が、ここなんです。それからずっとここです。かれこれ7年になりますか。僕は、ここが気に入っていますから、不満はありません」

 

 7年と聞いた真人は、先生はタケルについて詳しい、と判断した。「それじゃ、タケル君をずっと教えてこられたんですね」先生は即座に返事した。「はい、サッカーを教えてきました。素質はあると思うんですが、この島では、練習が十分にできません。市内の中学校に転校できればいいのですが、家庭の事情もありますので、そうもいきません。不利な環境でも、頑張る以外ないのです。だから、できる限り、タケルの面倒を見てあげたいのです」今の話を聞いて、先生はタケルのために転勤を断っているに違いないと直感した。「僕も、タケル君は才能ある子だと思います。きっと、勉強も、やればできる子だと思います。ところで、ちょっと、お聞きしてもいいですか?」

 

 先生は、お茶を運んでくると真人に湯飲みを手渡した。「どうぞ」湯飲みを受け取った真人は、一口すすった。先生も一口すすると、怪訝な顔つきで返事した。「何をお聞きしたいんですか?まあ、島の歴史は、そこそこ知っています。どうぞ」真人は、ちょっと気まずそうに問いかけた。「いや、お聞きしたいのは、島のことではなくて、タケル君のことなんです。タケル君のお母さんは、東京から引っ越してきたと聞きました。お答えできたらでいいのですが、どなたか、タケル君を訪ねてきた人はいませんでしたか?」鋭い目つきになった先生は、問い返した。「あなたは、私立探偵ですか?どうして、そんなことを聞かれるんですか?」この質問はまずかったと反省した。即座に弁解した。「ぶしつけな質問で、申し訳ありません。というのも、タケル君は、お父さんと生き別れになっていると聞きましたもので。もしかして、お父さんが、タケル君に会いに姫島まで来たのではないか、と思った次第です」

 先生は、不愉快な顔つきでしばらく黙っていた。「実を言うと、昨年の秋ごろ、40歳前後の男性がやってきました。そして、タケルにちょっと会いたいというのです。素性を名乗らない男性にタケルを会わせることは、危険だと思い、きっぱりと断りました。もしかしたら、実の父親だったかもしれません。いや、タケルを探していた私立探偵だったかもしれません。真人さんは、タケルの父親を捜しているのですか?タケルに同情してですか?」真人は何と言って返事していいか戸惑ってしまった。確かに、父親を捜していたが、まだ定かでない自分の手掛かりを話すわけにはいかなかった。

 

 真人はしばらく考えて返事した。「僕は、東京に住んでいます。できれば、タケル君の力になれればと思いまして。今も、タケル君のお父さんが東京にいるのならば、探してあげたいと思います。どれほどのことができるか、自信はないんですが。何か、お父さんについての手掛かりがあればいいのですが、タケル君は、お父さんのことは、全く知らないといっていました」先生は、お茶をすすっては、うなずいていた。「私も、できることなら、お父さんを探してあげたいと思っています。でも、手掛かりがまったくないのです。亡くなられたお母さんは、ご主人のことについて、全く話されませんでした。何か、深刻な事情でもあったのかもしれませんね。こちらから、突っ込んで話を聞く勇気もありませんでした。タケルも心の底では、お父さんに会いたいはずです。不憫(ふびん)に思えてなりません」

 

 もし、ムッタン先生が実の父親であれば、タケルに会いたいはず。だが、タケルが不倫相手の子供であれば、公に、会うことはできない。そこで、タケルの写真を撮らせに私立探偵を姫島まで派遣したのかもしれない。いや、ちょっと待てよ。こうも考えられる。不倫相手は、身ごもったことを知らせず、ムッタン先生から身を隠すように、東京から姫島に逃げてきたのかもしれない。いまだ、不倫相手に未練のあるムッタン先生は、長年、私立探偵を使い彼女の所在を探していた。ついに、私立探偵は、不倫相手の所在を確認できたが、彼女はすでに死亡していた。だが、残された子供は、妹に預けられ、元気に育っていた。その子供はムッタン先生の子供かもしれない、と思った私立探偵は、学校に立ち寄り、直接会って顔つきを確認しようとした。また、彼は、タケルの写真を撮り、さらに、親子のDNA鑑定をするためにタケルの毛髪を持ち帰った。

 

 

 

 突然、真人の頭には、いろんな妄想が膨らんだが、親子関係をはっきりさせるには、DNA鑑定が必要。タケルの毛髪を23本失敬することにした。問題は、ムッタン先生の毛髪をどうやって手に入れるか?そのことは、東京に帰ってじっくり考えることにした。「ところで、先生には、感心します。遊ぶところもない、さみしい孤島で暮らせるんですから。まだ、お若いじゃないですか。デートできるような場所もないし。彼女もできないでしょ。内心では、市内の学校に移られたいんじゃないですか?」ちょっと返事に困ったような表情になった先生は、小さなため息をついて返事した。「やはり、そのように思われますか。そうですよね、何にもない孤島ですから。若者は、可能性を求めて島から出ていきます。でも、僕には・・」先生は、何か言いたげな表情をしたが、黙ってしまった。

 

 ちょっと気まずくなった真人は、謝罪することにした。「あ、ちょっと生意気なことを言ってしまいました。学生の分際で、わかったようなことを言って、申し訳ありませんでした。まだ、世間知らずなんです。環境に恵まれない孤島で頑張っているタケル君を見てると、穴があったら入りたいくらいです」真人は、頭を下げた。先生は、悩みを打ち明けるかのように静かに話し始めた。「いや、真人さんが言われることは、もっともです。何も、謝ることじゃありません。この島で働くのは、僕の趣味なんです。両親からも、仲間からも、何を考えてるのやら、とからかわれています。でも、どんなにバカにされても、構いません。僕は、賭けているんです。いつかきっと、何もない孤島から、優秀なサッカー選手が出ることを。タケルには、期待しています。僕の夢ですかね~~。僕の力なんか、微々たるものかもしれません。でも、できる限り、ここで頑張りたいのです」

 

 真人は、先生の思いも考えず、自分勝手なことを言ったことが恥ずかしくなった。横浜生まれの、横浜育ちの自分は、恵まれない環境のことなど全く分かっていない。先生は、恵まれない環境でも、できる限りのことをやって、必死に子供達を育成している。おそらく、先生のような人は、得をすることはないかもしれない。でも、自分の思いを貫くことは、その人の人生。真人は、先生と仕事の話をするには、まだまだ、未熟だと思った。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
タケル
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