タケル

            タケルとの再会

 

 小学6年の夏休み、タケルは、毎朝、拝殿まで階段を駆け上り、手を合わせ、”プロサッカー選手になれますように”と神様にお願いしていた。タケルが境内でリフティングをしていると、G大生の春日真人(カスガマヒト)に「君にはオーラがある」と声をかけられ、さらに、「マラドーナのような神の手を持つ選手になれる」とほめられた。うれしくなったタケルは、真人と初対面にもかかわらず意気投合した。真人は、日焼けしたタケルの顔が誰かに似ていると直感したが、その時は誰だか思い出せなかった。東京の自宅に帰った真人は、タケルの顔に似ている人はいないかと写真集の顔とスマホのタケルと見比べながら根気よく調べてみた。数日間調べてみたが、似ている人物を探し出すことができなかった。

 

 やはり、記憶違いじゃないかと諦めかけていた時、夢に、タケルそっくりの顔がクローズアップされた。彼は、涙を流しながらタラコ唇を震わせ熱弁していた。だれだ?と思った瞬間、突然、目を覚ました真人は、記憶をたどり必死に思い出した。あ、っと声を発した時、その男性の名前を思い出した。その男性は、正統南朝天皇第73世建内スクネことS予備校の日本史講師、建内ムッタンだった。真人は、仲間のT大生ソロモンに、文集ヤタガラスの編集会議で、スマホ片手に”タケルはムッタン先生の隠し子じゃないか”また、”ムッタン先生は、第8代孝元天皇の子孫だから、精力旺盛で、あちこちに子供を作っているんじゃないか”とつい、冗談のつもりで話してしまった。すると、ソロモンは、大きくうなずき唇を右上に引き上げ、ニヤッと笑みを作った。その時、真人はソロモンがモサドであることを知る由もなく、タケルの存在が南朝の陰謀を引き起こすことになるとは夢にも思っていなかった。

 

 真人の心に、いつしか不徳の妄想が拡大し始めていた。それは、マジ、タケルはムッタン先生の隠し子ではないか?不倫相手の子供ではないか?講義中に、ムッタン先生は子供はいないといっていた。でも、それは本妻での話。真人は、確かめずにはいられなくなった。10連休を利用してもう一度、姫島のタケルに会うことにした。51日(水)真人は岐志(きし)漁港1150発の渡船”ひめしま”に乗って姫島にやってきた。渡船を降りると小道を西に向かい足早に姫島神社に向かった。予想はしていたが、境内にタケルはいなかった。早速、神社近くの家に駆けこみ、タケルの所在を尋ねた。近衛タケルの家は民宿の並びだからすぐにわかるということだった。

 真人は民宿の並びの古民家の表札を確認しながら歩くことにした。古びた小さな家の”近衛(このえ)”と書かれた表札が目に留まった。真人は、玄関の扉の前に立ち、丁寧に声をかけた。「ごめんください。ごめんください」二度声をかけると、中から「ハイ」と男子の元気な声が返ってきた。しばらくすると扉が開き見覚えのある浅黒いタケルの顔が現れた。タケルの顔は、一瞬固まったが、真人の顔を思い出したのか、ニコッと笑顔を作った。「あ、あの時の」真人も笑顔であいさつした。「こんにちは。また、姫島に遊びに来たんだ。今、暇だったら、神社で遊ばないか?」一人でテレビを見ていたタケルは、遊び相手ができたことにうれしくなったのか、大きくうなずいた。タケルは「行く」と返事するとくびすを返し奥に引っ込んだ。真人がちょっとだけ奥の方を覗き込んだ時、サッカーボールを右脇に抱えたタケルが、駆け足で戻ってきた。「行こうぜ」と一言いうと扉の鍵も閉めず、タケルは即座に歩き出した。真人も即座にタケルの後を追った。

 

 タケルは鳥居の前に立つと一礼した。そして、トレーニングをするかのように、拝殿まで一気に階段を駆け上って行った。運動の苦手な真人も子供に負けては恥と必死に駆け足でタケルの後を追った。拝殿に到着した真人は、息を整え二礼二拍手をして、”タケルが皇子でありますように”と願い、一礼してタケルに振り向いた。タケルは、真人が振り向くと即座に大声を出した。「ねえ、学校のグランドで、サッカーやろう」タケルは笑顔を作り、真人を誘った。真人も笑顔を作り返事した。「よし、やってやろうじゃないか。ドリブルだったら、負けないからな。その前に、ちょっと、聞きたいことがあるんだ」タケルは、うなずいて返事した。「聞きたいことって?」真人は尋ねた。「タケル君は、生まれも、育ちも、姫島かい?」タケルは、元気よく返事した。「そうだ。お父さんも、お母さんも」

 

 さらに、真人は尋ねた。「そうか。それじゃ、タケウチ、って名前、聞いたことないかな~~」タケルは、ちょっと間をおいて返事した。「タケウチね~。ちょっとある。お母さんから聞いた」しめたと思った真人は質問を続けた。「タケウチって、タケル君の親戚?」タケルは、首をかしげて思い出すような顔で返事した。「一度、ずっと、ずっと、ず~~と前に、お母さんから聞いたんだけど、お父さんは、タケウチっていうんだって。でも、お母さんって、今のお母さんじゃないよ。亡くなったお母さん。小学5年の時に死んじゃった」真人は、タケルの父親の姓がタケウチだったことを知り、ますます興味がわいてきた。「そうか。タケウチの漢字、わかる?」タケルは、顔を左右に振った。「わかんない。ちょっと、聞いただけだったし、僕が生まれてすぐ、ポイっと、お父さん、家出したんだって」

