霧河は泣いた。
そして・・・・・・
〝ガバッ〟
ここは、談話室のソファーだ。
(うっ。何だ夢か~)
夢から覚め、とても寂しい気持ちになった。だがそこで、
「父さん、母さん、ありがとう」と夢の中とはいえ、
自分の成長ぶりを誉めてくれた両親にお礼を言った。
そこで、この前、霧河とサンタクロースの話をした女性社員が
お茶を持って歩いてきた。
「あ!霧河君!!気がついた!?」
「うん」
「良かった~!!霧河君、寝ながら泣いてたから、私、とっても
心配しちゃったわよ!!」
「え?僕、泣いてたの!?」
「うん」
「そうか~」
「あのね、霧河君、クリスマスは、ハメを外してパ~ッ!と
遊びたくなる気持ちも分かるけど、自分の身体や睡眠も大事に」してよね!!」
「う、うん。分かったよ」
(夢の中で母さんが言ってた事は、本当にその通りだった。
俺は、あの時からずっと孤独だと思ってたけど、ただの思い込み
だった!!俺はもう、とっくに一人なんかじゃなく
なってたんだ!!!さっきの同僚もちゃんと声かけてくれたし、
この娘も、そして、
クリスマスの日、ドジを踏んで姿を見られちゃった子供達も皆、
喜んでくれてた!!)
そこで思わず、また泣いてしまった。
「ん?霧河君、どうしたの!?また泣いてるじゃない!?」
霧河は涙を拭き、
「いや、何でもないよ。目にゴミが入っちゃっただけ(笑)。
ありがとうね」と言った。
「全然全然。良いわよ。どうって事ないわよ。じゃ、私、そろそろ仕事に戻るから!!霧河君も、そのお茶飲んだら、
仕事に戻ってね。もし、今日、もう仕事をする余裕がないなら、
帰っても良いし」と言って、彼女はその場を去ろうとする。
だが、霧河はもう一度、彼女を呼んだ。
「あ、あのさ、もう一つ、お礼を言いたいんだけど・・・」
「何?」
「僕なんかの事、この部屋まで運んでくれて、心配までしてくれてありがとうね!!!」
「え?何言ってんの?仕事の仲間を心配するのは当たり前でしょ?それと、自分の事、〝なんか〟なんて言うの良くないわよ?」
「でも、嬉しかったんだ!!」
「そう?じゃあ!!」
「あの娘、本当に良い娘だな!!!さっき心配してくれたヤツらもそうだけど」
その後、霧河は、しっかり仕事を頑張った。
仕事を終えた後は帰って、昔の、
自分の写真や両親の写真や
自分と両親が一緒に撮った写真がたくさん
入っている家族アルバムを見た。
(懐かしいな~)
そこには、
霧河が生まれたばかりの頃の写真から両親と過ごした最後の
クリスマスの時の写真まで飾ってある。
そこで、写真越しに、
運動会の頃に履いていたシューズやクリスマスの時に両親と
被ったサンタ帽やケーキを見て思った。
「そうだ。コレらは、
ほとんどが安物だった。でも、俺にとっては、どれもこれも、
父さんと母さんが俺のために買ってくれた、凄く大切なモノだったんだ」
そう、霧河の家庭はとても貧しく、
あまり高いモノは買ってもらえた事が少ない。
クリスマスケーキや誕生日ケーキだって安物で、しかも、
いつも、ロウソクがなかった。
そこで、霧河は以前、
「窓際族」の店長が言っていた言葉を思い出した。
「酒に比べて値段が圧倒的に安いコーンスープを酒と同じ感覚で飲めるという事はそれが酒と同じくらいの値打ちがあるっていうのはこういう事なのか!」と言った。
そして、
昨日、マフラーを渡した女の子の事も思い出し・・・
(そうだ。そういえば、愛ちゃんも同じように、ボロボロのマフラーを〝おばあちゃんからもらった大切なモノだから手離さない〟
って言って、凄く大切にしてたな。そうだ。品物の本当の意味での価値っていうのは、値段で決まるモンじゃないんだ。
どれくらいそのモノに強い思いが込められているか。そして、
それがどれくらい、使う人にとって手離したくないほど
何度でも使いたいモノかどうかで決まるんだ。だからあの言葉は、本当に、とても深い言葉だったんだ・・・
簡単な事だけど、なかなか気がつかないんだ)
