対馬の闇Ⅰ

               対馬の特命任務

 

 

 対馬やまねこ空港1640分発の便は、福岡空港に1710分に到着した。伊達夫妻が在宅であることを確認した二人は早速、伊達夫妻に実家での様子を報告に行くことにした。空港でタクシーを拾い、伊達夫妻のマンションに向かった。夫妻は、一刻も早く話を聞きたくてそわそわしていた。伊達が、ドアを開け挨拶した。「ただいま~~。今、帰りました。朗報で~~す」即座に、キッチンからナオ子が大きな声で返事した。「入って~~。早く、こっち」二人は、キッチンにかけていった。伊達が、声をかけた。「うまくいったみたいだな。それはよかった。結婚に、一歩前進ってとこか。疲れただろう。まあ、座れ」沢富が、テーブルにお土産をどさっと置いた。「お土産です。先輩、焼酎も買ってきました」伊達は、ニコッと笑顔を作り返事した。「ありがとよ。今夜も、パ~~といくか」

 

 ナオコが、口をはさんだ。「何言ってるの、二人は疲れているんだから。それより、どうだった。ご両親」テーブルに着いた沢富は笑顔で話し始めた。「ご両親もお姉さん夫妻も大賛成でした。ほんと、ホッとしました。仲人の件も話しました。今度、みんなで対馬観光に行きましょう」笑顔を作ったナオ子だったが、沢富家の承諾が気になっていた。「問題は、沢富家ね。お父様の返事が遅いわね。まさか、反対ってことはないでしょうね」沢富も返事が遅いことに不安を感じていた。「ちょっと、遅いですね。明日にでも、電話してみます。何か気に入らないことでもあるのかな~~。おやじは、結婚は好きなようにやっていいといってたんです。だから、反対するはずはないんです」

 

 ナオコの心にいやな予感が起きた。「とにかく、明日にでも、確認してちょうだい。親戚が、反対するってことがあるからね」腕組みをしたナオ子は、鬼の形相で戦う姿勢を見せた。沢富も次第に嫌な予感が起き始めた。ひろ子まで不安になってきた。伊達が、突然声をあげた。「おい、そう、悲観するな。反対されたってわけじゃない」そう言ってはみたものの、お見合いの件で問題が起きているんではないかと不安になった。笑顔を作った沢富が、焼酎のビンを高々と持ち上げた。「神様は、僕らの味方です。せっかく買ってきたんです。みんなで乾杯しましょう」ナオ子も笑顔を取り戻し、歓声を上げた。「そうよ。パ~~とやりましょう。ひろ子さん、元気を出して、きっとうまくいくから。食事は、まだなんでしょ。今日は、佐賀牛のすき焼きよ。ひろ子さん、手伝って」

 

 


 翌日、月曜日、沢富は母親に電話した。あまりにもそっけない返事に愕然(がくぜん)とした。それは、父親はかなり重要な事案に取り組んでいるため、子供の結婚話など聞いている暇はないということだった。確かに、いい年をした子供が父親の意見を聞くこと自体子供じみているように思えたが、一生の問題である結婚についてぐらいは仕事より優先して聞いてほしかった。母親には、ひろ子のご両親は賛成してくれたことを伝えると、度肝を抜く返事が返ってきた。もしかすれば、年明け早々、東京勤務になるかもしれないということだった。理由について聞いたが、母親は全く知らされていなかった。いったい何事が起きたのだろうと考えたが、全く心当たりはなかった。こうなったら、父親の意見を聞く前に、一刻も早く結婚すべきではないかと思えた。まず、福岡で二人だけで式を挙げ、後で、東京と対馬で披露宴をするのが得策のように思えた。

 

 その日、早速、母親との話を伊達夫妻に伝えることにした。伊達と一緒に帰った沢富は、キッチンで話し始めた。「まったく、おやじったら、話を聞いてもいないんです。だがら、こっちで話を進めるといいました。それと、まだ、ひろ子さんには話していないんですが、母の話なんですが、もしかしたら、年明け早々、東京勤務になるかもしれないということです。理由は、わからないんですが。そうなった場合も考えて、結婚は、早めにやりたいと思っています。式は福岡で挙げて、披露宴は、後で、東京と対馬でやればいいと思います。どうでしょう。仲人さん」ナオ子は、ちょっと首をかしげた。「でも、結婚式は、両家の合意を得てないとね。ちゃんと、お父様の承諾を得ないとだめよ。親子に亀裂が入れば、サワちゃんが困るのよ」

 

 伊達も同じ意見だった。万が一、トラブルを起こせば、仲人をやった意味がなくなってしまう。ましてや、沢富家を怒らせてしまえば、警察署長どころではなくなってしまう。「おい、勇み足はいかん。とにかく、お父様の承諾を得ることが第一だ。そう焦るな。ひろ子さんもそう願ってるはずだ。いいじゃないか、東京転勤になっても。ひろ子さんは、ついていくさ」自分の愚かさに気づいた沢富は、ひろ子に事情を話し承諾してもらうことにした。「わかりました。伊達夫妻の立場ってものがありますよね。僕が、バカでした。正月休みに、ひろ子さんと二人でおやじに会いに行ってきます。急がば回れ、って言いますよね」ナオ子は、ホッとした表情で伊達を見つめた。

 

 