 

 漢字は大した問題ではない。発音はムッタン先生の姓と同じ。やはり、ムッタン先生の隠し子ではないか?もし、本当に隠し子であれば、21世紀最大のトクダネ。真人の心はワクワクしてきた。さらに、真人は質問した。「そのほかに何か、聞いてない?」タケルは、頭をかきながら話し始めた。「さっきは、姫島生まれの姫島育ち、って言ったけど、本当は、東京生まれかも?お母さんは、東京から引っ越してきた、って言ってたから」東京生まれと聞いて、ムッタン先生の子供の可能性が高くなったと真人は目を輝かせた。真人は心でつぶやいた。不倫相手の妊娠を知ったムッタン先生は、保身のために、慰謝料を支払い、堕胎をお願いした。一度は承諾した不倫相手だったが、堕胎することができず、出産を決意した。そして、東京から姿を消した彼女は、福岡の病院でタケルを出産し、身を隠すように、孤島の姫島にやってきた。意外と当たってるかも。

 

 ムッタン先生とタケルが同姓であったことは、親子の可能性を高めたが、それだけでは、親子と断定はできない。DNA鑑定ができれば、はっきりすると思えたが、どこの機関で判定してもらえばいいのか、今すぐには思いつかなかった。とりあえず、タケルの血液型を確認することにした。「あのね~、お兄ちゃんの血液型は、B型なんだけど、タケル君は?」タケルは、即座に返事した。「僕は、A型。でも、そんなこと聞いてどうするの?何かの研究?」気まずくなった真人は、血液型の話をすることにした。「いや、血液型と性格って関係があるんだ。だから、出会った人には、血液型を聞くことにしてるんだ。小さくうなずいたタケルだったが、すぐにでもサッカーをやりたい表情を見せた。「早く、サッカーやろうよ」真人は笑顔で返事した。「よし、やろう」

 

 姫島分校のグランドまで駆けてくるとタケルは、六角形の校舎の中に入っていった。しばらくして、タケルはサッカーボールをけりながらグランドにやってきた。「先生の許可をもらった。サー、やろう~」タケルはドリブルを始めた。真人は、ゴールキーパーをやることにした。「タケル君、僕は、ゴールキーパーだ。どこからでもいいぞ」ゴールに立っている真人を確認したタケルは、ドリブルをしながら、ゴールに向かった。ゴールから20メーターほどの距離に来るとタケルはボールをキックした。カーブしながらコーナーに向かったボールは見事ゴールした。真人は、全く手も足も出なかった。タケルのキック力からして、おそらく、毎日サッカーをやっているのではないかと思えた。大きな声でタケルをほめた。「イヤ~、まいった。カーブしてるじゃないか。すごいな~~」

 

 

 ほめられたタケルは、笑顔で真人のところにかけてきた。「やった~~。シュートには、自信があるんだ。いつも、先生と練習してるから。でも、試合ができないんだ。高校生になったら、サッカー部に入る。そして、プロになる」真人はこんな孤島にも才能豊かな生徒がいることにびっくりした。足は速く、力強いキック、確かに才能があるように思えた。「大したもんだ。先生の指導がいいんだな。頑張れば、プロになれるかも?」笑顔のタケルは、ドヤ顔で返事した。「そうさ、波多江先生、ってすごいんだ。F大のサッカー部だったんだ。僕なんかと違って、強烈な弾丸キックなんだ。あ、そうだ。先生、呼んでこようか。ちょっと待ってて」タケルは、六角校舎にかけて行った。しばらくするとブルーのトレーニングウエアを着た、背の高いがっちりとした体格の30歳前後と思われる先生が駆け足でやってきた。

 

 タケルが先生を紹介した。「体育と社会の先生。イケメンだろ~。人気者なんだ。先生、弾丸シュート、見せてあげてよ」先生は初めて見る真人の顔にちょっと怪訝そうな顔をした。先生は、確認するかのように真人に話しかけた。「分校で教えています波多江と申します。タケルのお友達ですか?」島にやってきた悪党と思われてはいけないと思い笑顔で返事した。「はい。東京から観光にやってきましたカスガマヒトと申します。タケル君と会うのは、まだ二回目なんですが、すごく意気投合しまして、お友達になりました。よろしくお願いします」疑いが解けたと見えて、先生は笑顔で返事した。「そうでしたか。島の人ではないと思いましたので。失礼しました。よければ、職員室にどうぞ」

 

 タケルが即座に口をはさんだ。「先生、シュート。弾丸シュート、見せてよ」ニコッと笑顔を作った先生は真人に顔を向けて話した。「F大のサッカー部だったんです。天皇杯にも出ました。ここでは、サッカーチームは作れませんが、タケルを指導しています。結構、筋がいいです。それじゃ、一発」先生は、ドリブルを始めた。センターから折り返した先生は、右サイドから左脚で約30メーターのキックを放った。カーブしたボールは左コーナーのポールに当たり跳ね返った。タケルは、がっかりした声を張り上げた。「あ~~、何やってんだよ~~、先生。ミスっちゃって。ア~~ア、ダメポ」先生は、頭をかきながら駆け足で戻ってきた。「イヤ~~、ミスってしまった。まあ、こういう時もあります。真人さん、どうぞ」先生は、校舎に向かって歩き出した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
タケル
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