ピンク

 

 次に、ピンクは、ミンミンミ~~ンとセミが鳴く蒸し暑かったころ、ちょっとだけお話した黒猫のおばさんを思い出し、質問した。「そいじゃ、ずっと、ずっと、前に会った黒猫のおばさんはどう?やさしそうな猫だったけど」黒猫の卑弥呼女王は、ピースと同じくちょっと気取ったところがあって、スパイダーはかなり苦手だった。でも、卑弥呼女王は糸島の女王猫だから、そのことは知らせておくべきだと思った。「いやな、猫の世界のことはよくわからんが、あのお方は、卑弥呼女王といわれていてな、糸島の女王猫らしい。今は亡き高貴なピースが言っていた。犬にとっては、どうでもいいことなんだが、猫のピンクにとっては大切なお方だ。猫の世界のことを教えていただけるお方だから、機会があればお話を聞くがいい。いまだ、どこに住んでおられるか知らんが、時々、姫島に行かれると見えて、姫島の様子を話してくれる。おそらく、旅好きなんだろう」

 

 高貴なピースと聞いたピンクは、ピースに興味がわいた。「ね~、高貴なピースって、猫なの?」ピースについては、ピンクには話していなかった。あまり好きではなかったが、やはり、思い出すとつらくなるからだった。「まだ、話していなかったな。ピースというのは、ピンクと同じ猫だ。でも、ピースは、よくしゃべるシャムネコで、ちょっと苦手だった。ピースはすぐに自慢話をしてな。自分は、フランス生まれの血統書付きの猫だとか、美猫・コンテストで優勝したとか、よく自慢話をしていた。まあ、性格は悪いとは言わないが、ちょっと上から目線の話し方には、イラッと来た。教養はあるようだったが、あんたは美意識がないだとか、下品だとか言って、オレをバカにするんだ。まったく、高貴なお嬢様には参ったよ」突然、胸が苦しくなり、言葉が途切れた。

 

 ピースの思い出話をしていると、手足が長く、気品のある毛並みにサファイアのような目を輝かせたピースの姿が、脳裏のスクリーンいっぱいに現れた。いたずらばかりしていたヤンチャだったころ、いつも叱られていたが、一番の遊び相手であり、頼りにしていたお姉さんであった。目頭が熱くなり、ドッと、涙があふれ出そうになったが、グッと涙をこらえて、元気な声で話し始めた。「いや~~、あの時は、びっくりした。ピースが、食欲がないといって、何も食べなくなった。そして、寝込むようになった。どんなに気丈でも、病気には勝てなかった。みんなに看取られて、天国に行っちまった。今となっては、ピース姉さんに、かわいがってもらっていた子供の頃が懐かしい。もっと、仲良くすればよかった」スパイダーの目頭から、ポタポタと涙が流れ落ちた。

 


 ピンクには、スパイダーの涙の意味がよくわからなかった。というのも、ピンクは、別れることの悲しみをまだ知らなかったからだ。遊び盛りのピンクは、最近、猫の友達が欲しくて仕方なかった。犬のスパイダーは、やさしかったが、遊び相手としてはイマイチだった。ピースが猫と聞いて、ますます猫友達が欲しくなった。「ね~、スパイダー、近所に猫はいないの?やっぱ、猫の友達がいないと、つまんない。ね~~、遊び相手になってくれそうな猫はいないの?」スパイダーは、ちょっと困った。近所をウロウロしてはいたが、飼い猫と出くわすことがなく、近所にどんな猫が飼われているか全く分からなかった。知っている猫といえば、卑弥呼女王だけだった。「そうか。やっぱ、猫友が欲しいのか。あ、そうだ。卑弥呼女王に尋ねるといい。きっと、猫友を紹介してくれる」

 

 ピンクは、早速、卑弥呼女王に会いたくなった。「ね~、公園に行ってみようよ~。卑弥呼女王に会えるかも。いいでしょ、スパイダー」スパイダーは、ちょっと首をかしげて考え込んだ。亜紀ちゃんに黙ってピンクを連れ出せば、きっと大目玉を食らう。万が一、ピンクにカゼでも引かせたら、それこそ、ケツを蹴飛ばされて、今夜はゴハン抜きだからね、といわれるかもしれない。スパイダーは、ガラス戸の窓から空を見上げピンクに尋ねた。「ピンク、晴天でも、外は寒いぞ。それでも、公園に行きたいか?」

 

 ピンクは、外が寒いということをすっかり忘れていた。でも、卑弥呼女王に会えるかもしれないと思うと、どうしても公園に行ってみたくなった。「行く。寒くても行きたい」スパイダーは、ピンクのはやる気持ちは分かったが、今一つ踏ん切りがつかなかった。獰猛(どうもう)な犬がやってきて、ピンクがかみ殺されるかも。極悪人がピンクをさらっていくかも。車に引き殺されるかも。次々と悪い予感が、湧き上がってきた。万が一のことを考えると行くべきではないように思えてきた。その時、玄関の扉が開くガラガラという音が響いてきた。