 

 伊達は、うなずいたが、怪訝な顔で話し始めた。「ナオ子には黙っていたんだが、この際話しておく。もしかすると、俺は、対馬に飛ばされるかもしれん」ナオ子は、対馬と聞いて耳を疑った。「あなた、対馬に飛ばされるって、あの孤島の対馬に転勤ってこと。マジ?」伊達は、眉を八の字にして気落ちした声で話し始めた。「俺も、耳を疑ったさ。沢富は、東京に栄転。俺は、対馬に左遷。いったいどういうことだって思ったさ。でも、事情があるんだ。今回、警察庁長官の特命で対馬における密航、密輸対策特別捜査班が、秘密理に設置されたらしい。そこで、俺がメンバーに選ばれたってわけだ。しかも、俺が班長だ。俺じゃなくてもと思ったが、麻薬摘発に実績のある俺は、外せないらしい」

 

 沢富は、大きくうなずき返事した。「なるほど、そうだったのか。いや~、おやじが重要案件で忙しいと聞きました。おそらく、そのことでしょう。対馬海上保安部だけでは,密航、密輸は取り締まれないと聞いています。密航ブローカーグループが東京、福岡、長崎、佐賀、対馬と密航者を輸送していると聞いています。おそらく、一気に取り締まりを強化するのでしょう。私も、この対策には、賛成です。先輩、ガンガンやってください」ナオ子は、沢富に文句を言った。「ちょっと、サワちゃん、他人事と思って。転勤になれば、私もついていくってことよ。対馬の孤島になんか、行きたくないわ」ふてくされたナオ子は、伊達をにらみつけた。沢富は、気まずそうな表情をしてしばらく考えていた。東京勤務は、警察庁ではなく、警視庁ではないか?

 

 目をギョロギョロさせた沢富は、身を乗り出して言った。「先輩、僕も、きっと、対馬です。間違いない」伊達が、怪訝な顔で尋ねた。「でも、サワは、警察庁じゃないのか?」沢富は、顔を左右に振った。「いや、きっと、警視庁です。でも、勤務は、対馬ってことですよ。おそらく、僕を対馬密航密輸対策特別捜査班のメンバーにするために、移動させたんです。そうじゃないと、今頃、移動なんてありえないでしょ」伊達もナオ子もうなずいた。ナオ子が、納得したような顔つきで話し始めた。「もし本当だったら、いつから、対馬に行くんだろうね」沢富が予測を話し始めた。「おそらく、来年の4月あたりでしょう。年明け早々、メンバー紹介と今後の方針について県警本部長から話があるはずです。僕と先輩が組むことになりそうですね」

 

 

 


 伊達は、次第に沢富の予測が現実的に思えてきた。ナオ子が、両手でポンと響かせた。「それじゃ、対馬勤務が決まってから、お父様に結婚の承諾を得ればいいじゃない。お父様も、重要な任務を引き受けた子供のために、賛成するはずよ。まさに、好機到来ね。でも、対馬に 何年ぐらいいるのかしらね」沢富が一つうなずいて返事した。「きっと、1年ぐらいと思います。ガンと一発かませば、結構効果があるんです。まあ、政府もやっと腰を上げたってことです。いいことじゃないですか。先輩」伊達も大きくうなずいた。「今頃になってといいたいところだが、今こそ、しっかりと取り締まらなければ。密輸手口も巧妙になっている。麻薬売買をやっている中国マフィアは、韓国人を使って日本に密輸している。韓国人から受け取った麻薬を日本人が売りさばくってわけだ」

 

 沢富も知りえた情報を話し始めた。「彼らは、漁船を使っているらしいですね。漁船による引き渡しをやられたら、取り締まりも難しいでしょう。麻薬を受け取った船員が名護屋港で密輸グループに渡しているとの情報もあります。対馬島と対馬近海では、マフィアが暗躍しているということです」ナオ子が、おびえた顔で尋ねた。「麻薬をどこに隠してるの?」伊達が、巧妙な手口を話した。「麻薬の隠し場所は、昔からあの手この手といろんな手を使っている。なんせ、優秀な麻薬犬がいるからな。奴らも知恵を絞って巧妙な手口を使う。でも、どんなところに隠しても、麻薬犬は発見できる。だから、密航で麻薬を運ぶ。しかも、国内で取り調べを受けてもわからないとこに隠す。一つには、口紅の中に隠していた例があった。まったく、知恵のあるやつらだ」

 

 沢富は、うなずいた。「このままだと、マフィアのやりたい放題です。戦いましょう、日本のために、先輩」腕組みをした伊達は、目を閉じ何か考えているようだった。「やらねばならんが、これは、危険な仕事だ。一つ間違えば、こちらが、消される。ナオ子にも危険が及ぶ。命がけの仕事だ。マフィアは、そこいらのコソ泥とは訳が違う。世界をまたにかけた、殺し屋だ。金のためなら、人の命などなんとも思ってない。それを覚悟で、ついて来てくれるのか?ナオ子」ナオ子は、震えが起きていた。あまりにも怖い話を聞かされて、返事ができなかった。沢富が、話し始めた。「そうですね。この仕事は、命がけです。だから、極秘に推し進められるのでしょう。また、だれにでも任せられる任務ではありません。先輩は、引き受けられるんですか?」

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅰ
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