だが、だからこそ、小学6年生の頃、
アコースティックギターを買ってもらえた時、いつもの何倍も
嬉しかったのだ。アレは、
父と母が霧河のためにとても頑張って
無理をして買ってくれたモノだ。だからこそ、
霧河は、
「一生コレを手離さない」と決めたのだ。
久しぶりに、ギターで何か一曲弾いてみる事にした。
「もう遅いから、アコースティックギターは音が大き過ぎるから
ダメだけど、お隣さん家とは意外とちょっと距離あるし、
今ぐらいの時間、エレキギターをアンプに繋げずに
生音で弾くなら良いか」
そう、時間は22時。ここは田舎で人が少なく、
一番近くのお隣さんとは10メートルほどの
距離がある。ちなみに、昔、霧河と霧河の両親が
一緒に住んでいて、両親が死んで、長らく経ってから戻ってきて、現在は一人で暮らしている家である。
エレキギターは、就職してから自分のお金で買ったモノだ。
「あ~!よし、あの曲を歌おう」
それは、
霧河が映画などから言葉の美学を追求して、
作曲の勉強をして、高校生になった頃のある日、
両親に今までの感謝の気持ちを込めて作った哀悼の曲だった。
「ごめんな、父さん母さん。せっかくくれた
あのギターを使えなくて。でも俺、一生懸命心を込めて歌うよ。
聴いててくれよ」
霧河は、エレキギターを弾きながら歌う。
曲名は、「いつか僕の心は…」
「あの日からずっと絶望していた 心に穴が開いてしまった
大きな大きな穴 考えれば苦しい 忘れようとすれば寂しい
どうすれば良いの?でも思った ねぇ いつかきっと変わって
みせるよ 強くなってみせるよ
あなたは大切な僕の一部だから♪?」
コレがその曲だ。本当は2番や3番もあるが、
あんまり長くなるのも良くないので、とりあえず、
ここまでにしておく。
「フ~ッ。この曲、久しぶりに歌ったな~。てか、長くギター
弾いてなかったせいで、かなり下手になってるよ。
父さん、母さん、こんな演奏で申し訳ない。頑張ったけど」
そうやって一人で思いにふけった。
次の日は
仕事が休みだった。その日、昼から
「窓際族」に向かった。
〝カランコロン〟
「はい。いらっしゃい」
店長が声をかけてくる
「お~!この頃、良く来てくれるね!!
ウチが気に入ってくれたようで、俺は、凄く嬉しいよ~!!」
「あ~、いや、店長さんが凄く面白いお方で、
いつも話していて凄く楽しいんですよ!!」
「そうか~!そりゃ良かった~!!」
「はい!!」
「面白い・・・か。そんな事言ってくれる人は、
今までほんの2、3人しかいなかったな・・・」
「そうなんですか?」
「ああ」
「・・・・・・」
霧河は、昨夜考えて、やっと分かった事について店長に話した。
「あの~、以前、店長さんが教えてくださった〝僕にとっての
コーンスープが酒と同じくらい高価だ〟という事の意味が、最近、やっと良くわかりました」
「あ~、アレか~。あれからずっと考えてたんだな~」
「はい。まぁ。あの、この前、ある女の子が、ボロボロになって
使えなくなったマフラーを〝大切な人からもらった大切なモノ
だから〟って言って、ずっと大事に持ち続けていたんです」
「ほうほう」
「それから僕も、最近、亡くなってしまった両親がくれた色んな
モノが、全て、自分にとっては凄く大切なモノだったと、今、
改めて実感したんです」
「なるほどね~。ところで君、聞いてすまないけど、両親が
亡くなってるのかい?」
「はい。僕が小学6年生だった頃に」
「そうか~。そりゃ可哀想に。あともうちょっとってとこで、小学校を卒業するところも、両親に見てもらえなかったんだな・・・」
「はい」
「哀しいな~。両親も、さぞ見たかっただろうよ」
「ありがとうございます。いたわってくれて」
「いやいや、そんなに大した事じゃねぇって。口で何か言うぐらい、誰にだって出来るだろ」
「でも、嬉しいんですよ!!」
「そうか。お客さん、とても素直だねぇ~」
「ありがとうございます!!」