対馬の闇Ⅰ

 沢富が翌朝7時に目が覚めると、きよしはすでに起きてランニングに出かけていた。きよしは、草野球をやっていて今日も午後1時から試合に出る予定だった。身支度してキッチンに行ってみると食事の準備がなされていた。ひろ子が明るい声で挨拶した。「おはよ~~。眠れた?ちょっと飲みすぎじゃない?お兄さんに合わせなくてもいいのよ。飲んべ~~なんだから。さあ、食べて。10時には出発しましょう。教会でお祈りしたいから」協会と聞いてひろ子がカトリックであることを実感した。「それでは、いただきます」食事を終えても、父親の姿が見えなかった。「お父さんは?」即座に、ひろ子が返事した。「もうそろそろ来るんじゃない。いつも、9時ぐらいだから」

 

 沢富は父親に挨拶するためにリビングで待つことにした。「父親が9時少し前にやってきた。即座に立ち上がった沢富は、大きな声で挨拶した。「おはようございます。昨夜は、ご馳走になりました」父親は、笑顔で返事した。「大したお構いもできませんで。これからは、いつでも、気楽に、来てください。沢富さんのような方に出会えたひろ子は幸せもんです。田舎者で、世間知らずのわがままの娘ですが、よろしくお願いします」沢富は、父親に気に入られ、結婚に一歩前進したようでウキウキした。「対馬にも教会があるんですね。お祈りして帰ります」父親は顔をしかめ申し訳なさそうに話し始めた。「カトリックは教会を重んじるんです。でも、沢富さんは、気にしなくていいです。なにも、教会で式をあげなければならないという決まりはないんです。沢富さんが、好きなようにやってください」

 

 父親は、口森家がカトリックであることを気にしているようであった。沢富家がカトリックをどう思うか心配だったが、あまり気にしないことにした。「はい、沢富家は、臨済宗ですが、無宗教のようなものです。どうにかうまくやっていきます。心配なさらないでください」父親は、少しほっとした表情を見せた。ひろ子が突然口をはさんだ。「私たちは、10時には出発するから。お父さんは、のんびりとしてればいいの。神経使うと体に悪いんだから。それと、仲人は沢富さんの上司の伊達夫妻にお願いすることにしている。今度は、仲人さんと一緒に来るから」父親は、黙って聞いていたが、安心したような表情で返事した。「こんな体で申し訳ない。沢富さん、よろしくお願いします」父親は、深々と頭を下げた。

 


 きよしは、ひろ子の母校である上対馬高校で野球の試合があるため、帰りも陽子が空港まで送ることになった。厳原聖ヨハネ教会は対馬空港をさらに南下し厳原港近くにある。そこまで約2時間かかるということで10時少し前に家を出立した。アルファードは国道382号線をひたすら南下した。日曜日であったが、運よく12時ちょっとすぎに協会に到着した。陽子は、この教会に月一回はミサに来るということだった。神を信じていない沢富は、今一つ教会がピンと来なかった。今後カトリックになりたいとも思わなかった。だが、ひろ子にはカトリックのことについては何も言わなかった。出発まで時間があったためグリーンパークで時間をつぶすことにした。空港に到着したのは午後4時少し前だった。伊達夫妻のおみ上げに、空港の売店で、かすまき、赤米カステラ、焼酎のやまねこ、しいたけ、対州そば、イカ飯セット、アナゴ、を買った。

 

 

 

 

 


               対馬の特命任務

 

 

 対馬やまねこ空港1640分発の便は、福岡空港に1710分に到着した。伊達夫妻が在宅であることを確認した二人は早速、伊達夫妻に実家での様子を報告に行くことにした。空港でタクシーを拾い、伊達夫妻のマンションに向かった。夫妻は、一刻も早く話を聞きたくてそわそわしていた。伊達が、ドアを開け挨拶した。「ただいま~~。今、帰りました。朗報で~~す」即座に、キッチンからナオ子が大きな声で返事した。「入って~~。早く、こっち」二人は、キッチンにかけていった。伊達が、声をかけた。「うまくいったみたいだな。それはよかった。結婚に、一歩前進ってとこか。疲れただろう。まあ、座れ」沢富が、テーブルにお土産をどさっと置いた。「お土産です。先輩、焼酎も買ってきました」伊達は、ニコッと笑顔を作り返事した。「ありがとよ。今夜も、パ~~といくか」

