ピンク

 ちょっと話が難しくなり、頭が混乱してきた。そして、信用していた周りの人間が怖くなってきた。ピンクが首をかしげて質問した。「わかった。時々、頭をナデナデしてくれるチッコイ人間は、どうなの?」スパイダーは、さやかのことを言っていると直感した。「ああ、さやかのことだな。このうちに同居しているチンチクリンのチッコイ女は、さやかというんだ。小学生のようだが、あれでも、立派な大人らしい。さやかとアンナの関係はよくわからんが、アンナとさやかは、とても仲がいい。幼い時からの友達に違いない。さやかは、動物にはやさしいようだが、本当にやさしいかどうか、いまだはっきりしない。人間は、突然、鬼のようになるからな。決して、油断してはいけない。やはり、アンナと同じく、さやかも信用しないほうがいい。でも、アンナとさやかは、毒を食べさせるような極悪人ではない。もし、二人が極悪人であれば、俺は、とっくの昔に、殺されていただろう」

 

 ピンクは、アンナとさやかは極悪人いでないと聞かされ、ホッとした。ピンクは、平原歴史公園のベンチで、時々出くわす白いカラスについて質問した。「それじゃ、白い羽の生えたカ~カ~って鳴くあの鳥は、信用していいの?」スパイダーは、風来坊のことはよくわからなかったが一応話しておくことにした。「あ~~、あの白いカラスか。あのカラスは、風来坊といって、奇妙なカラスだ。ほとんどのカラスは、黒いんだが、なぜか、あのカラスだけは白い。風来坊も、自分がなぜ白いのかは、全く分からんといっていた。風来坊は、亜紀ちゃんから聞いたんだが、東京からやってきたらしい。東京というのは、ここから北に、900キロほど離れたところだ」

 

 ピンクは、東京とか、北とか、900キロとか、言われても、全く初めて聞く言葉で、さっぱりわからなかった。でも、眠気をこらえて、わかったような顔をして聞いていた。ピンクの表情からして、あまり理解していないように思えたが、スパイダーは、学校の先生になった気分で、胸を張って話を続けた。「風来坊は、いいやつか、悪いやつか、よくわからん。カラスは、人間でもなければ、犬や猫でもない。数千キロも空を飛べるモンスターだ。確かに、風来坊は人間並みに賢いが、白いカラスだからといって、信用しないほうがいい。黒いカラスは、小鳥や人間を攻撃することがあるらしい。猫だからといって、攻撃されないとは言い切れない。用心することに越したことはない。もし、攻撃されたら、一目散に逃げることだ。猫パンチで立ち向かうんじゃないぞ。まったく、勝ち目はない。なんせ、恐ろしく鋭いくちばしを持ってるからな」

 

 

 


 

 次に、ピンクは、ミンミンミ~~ンとセミが鳴く蒸し暑かったころ、ちょっとだけお話した黒猫のおばさんを思い出し、質問した。「そいじゃ、ずっと、ずっと、前に会った黒猫のおばさんはどう?やさしそうな猫だったけど」黒猫の卑弥呼女王は、ピースと同じくちょっと気取ったところがあって、スパイダーはかなり苦手だった。でも、卑弥呼女王は糸島の女王猫だから、そのことは知らせておくべきだと思った。「いやな、猫の世界のことはよくわからんが、あのお方は、卑弥呼女王といわれていてな、糸島の女王猫らしい。今は亡き高貴なピースが言っていた。犬にとっては、どうでもいいことなんだが、猫のピンクにとっては大切なお方だ。猫の世界のことを教えていただけるお方だから、機会があればお話を聞くがいい。いまだ、どこに住んでおられるか知らんが、時々、姫島に行かれると見えて、姫島の様子を話してくれる。おそらく、旅好きなんだろう」

 

 高貴なピースと聞いたピンクは、ピースに興味がわいた。「ね~、高貴なピースって、猫なの?」ピースについては、ピンクには話していなかった。あまり好きではなかったが、やはり、思い出すとつらくなるからだった。「まだ、話していなかったな。ピースというのは、ピンクと同じ猫だ。でも、ピースは、よくしゃべるシャムネコで、ちょっと苦手だった。ピースはすぐに自慢話をしてな。自分は、フランス生まれの血統書付きの猫だとか、美猫・コンテストで優勝したとか、よく自慢話をしていた。まあ、性格は悪いとは言わないが、ちょっと上から目線の話し方には、イラッと来た。教養はあるようだったが、あんたは美意識がないだとか、下品だとか言って、オレをバカにするんだ。まったく、高貴なお嬢様には参ったよ」突然、胸が苦しくなり、言葉が途切れた。

 

 ピースの思い出話をしていると、手足が長く、気品のある毛並みにサファイアのような目を輝かせたピースの姿が、脳裏のスクリーンいっぱいに現れた。いたずらばかりしていたヤンチャだったころ、いつも叱られていたが、一番の遊び相手であり、頼りにしていたお姉さんであった。目頭が熱くなり、ドッと、涙があふれ出そうになったが、グッと涙をこらえて、元気な声で話し始めた。「いや~~、あの時は、びっくりした。ピースが、食欲がないといって、何も食べなくなった。そして、寝込むようになった。どんなに気丈でも、病気には勝てなかった。みんなに看取られて、天国に行っちまった。今となっては、ピース姉さんに、かわいがってもらっていた子供の頃が懐かしい。もっと、仲良くすればよかった」スパイダーの目頭から、ポタポタと涙が流れ落ちた。

