ピンク

             無謀な人間

 

 外で遊んでないピンクは、退屈しているに違いないと思った亜紀ちゃんは、ピンクに防寒着を着せて公園に行くことにした。「明菜ちゃん、今からお出かけだって。ピンク、毎日、おうちじゃ、退屈よね。ちょっとだけ、公園に行ってみるか。お外は寒いから、しっかり着込むのよ」亜紀ちゃんは、ピンクに毛糸で編まれた冬服を着せ、両手両足に毛糸靴下をはかせた。亜紀ちゃんもダウンジャケットを着こむと、ピンクを懐に押し込み気合を入れた。「よっしゃ~、いざ、出陣。公園に行けば、卑弥呼女王に会えるかも。スパイダー、いくわよ」亜紀ちゃんが玄関に向かうとスパイダーは家来のようにシッポをフリフリお供した。

 

 ピンクをしっかり抱っこして公園にやってくると、寒いためか、公園で遊んでいる子供は一人もいなかった。卑弥呼女王の姿も見られなかった。「卑弥呼女王いないみたい。誰もいないね。そうよね、こんな寒いんじゃ、子供も、外で遊ばないか。おうちで、ゲームやってんだろう。まあ、いいか。澄んだ空気をいっぱい吸って、心を清めよう。ピンク、きれいな空気をいっぱい吸って、今年も、元気に育つのよ」スパイダーは、気分転換に公園を駆け回っていた。亜紀ちゃんが、スパイダーを目で追っていると凧(たこ)を持った男の子とその父親と思われる男性が、手をつないで公園に入ってくる姿が目にとまった。

 

 男の子は、左手に凧、右手に糸を持ち駆け足で公園の中央にやってきた。凧から左手を離すと同時に、糸を持った右手を伸ばし勢いよく走り始めた。風がないためか凧は高く舞い上がらなかったが、走っている間は、凧は、微風に乗りながら5メートルほどの高さでユラユラと舞った。「お父さん、見て」男の子は、ユラユラと舞い上がった凧を見せようと父親の前を走り抜けた。ユラユラフラフラと舞い上がる凧を見て、亜紀ちゃんも思わす歓声を上げた。「すごい、すごい。もっと、もっと、高く上がれ~~」その声援を聞いた男の子は、うれしくなったのか、公園の端から端まで何度も往復した。

 

 


 凧を目で追っているとカ~~カ~~と聞き覚えのある鳴き声が耳に飛びこんできた。目線をあげると天高く青空に見覚えのある一羽の黒い鳥が旋回していた。亜紀ちゃんが、ピンクに声をかけた。「見て、あそこ。風来坊よ。上空から、新年のあいさつをしてるんじゃない」亜紀ちゃんは、真っ青な上空に舞う風来坊に向かって、大きく手を振った。風来坊は、亜紀ちゃんの笑顔に応えるかのようにカ~~カ~~と甲高い鳴き声を澄み切った青空に響かせた。旋回しながら下界を俯瞰(ふかん)し終えた風来坊は、ヤンチャなスパイダー、カワイ~~ピンク、亜紀ちゃんに新年のあいさつをしようといつものベンチに舞い降りてきた。

 

 亜紀ちゃんは、白いベンチに飛び降りた風来坊に新年のあいさつをした。「風来坊、新年あけましておめでとう。今年もよろしくね」風来坊も大きく胸を張って挨拶した。「亜紀ちゃん、スパイダー、ピンク、新年あけましておめでとう。今年も、みんな仲良く、やろうじゃないか」風来坊は大きな声で挨拶するとクワワ~~クワワ~~クワワ~~と初笑いを公園に響かせた。スパイダーも元気よくあいさつした。「風来坊、明けましておめでとう。今年も、頼むよ。頼りにしてるから」ピンクも懐から顔を持ち上げあいさつした。「あけましておめでとう。よろしくね、ふ~~ちゃん」風来坊は懐から顔を出しているピンクに声をかけた。「大きくなるのが早いな~~。この前見た時には、まだ赤ちゃんだったのに」

 

 亜紀ちゃんが笑顔で答えた。「もう、あと半年もすれば立派な大人になるんじゃない」スパイダーが口をはさんだ。「でも、ピンクはピースとは全く違うな。どうして、こんなに脚が短いんだ。ピースの半分もないんじゃないか。こんなんじゃ、喧嘩にすぐ負ける。先が思いやられる」亜紀ちゃんが同情するように返事した。「そうね。確かに短い。猫パンチできるかしら。こんなに短いんじゃ、相手に届かないよ。でも、生まれつきだからね~~、しょうがないか。スパイダー、ピンクをしっかり守ってあげてよ。頼りにしてるから」ちょっと不安だったが、パパとして守ってあげようと快くうなずいた。「わかったよ。オレ様がいる限り、指一本触れさせない。ピンク、安心しろ」

 

 

 