 

 

 


 亜紀ちゃんと即座に気づいたスパイダーは、ガシガシガシとフロアをひっかく爪の音を響かせ、玄関に一目散にかけていった。ピンクもソファーから跳び降り、スパイダーを追いかけるように短い脚をチョコマカと動かし必死にかけていった。亜紀ちゃんは、スパイダーのあわてた様子を見て、大きな声で注意した。「スパイダー、フロアを走っちゃダメって言ったでしょ。何度言ったら、わかるの。静かに歩きなさい。ピンクがマネをするじゃない。ほら、ピンクが勢いあまって、転んだじゃない」短足のピンクは走るのが苦手で、フロアが滑るためよく転んでいた。「ちゃんと、お留守番できたの?スパイダーは、パパなんだから、いい見本を見せなくちゃ。わかってるの?まったく、いつまでたっても、ヤンチャ坊主なんだから。ピンク、大丈夫?」亜紀ちゃんは、首をかしげて見上げていたピンクを両手で持ち上げ胸元で抱っこした。

 

 亜紀ちゃんは、スパイダーとピンクが外に飛び出して、遊んでいるんではないか、と不安になって早めに帰ってきたのだった。ピンクを抱っこした亜紀ちゃんは、ソファーに腰掛けスパイダーに尋ねた。「外に出なかったでしょうね。ピンクは犬じゃないんだから、カゼひいちゃうからね」キリッと顔を引き締めたスパイダーは、大きくうなずき答えた。「もちろん、外には、一歩も出てない。亜紀ちゃんの言いつけは、ちゃんと、守ってます。でも、ピンクが公園に行きたいって、駄々をこねるんだ。困っちゃうよ。亜紀ちゃんが連れて行ってくれよ」最近のピンクは外に出たがっていた。様子を見に来なかったら、スパイダーとピンクは、公園に行っていたように思えた。亜紀ちゃんは、じっとピンクを見つめ説教した。「そう。ピンク、外は寒いのよ。スパイダーは、犬だからいいけど、ピンクは、寒さに弱い猫なのよ。冬は家でじっとしていなさい。わかった」

 

 納得がいかないピンクは、悲しそうな表情で亜紀ちゃんを見つめた。スパイダーは、ピンクの気持ちを代弁した。「あのね。ピンクは、お友達が欲しんだって。近所に遊び相手になってくれる猫がいないかって、聞くんだよ。オレは、猫のことはさっぱりわからないから、卑弥呼女王に聞いたらいいんじゃないか、って言ったら、ピンクが公園に行くって、駄々をこねたんだ。ピンクも遊びたい年頃だから、猫友が欲しいんだよ。亜紀ちゃん、近所の猫を知ってたら、紹介してあげてくれないか」近所の猫といわれても知っている猫は、東野君ちのチャトラのブッチャーだけだった。ブッチャーはオス猫で、近所では、評判が悪かった。というのは、精力旺盛で、発情期になるとあたりかまわずメスに襲いかかるのだった。だから、亜紀ちゃんは、ブッチャーにピンクを紹介したくなかった。

 


 

 不安げな表情をした亜紀ちゃんは、ピンクに話しかけた。「ピンク、猫だからといって、みんな優しいとは限らないの。オスの猫というのは、凶暴でメスに襲い掛かるのよ。ピンクは、まだ幼いんだから、注意しないといけないの。でも、友達が欲しのよね。あ、そうだ、明菜ちゃん、最近、親戚から猫をもらったって言ってた。名前は、イチゴって言ってたから、きっと、メスだと思う。お友達になれるといいんだけど。でも、まだ、イチゴには会ったことがないのよ。明菜ちゃんに電話してみようかな~」ピンクは、ヒョイと顔を持ち上げ瞳で催促した。明菜ちゃんちは、亜紀ちゃんちより300メートルほど南に行ったところにあった。とりあえず、自宅にいるかどうか確かめることにした。

 

 スマホの明菜の名前をタッチすると5回目の発信音でかわいい声が返ってきた。「はい、明菜」亜紀ちゃんは、ハキハキとした声で話しかけた。「明菜ちゃん、今日、遊べる?あのさ~、イチゴちゃんに、ピンクを紹介しようかな~~って思って。どう?」明菜は、ちょっと間をおいて返事した。「今日ね~~、今から家族で桜井神社に行くの。帰ってくるのは、5時過ぎになると思う。今日は、ダメかも。もし、早く帰ってきたら、電話する」ちょっとがっかりした亜紀ちゃんだったが、気を取り直して返事した。「わかった。電話待ってる」亜紀ちゃんは、ピンクをイチゴに会わせることができなくなり、悲しそうな表情でピンクを見つめた。会えないことを察知したピンクも悲しそうな表情で見つめ返した。

 

 

 


サーファーヒカル
作家:春日信彦
ピンク
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