 


 ピンクには、スパイダーの涙の意味がよくわからなかった。というのも、ピンクは、別れることの悲しみをまだ知らなかったからだ。遊び盛りのピンクは、最近、猫の友達が欲しくて仕方なかった。犬のスパイダーは、やさしかったが、遊び相手としてはイマイチだった。ピースが猫と聞いて、ますます猫友達が欲しくなった。「ね~、スパイダー、近所に猫はいないの?やっぱ、猫の友達がいないと、つまんない。ね~~、遊び相手になってくれそうな猫はいないの?」スパイダーは、ちょっと困った。近所をウロウロしてはいたが、飼い猫と出くわすことがなく、近所にどんな猫が飼われているか全く分からなかった。知っている猫といえば、卑弥呼女王だけだった。「そうか。やっぱ、猫友が欲しいのか。あ、そうだ。卑弥呼女王に尋ねるといい。きっと、猫友を紹介してくれる」

 

 ピンクは、早速、卑弥呼女王に会いたくなった。「ね~、公園に行ってみようよ~。卑弥呼女王に会えるかも。いいでしょ、スパイダー」スパイダーは、ちょっと首をかしげて考え込んだ。亜紀ちゃんに黙ってピンクを連れ出せば、きっと大目玉を食らう。万が一、ピンクにカゼでも引かせたら、それこそ、ケツを蹴飛ばされて、今夜はゴハン抜きだからね、といわれるかもしれない。スパイダーは、ガラス戸の窓から空を見上げピンクに尋ねた。「ピンク、晴天でも、外は寒いぞ。それでも、公園に行きたいか?」

 

 ピンクは、外が寒いということをすっかり忘れていた。でも、卑弥呼女王に会えるかもしれないと思うと、どうしても公園に行ってみたくなった。「行く。寒くても行きたい」スパイダーは、ピンクのはやる気持ちは分かったが、今一つ踏ん切りがつかなかった。獰猛(どうもう)な犬がやってきて、ピンクがかみ殺されるかも。極悪人がピンクをさらっていくかも。車に引き殺されるかも。次々と悪い予感が、湧き上がってきた。万が一のことを考えると行くべきではないように思えてきた。その時、玄関の扉が開くガラガラという音が響いてきた。

 

 

 


 亜紀ちゃんと即座に気づいたスパイダーは、ガシガシガシとフロアをひっかく爪の音を響かせ、玄関に一目散にかけていった。ピンクもソファーから跳び降り、スパイダーを追いかけるように短い脚をチョコマカと動かし必死にかけていった。亜紀ちゃんは、スパイダーのあわてた様子を見て、大きな声で注意した。「スパイダー、フロアを走っちゃダメって言ったでしょ。何度言ったら、わかるの。静かに歩きなさい。ピンクがマネをするじゃない。ほら、ピンクが勢いあまって、転んだじゃない」短足のピンクは走るのが苦手で、フロアが滑るためよく転んでいた。「ちゃんと、お留守番できたの?スパイダーは、パパなんだから、いい見本を見せなくちゃ。わかってるの?まったく、いつまでたっても、ヤンチャ坊主なんだから。ピンク、大丈夫?」亜紀ちゃんは、首をかしげて見上げていたピンクを両手で持ち上げ胸元で抱っこした。

 

 亜紀ちゃんは、スパイダーとピンクが外に飛び出して、遊んでいるんではないか、と不安になって早めに帰ってきたのだった。ピンクを抱っこした亜紀ちゃんは、ソファーに腰掛けスパイダーに尋ねた。「外に出なかったでしょうね。ピンクは犬じゃないんだから、カゼひいちゃうからね」キリッと顔を引き締めたスパイダーは、大きくうなずき答えた。「もちろん、外には、一歩も出てない。亜紀ちゃんの言いつけは、ちゃんと、守ってます。でも、ピンクが公園に行きたいって、駄々をこねるんだ。困っちゃうよ。亜紀ちゃんが連れて行ってくれよ」最近のピンクは外に出たがっていた。様子を見に来なかったら、スパイダーとピンクは、公園に行っていたように思えた。亜紀ちゃんは、じっとピンクを見つめ説教した。「そう。ピンク、外は寒いのよ。スパイダーは、犬だからいいけど、ピンクは、寒さに弱い猫なのよ。冬は家でじっとしていなさい。わかった」

 

 納得がいかないピンクは、悲しそうな表情で亜紀ちゃんを見つめた。スパイダーは、ピンクの気持ちを代弁した。「あのね。ピンクは、お友達が欲しんだって。近所に遊び相手になってくれる猫がいないかって、聞くんだよ。オレは、猫のことはさっぱりわからないから、卑弥呼女王に聞いたらいいんじゃないか、って言ったら、ピンクが公園に行くって、駄々をこねたんだ。ピンクも遊びたい年頃だから、猫友が欲しいんだよ。亜紀ちゃん、近所の猫を知ってたら、紹介してあげてくれないか」近所の猫といわれても知っている猫は、東野君ちのチャトラのブッチャーだけだった。ブッチャーはオス猫で、近所では、評判が悪かった。というのは、精力旺盛で、発情期になるとあたりかまわずメスに襲いかかるのだった。だから、亜紀ちゃんは、ブッチャーにピンクを紹介したくなかった。

 


春日信彦
作家:春日信彦
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