対馬の闇Ⅰ

 

 伊達は、うなずいたが、怪訝な顔で話し始めた。「ナオ子には黙っていたんだが、この際話しておく。もしかすると、俺は、対馬に飛ばされるかもしれん」ナオ子は、対馬と聞いて耳を疑った。「あなた、対馬に飛ばされるって、あの孤島の対馬に転勤ってこと。マジ?」伊達は、眉を八の字にして気落ちした声で話し始めた。「俺も、耳を疑ったさ。沢富は、東京に栄転。俺は、対馬に左遷。いったいどういうことだって思ったさ。でも、事情があるんだ。今回、警察庁長官の特命で対馬における密航、密輸対策特別捜査班が、秘密理に設置されたらしい。そこで、俺がメンバーに選ばれたってわけだ。しかも、俺が班長だ。俺じゃなくてもと思ったが、麻薬摘発に実績のある俺は、外せないらしい」

 

 沢富は、大きくうなずき返事した。「なるほど、そうだったのか。いや~、おやじが重要案件で忙しいと聞きました。おそらく、そのことでしょう。対馬海上保安部だけでは,密航、密輸は取り締まれないと聞いています。密航ブローカーグループが東京、福岡、長崎、佐賀、対馬と密航者を輸送していると聞いています。おそらく、一気に取り締まりを強化するのでしょう。私も、この対策には、賛成です。先輩、ガンガンやってください」ナオ子は、沢富に文句を言った。「ちょっと、サワちゃん、他人事と思って。転勤になれば、私もついていくってことよ。対馬の孤島になんか、行きたくないわ」ふてくされたナオ子は、伊達をにらみつけた。沢富は、気まずそうな表情をしてしばらく考えていた。東京勤務は、警察庁ではなく、警視庁ではないか?

 

 目をギョロギョロさせた沢富は、身を乗り出して言った。「先輩、僕も、きっと、対馬です。間違いない」伊達が、怪訝な顔で尋ねた。「でも、サワは、警察庁じゃないのか?」沢富は、顔を左右に振った。「いや、きっと、警視庁です。でも、勤務は、対馬ってことですよ。おそらく、僕を対馬密航密輸対策特別捜査班のメンバーにするために、移動させたんです。そうじゃないと、今頃、移動なんてありえないでしょ」伊達もナオ子もうなずいた。ナオ子が、納得したような顔つきで話し始めた。「もし本当だったら、いつから、対馬に行くんだろうね」沢富が予測を話し始めた。「おそらく、来年の4月あたりでしょう。年明け早々、メンバー紹介と今後の方針について県警本部長から話があるはずです。僕と先輩が組むことになりそうですね」

 

 

 


 伊達は、次第に沢富の予測が現実的に思えてきた。ナオ子が、両手でポンと響かせた。「それじゃ、対馬勤務が決まってから、お父様に結婚の承諾を得ればいいじゃない。お父様も、重要な任務を引き受けた子供のために、賛成するはずよ。まさに、好機到来ね。でも、対馬に 何年ぐらいいるのかしらね」沢富が一つうなずいて返事した。「きっと、1年ぐらいと思います。ガンと一発かませば、結構効果があるんです。まあ、政府もやっと腰を上げたってことです。いいことじゃないですか。先輩」伊達も大きくうなずいた。「今頃になってといいたいところだが、今こそ、しっかりと取り締まらなければ。密輸手口も巧妙になっている。麻薬売買をやっている中国マフィアは、韓国人を使って日本に密輸している。韓国人から受け取った麻薬を日本人が売りさばくってわけだ」

 

 沢富も知りえた情報を話し始めた。「彼らは、漁船を使っているらしいですね。漁船による引き渡しをやられたら、取り締まりも難しいでしょう。麻薬を受け取った船員が名護屋港で密輸グループに渡しているとの情報もあります。対馬島と対馬近海では、マフィアが暗躍しているということです」ナオ子が、おびえた顔で尋ねた。「麻薬をどこに隠してるの?」伊達が、巧妙な手口を話した。「麻薬の隠し場所は、昔からあの手この手といろんな手を使っている。なんせ、優秀な麻薬犬がいるからな。奴らも知恵を絞って巧妙な手口を使う。でも、どんなところに隠しても、麻薬犬は発見できる。だから、密航で麻薬を運ぶ。しかも、国内で取り調べを受けてもわからないとこに隠す。一つには、口紅の中に隠していた例があった。まったく、知恵のあるやつらだ」

 

 沢富は、うなずいた。「このままだと、マフィアのやりたい放題です。戦いましょう、日本のために、先輩」腕組みをした伊達は、目を閉じ何か考えているようだった。「やらねばならんが、これは、危険な仕事だ。一つ間違えば、こちらが、消される。ナオ子にも危険が及ぶ。命がけの仕事だ。マフィアは、そこいらのコソ泥とは訳が違う。世界をまたにかけた、殺し屋だ。金のためなら、人の命などなんとも思ってない。それを覚悟で、ついて来てくれるのか?ナオ子」ナオ子は、震えが起きていた。あまりにも怖い話を聞かされて、返事ができなかった。沢富が、話し始めた。「そうですね。この仕事は、命がけです。だから、極秘に推し進められるのでしょう。また、だれにでも任せられる任務ではありません。先輩は、引き受けられるんですか?」

 


