タケル

 ちょっと気まずくなった真人は、姓と地域の歴史について話をすることにした。「話は変わりますが、ハタエという姓は、初めて聞きました。糸島には、多いのですか?」ちょっと笑顔を作った先生は、軽やかな声で話し始めた。「波多江でしょ、糸島には、多いです。おそらく、波多江の発祥は、糸島でしょう。もし他県にいたなら、きっと、故郷は、糸島ですよ」糸島には、古墳が多い。かつては、栄えていたに違いないと思った。「糸島には、世界一大きい銅鏡が出土した平原遺跡(ひらばるいせき)がありますよね。きっと、大豪族がいたんだと思うのですが、波多江家は、かつては、大豪族だったのかもしれませんね」

 

 ちょっと首をかしげて、返事した。「いや~、その点は、よくわかりませんが。波多江という地名もあるし、波多江神社があるぐらいですから、豪族だったのかもしれません。そう、波多江家には、大きな屋敷が多いのですよ。ちょっと、僕の妄想を聞いてくれますか?笑わないでくださいよ。思うに、波多江家は、源平合戦で敗れた平家落人(へいけおちうど)ではないかと思っているんです。平家であることを源氏に知られないように、あえて、波多江という姓に統一したのではないかと。また、波多江家の人たちは、平氏の復興を密かに願い、一致団結し協力し合って、暮らしてきたんではないかと。やはり、妄想じみてますかね」

 

 真人は、大きくうなずいた。平重盛(たいらのしげもり)の内室と千姫と福姫が隠れ住んでいたという平家落人の里・唐原(とうばる)が糸島市二丈にある。そのことから考えれば、波多江家平家落人説は、事実ってことも考えられなくもなかった。「なるほど。いや、あり得るかもしれませんよ。1185年壇ノ浦の戦いで負けて、平家は、福岡方面、対馬方面、大分方面、宮崎方面とクモが散るように逃げたわけですから。僕も歴史の妄想が大好きなんです。僕なんか、糸島こそ、邪馬台国で、平原古墳は、卑弥呼の墓だと思っています。妄想、バンザイです。心優しく、たくましい平清盛こと波多江先生ならば、きっと、姫島を天下にしらしめることができると信じています。今日は、先生と楽しいお話ができて、姫島まで足をのばした甲斐がありました。夏休みになったら、また糸島観光をしたいと思っています。先生、頑張ってください。タケル君も、きっと先生のようなたくましい男になると思います。ちょっと、長居してしまいました。それでは失礼いたします」

 

            姫島の噂

 

 波多江先生とタケルとに別れを告げた真人は、静かな青い海を眺めながらのんびりと歩き始めたが、腕時計に目をやると少し焦った。出港の1420分まで15分ほどしかなかった。ハッとした真人は、姫島港へ向かう西側の海岸沿いの小道を駆けて行った。ハ~ハ~息を切らして港に着くと、のんびりとお客を待ってる”ひめしま”の姿が、目に映り、ホッとした。すでに買っていた渡船切符を船長に手渡し、ほんの少し左右に揺れていた船に乗り込んだ。窓際の席に素早く腰掛け、姫島分校方面の青空を窓から眺めた。すると、即座に、脳裏のスクリーンに、サッカーボールをドリブルする無邪気なタケルの姿が映し出された。なぜか、ほっこりとした気分になった時、体を震わせるエンジン音が大きくなり”ひめしま”はゆっくりと動き出した。

 

 姫島から離れるにしたがって、タケルのことが心配になってきた。単なる興味本位でタケルとムッタン先生の関係を探っていたにすぎなかったが、何か、奇妙な胸騒ぎがした。本当に、ムッタン先生の子供であれば、タケルも天皇の血を引いていることになる。昔の天皇は、子だくさんと聞いている。その子供が、子供を作るわけだから、天皇の血を引いた人は、日本中にかなりいるということになる。こう考えると、身の回りのほとんどの人とは、血縁関係があるということになり、お友達ということだ。つまり、喧嘩せず、仲良く暮らせばいい、ということじゃないだろうか。

 

 こんな、意味のないことを考えていると岐志漁港までの乗船時間16分が、あっという間に過ぎ去った。下船すると駐車場に停めていたカーシェアのスズキソリオに乗り込んだ。早速、スマホを取り出し、ソロモンに紹介してもらったヤコブに電話した。ヤコブは、イスラエル留学生でF大生ということだった。ヤコブへの電話は、即座につながった。「こんにちは、マヒトと申します。ヤコブさんでいらっしゃいますか?」ヤコブは、真人のことをすでにソロモンから知らされていた。流ちょうな日本語で返事した。「はい、ヤコブです。マヒトさんですね。ソロモンから、あなたのことは、うかがっています。何か?」

 

 

 