 ピンクが嬉しそうに笑顔でニャ~~と小さな鳴き声を上げた。亜紀ちゃんは、ピンクの鳴き声でピンクの友達の件を思い出した。「ねえ、風来坊、近所に、ピンクのお友達になれそうな猫いない?ピンクが友達が欲しいって、駄々をこねてるの」風来坊は、首をかしげた。「そうだな~~、近所にいるのはいるが、ドスケベのブッチャーだしな~~。あいつじゃ、ピンクのお友達には向かない。近所でとなると~~?ミケのウメがいるが、耳の遠い80歳ぐらいオバ~~だし。キジトラのポンタは、性格はおとなしいが、ボケ気味のオスのオジ~~だしな~~。メスで友達になれそうな猫は・・あ、もしかしたら、あの猫。ここから南に、300メートルほどのところにカワイ~子猫がいる。チラッと見たが、おそらくメスだ。ピンクより幼かったな~。一度、訪ねてみたらいい」亜紀ちゃんは、風来坊が言っている猫はイチゴに違いないと思った。「ありがとう、風来坊。一度、行ってみる」

 

 退屈そうに寝転がっていたスパイダーが、ヒョイと立ち上がると風来坊に尋ねた。「おい、風来坊、ここ数日、どこに行っていたんだ。見かけなかったが、東京に里帰りか?」ギャハハ~~と奇妙な笑い声をあげた風来坊が、返事した。「いやな、ちょっと、年末年始に発狂する日本人の生態観察をやっていた。聞いて驚くな。なぜか、この時期になると北から南、南から北へと10キロ以上のアリの行列のような車の大渋滞が起きる。車は、ほとんど動いていない。まったく、飛べない人間は哀れだ。それと、これまた、この時期だけ、神社に向かって、老若男女(ろうにゃくなんにょ)の長い行列ができる。神社につくと、あくせく働いて稼いだお金をだな~~、サイセン箱というやつに、ホイホイ、ホイホイ、笑顔で捨てているじゃないか。さらに、両手まで合わせて、神妙な顔つきで、お辞儀までしている。まったく、正気の沙汰じゃない。やはり、人間の知能は、カラス以下だな」

 

 風来坊は、スパイダーが腰を抜かすような話をしてやろうと一呼吸おいて、大きな声で話を続けた。「いや、いや、大坂の様子も見てきたが、ツララができるほど寒いのに、布団も敷かず、掛け布団もかけず、ボロボロの汚い服を着たまま、路上で寝転がっている人間があちこちいた。これには、ぶったまげた。あんな無謀なことをするのは、人間ぐらいだな。凍え死んじゃうんじゃないか?まったく、人間のやることは、いまだ、よくわからん。いろんな動物を知っているが、ここまでアホなことをする動物は、人間だけだ。熊でも、秋にたくさんドングリを食って穴の中で冬眠するし、ペットの犬や猫は、あったかいおうちで寝ているというのに。ピンクなんかは、亜紀ちゃんの懐であったかそうじゃないか」


 スパイダーは、何度もうなずきながら風来坊の話に聞き入っていたが、何か犬にとっていい話はないか聞いてみた。「とにかく、人間がバカなことは確かだ。亜紀ちゃんちには、俺のケツをける鬼ババ~がいるしな。それより、何か、犬にとっていい話はないか?例えば、今年から”犬感謝の日”ができるとか。犬にステーキをプレゼントするイベントが、近々あるとか」全く食うことしか考えない気楽なスパイダーだと思ったが、ちょっと、いい話を思い出した。「そうだな~~、ないこともないぞ。犬ってやつは、おいしいらしくてな。韓国じゃ、ご馳走らしい。でもな、やっぱ、かわいそうということになって、犬は食べてはいけないことになったらしい。スパイダー、食べられずにすんで、よかったな。ワハハ~~」

 

 何がいい話だと思ったスパイダーは、風来坊に文句を言った。「まったく、犬を何と思ってんだ。犬ほど人間に貢献している動物はいないんだぞ。犬に感謝しない人間は、きっと、天罰が下る。その時になって、後悔しても知らんからな」風来坊もスパイダーの言ってることはもっともだと思った。犬は、ペットとして人間の心をいやし、障がい者には、目の代わり、耳の代わりをやっている。犯罪者を取り押さえる警察犬や、麻薬を鼻でかぎ分け麻薬取り締まりに役立っている犬もいる。こんなに人間に貢献している動物は、ほかにいない。「スパイダー、そう嘆くな。きっと、いつの日にか、”犬感謝の日”ができるさ。スパイダーは、猫の面倒まで見てるんだからな。いや~~、頭が下がるよ。あ、もうそろそろ、行かなくては。皆の衆、この辺で、さらばじゃ」風来坊は、パッと純白の翼を広げ、パタパタパタと飛び上がると東の青空に吸い込まれるように消えてしまった。

 


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
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