 伊達はナオ子に決意を伝えた。「俺が抜擢されたということは、俺は期待されたということだ。ならば、やらねばならない。でも、マジ、危険だ。ナオ子は、ここで、俺が生きて帰ってくるのを待ってろ。アメリカ、ロシア、中国、日本、もはやマフィアに牛耳られている。でも、奴らの好き放題にさせるわけにはいかん。警察は国民を守る義務がある。俺は戦う。いいな、ナオ子」ナオ子は、まだ震えていたが、小さくうなずいた。「サワちゃんが、一緒だったら、安心よね。サワちゃん、主人、守ってあげて」沢富は、苦笑いをしながら返事した。「先輩は、ヤクザでもビビらせるんですよ。僕なんか、先輩のおかげで命があるようなものなんです。まあ、対馬は、福岡からすぐそこです。いつでも会えますから、心配いらないですよ。早速、おやじに移動の件を問いただしてみます。何かわかり次第、先輩に知らせます」

 

 早速、翌日の火曜日、沢富は今回の特命任務についてメールで確認した。それは、沢富が予想していたものだった。警視庁の予測では、今、対馬を中継地点として麻薬の密輸がなされているということだった。中国マフィアから韓国に持ち込まれた麻薬は、韓国麻薬グループによって対馬に運び込まれている。それには、漁船が使われていると予測され、韓国漁船が日本漁船に海上で引き渡していると考えられる。そして、麻薬を受け取った漁船は、目立たない対馬の小さな漁港に立ち寄り、そこで仲間に手渡している。おそらく、彼らは、民宿か、釣り宿で魚のお腹の中に受け取った麻薬を詰め込んでいる。麻薬を詰め込まれた冷凍魚は、漁船で佐賀か長崎の小さな港に運ばれ、そこで、荷揚げされた麻薬が詰め込まれた冷凍魚は、冷凍トラックで関西、関東方面へ運ばれている。

 

 今回の主な任務は、対馬警察内部と市会議員の捜査だった。また、特に、対馬における中継地点、麻薬を魚に埋め込んでいる加工場所の発見、並びに彼らの検挙にあった。今回の特別捜査は、対馬警察内部に対する超極秘捜査であるため、警察関係者には公開されないとのことだった。メンバーは、伊達、沢富、稲垣の警察官3 名、鹿取、草凪のマトリ(麻薬Gメン)2名、捜査期間は、1年間、詳しい指示は、的野本部長から伊達班長を通じてなされるということだった。自分に関しては、広域捜査となるため警視庁に移動させたとのことだった。メールの内容をまとめた沢富は、その夜、早速、伊達に伝えるために大濠のマンションに訪れた。いつものキッチンテーブルに着いた沢富は、父親から受けたメールの内容を説明した。伊達は、今回の任務は警察庁の特命であり、かつ危険であることを再認識した。

 


 

 深刻な顔つきの伊達は、しばらく黙り込んでいた。任務遂行に関しては、納得できたが、沢富がメンバーに入っていることに不安があた。麻薬捜査において殉死した警官が多かったからだ。麻薬取引おいては、多額のお金が動く。そのため、マフィアは、邪魔者と思えば即座に消す。素人同然の沢富が、一つへまをすれば、奴らにとらえられ、事故死に見せかけて消される。今回の捜査だけは、沢富は外すべきではないかと思えた。眉間にしわを寄せた伊達は、ゆっくり話し始めた。「話は分かった。ちょっとな~。サワがメンバーとは?サワ、今回の仕事は辞退したらどうだ。あまりにも危険だ。単なる強盗事件の犯人を捕まえるのとは訳が違う。今回は、マフィアが相手だ。一歩間違えば、簡単に消されてしまう。それでも、いいのか?」

 

 沢富は、じっと静かに話に聞き入っていた。沢富にとって、特命任務の刑事職は、警察庁での出世のための一過程でしかなかった。警察庁特命を無事果たせば、出世に一歩近づく。でも、一つ間違えば、命を落とす。沢富は悩んだ。父親は、危険であっても、実績のある敏腕の伊達刑事と組めば無事任務をこなすと思ったに違いない。しかし、伊達の話を聞いているうち、その考えは甘いように思えてきた。確かに、この任務を遂行できれば、警察庁での出世は約束されているに違いない。だからこそ、父親は、この危険極まりない任務を与えたのだろう。本当に、素人がこんな危険な任務を遂行できるのか?伊達刑事の足手まといになれば、伊達刑事も危険な状況に追い込んでしまう。きっと、伊達刑事は、ド素人のサワは、足手まといだ、といいたいのであろう。

 

 伊達は、話を続けた。「きっと、対馬の警官の中にマフィアに買収された奴がいる。これは、マフィアいつも使う手だ。そして、買収された警官は、いずれ口封じのために消される。マフィアとはそういう非人道的な奴らだ。サワは、現場刑事とは違う。将来、国家警察を策定するという大きな任務がある。まだ、正式命令は出ていない。今だったら、断れるんじゃないか。おやじさんに、断りを入れろ。それがいい。なにも、恥ずかしいことじゃない。人には、それぞれ、その人なりの道がある」沢富は、心が揺らいでいた。伊達の思いやりは、もっともだった。伊達の足手まといになることは目に見えていた。肩を落として眉を八の字にした沢富は、元気のない声で返事した。「はい、一日考えさせてください」ぼんやりと立ち上がった沢富は、さみしそうに肩を丸めて玄関に向かった。

 


春日信彦
作家:春日信彦
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