 ソロモンも日本語が流ちょうだが、ヤコブもきれいな日本語を話せることに感心した。イスラエルの留学生は、語学堪能の秀才と聞いていたが、じかに話して実感した。また、ソロモンと同じくイケメンに違いないと思った。日本語が理解できることに安心して、真人は手短に返事した。「今、福岡観光しています。できれば、明日、お会いしたいのですが」ヤコブは、即座に返事した。「明日であれば、いつでもいいですよ。同じ留学生のイサクを紹介します」真人は、ちょっと考えて場所と時刻を伝えた。「ありがとうございます。それでは、福岡市美術館の入り口で、午前11時ということで、どうでしょう」ヤコブは、承諾の返事をした。「結構です。お会いできるのを楽しみにしています。僕とイサクは、ノッポの白人ですから、すぐにわかりますよ、ハハハハハ~」ヤコブたちは、陽気な人たちだとわかり、緊張が解けた。「それでは、よろしく」

 

 明日の予定を立てた真人は、次に鳥羽に電話することにした。彼は、昨年の夏休み、渡船”ひめしま”の船内で知り合った医学生だった。彼の姫島の実家は、すでに取り壊されて亡くなっていたが、時々、姫島分校に遊びに来ると言っていた。その後、彼とは、メル友になり、メールの情報交換でかなり親しくなった。彼は、文学にはあまり興味はないといっていたが、なぜか、気が合った。今日から福岡観光をすることは、すでに、メールで連絡していた。また、泊めてもらえることになっていた。早速、スマホをタップした。3回の発信音が鳴ると鳥羽の声が飛び出してきた。「はい。鳥羽です。真人君ですね。もう、糸島に到着されたのですか?」真人は、これからの予定を打ち合わせることにした。「はい。姫島を観光して、今、岐志にいます。今から、会えないだろうか?」

 

 鳥羽は、真人と食事する予定を立てていた。「いいとも。大歓迎さ。食事を一緒にしようと思っていたんだ。それと、女子を一人連れて行くけど、いいだろうか?何気に、君のことを話してしまって、そしたら、ぜひ君に会いたいっていうんだ。看護学科の女子で、そこそこ面白い女子だし、いいかな~~?」別に構わなかったが、鳥羽の彼女なのか確認した。「僕は、構わなけど、女子って、鳥羽君の彼女?」即座に動揺したような声が返ってきた。「いや、違うんだ。単なる友達なんだけど。まあ~、ちょっと事情があって、断りにくい相手なんだ。でも、変な女子じゃないから、適当に合わせてくれたらいいから」真人は、これ以上突っ込む気はなかった。「僕は、構わない。どこで待ち合わせようか?」鳥羽は、即座に返事した。「それじゃ、筑前深江駅の前で、4時、でどうだろう。食事の場所は、”まむしの湯”というところなんだ。駅からは、僕が案内するよ」

 

 

 

 

 ”まむしの湯”であれば、ナビを使えば簡単にわかる。真人は、”まむしの湯”で待ち合わせることにした。「それなら、直接、”まむしの湯”に向かうよ。まだ、3時前だから、4時に”まむしの湯”ということにしよう」鳥羽は、手間が省けたと思い、即座に返事した。「それはいい。まむしの湯、4時、そいじゃ」真人は、ナビを頼りに早めに到着することにした。ナビで確認すると、202号線沿いの福吉駅のあたりから、踏切を渡って南に1.5キロ行ったあたりに”まむしの湯”はあった。30分もあれば、十分と思い、海岸線沿いの202号線を走り、海の風景を眺めながらのんびりと行くことにした。のんびり走ったが、思ったよりも道はすいていたため、335分に到着した。、なるべく玄関近くに停めようと空きスペースを探したが、玄関前の駐車場は、満車だった。やむなく、小川の向こうにある少し離れた第二駐車場に停めることにした。

 

 歩く距離をなるべく短くしようと”まむしの湯”に近い北側に車を停め”正面玄関に向かった。玄関を入ると左手にお座敷の和風レストランが見えた。”まむしの湯”は全国的に有名らしく、満席状態のように見えた。右手にソファーが並べてあったので、そこで待つことにした。招き猫なのか、小さなテーブルの上で丸くなった猫が、のんびりと寝ていた。4時ちょっと前に、着メロが鳴った。「はい。真人です」即座に、鳥羽の声がした。「今、駐車所に着いた。君は、今どこ?」真人は、すでに館内にいることを告げた。「もう、館内の休憩所で、テレビを見ながら、君たちを待ってるよ」鳥羽は、了解と返事した。鳥羽と美緒は、第二駐車場から玄関に小走りで向かった。二人は、館内に入るとTVが設置してある右手を覗いた。真人は、鳥羽の顔を確認すると即座に立ち上がり、2人に駆け寄った。

 

 真人は、笑顔で挨拶した。「や~~、お久しぶり」鳥羽も挨拶して、美緒を紹介した。「や~~、まったく、夏以来だからな~。こちらは、看護学科の栗原美緒(くりはらみお)さん」チビで小太りの美緒の顔を見て、ちょっと、ブルゾンちえみに似てると思った。真人も自己紹介した。「初めまして、春日真人と申します。鳥羽君とは、去年の夏に知り合って、メル友ってところです」美緒もちょっと上品ぶって自己紹介した。「始めまして、栗原美緒と申します。鳥羽君とは、高校からのお友達。看護師を目指しています。よろしく」鳥羽は、不安げな顔で真人に話しかけた。「早速、食事しよう。でも、今日は、多いな~。いつも多いんだが、今日は、特に多い。座れるといいんだが。ちょっと、待っててくれ」

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
タケル
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