 

 ナオコが、口をはさんだ。「何言ってるの、二人は疲れているんだから。それより、どうだった。ご両親」テーブルに着いた沢富は笑顔で話し始めた。「ご両親もお姉さん夫妻も大賛成でした。ほんと、ホッとしました。仲人の件も話しました。今度、みんなで対馬観光に行きましょう」笑顔を作ったナオ子だったが、沢富家の承諾が気になっていた。「問題は、沢富家ね。お父様の返事が遅いわね。まさか、反対ってことはないでしょうね」沢富も返事が遅いことに不安を感じていた。「ちょっと、遅いですね。明日にでも、電話してみます。何か気に入らないことでもあるのかな~~。おやじは、結婚は好きなようにやっていいといってたんです。だから、反対するはずはないんです」

 

 ナオコの心にいやな予感が起きた。「とにかく、明日にでも、確認してちょうだい。親戚が、反対するってことがあるからね」腕組みをしたナオ子は、鬼の形相で戦う姿勢を見せた。沢富も次第に嫌な予感が起き始めた。ひろ子まで不安になってきた。伊達が、突然声をあげた。「おい、そう、悲観するな。反対されたってわけじゃない」そう言ってはみたものの、お見合いの件で問題が起きているんではないかと不安になった。笑顔を作った沢富が、焼酎のビンを高々と持ち上げた。「神様は、僕らの味方です。せっかく買ってきたんです。みんなで乾杯しましょう」ナオ子も笑顔を取り戻し、歓声を上げた。「そうよ。パ~~とやりましょう。ひろ子さん、元気を出して、きっとうまくいくから。食事は、まだなんでしょ。今日は、佐賀牛のすき焼きよ。ひろ子さん、手伝って」

 

 


 翌日、月曜日、沢富は母親に電話した。あまりにもそっけない返事に愕然(がくぜん)とした。それは、父親はかなり重要な事案に取り組んでいるため、子供の結婚話など聞いている暇はないということだった。確かに、いい年をした子供が父親の意見を聞くこと自体子供じみているように思えたが、一生の問題である結婚についてぐらいは仕事より優先して聞いてほしかった。母親には、ひろ子のご両親は賛成してくれたことを伝えると、度肝を抜く返事が返ってきた。もしかすれば、年明け早々、東京勤務になるかもしれないということだった。理由について聞いたが、母親は全く知らされていなかった。いったい何事が起きたのだろうと考えたが、全く心当たりはなかった。こうなったら、父親の意見を聞く前に、一刻も早く結婚すべきではないかと思えた。まず、福岡で二人だけで式を挙げ、後で、東京と対馬で披露宴をするのが得策のように思えた。

 

 その日、早速、母親との話を伊達夫妻に伝えることにした。伊達と一緒に帰った沢富は、キッチンで話し始めた。「まったく、おやじったら、話を聞いてもいないんです。だがら、こっちで話を進めるといいました。それと、まだ、ひろ子さんには話していないんですが、母の話なんですが、もしかしたら、年明け早々、東京勤務になるかもしれないということです。理由は、わからないんですが。そうなった場合も考えて、結婚は、早めにやりたいと思っています。式は福岡で挙げて、披露宴は、後で、東京と対馬でやればいいと思います。どうでしょう。仲人さん」ナオ子は、ちょっと首をかしげた。「でも、結婚式は、両家の合意を得てないとね。ちゃんと、お父様の承諾を得ないとだめよ。親子に亀裂が入れば、サワちゃんが困るのよ」

 

 伊達も同じ意見だった。万が一、トラブルを起こせば、仲人をやった意味がなくなってしまう。ましてや、沢富家を怒らせてしまえば、警察署長どころではなくなってしまう。「おい、勇み足はいかん。とにかく、お父様の承諾を得ることが第一だ。そう焦るな。ひろ子さんもそう願ってるはずだ。いいじゃないか、東京転勤になっても。ひろ子さんは、ついていくさ」自分の愚かさに気づいた沢富は、ひろ子に事情を話し承諾してもらうことにした。「わかりました。伊達夫妻の立場ってものがありますよね。僕が、バカでした。正月休みに、ひろ子さんと二人でおやじに会いに行ってきます。急がば回れ、って言いますよね」ナオ子は、ホッとした表情で伊達を見つめた。

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅰ
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