対馬の闇Ⅰ

 翌日、水曜日、7時半ごろ、沢富が博多署の近くにある吉野家で朝食をとっていると”水の星へ愛をこめて”がスマホから流れてきた。今頃何事かとタッチするとイヤホンからひろ子の甲高い声が突入してきた。「サワちゃん、ニュース聞いた?出口ちゃんが、死んだのよ。あ、対馬北署の出口君が水死体で発見されたんだって。事故じゃないかって言ってたけど、絶対事故じゃない。誰かに殺されたのよ。あ、出口君って、幼馴染のクラスメートだったのよ。サワちゃん、犯人捕まえて」寝耳に水の情報に全く返事のしようがなかった。「何言ってるか、よくわからない。対馬のニュースだね。署に行って詳しいことを聞いてみる。また後で電話する。今、吉野家なんだ。切るよ」沢富は、食べ終わると署にかけていった。伊達は、デスクでぼんやりと考え事をしていた。「先輩、今朝のニュース聞かれましたか?対馬の件」

 

 伊達は、小さくうなずいた。「あれは、やられたんだな。対馬育ちの警官が、事故で死ぬってことはないだろう」ひろ子もそのように言いたかったに違いないと沢富はうなずいた。「確かに、変ですよね。やはり、マフィアですか?」伊達は、しばらく黙って考えていた。「いや、そうとも言えん。確かに、マフィアが絡んでいることは間違いないだろう。でも、手を下したのは、もしかしたら・・・」沢富は、身を乗り出して質問した。「もしかしたら、だれですか?」伊達は、ウ~~とうなずいて返事した。「あくまでも、俺のカンだが、警察内部のものかもしれん。早く言えば、口封じだ。出口巡査長は、誰かの悪事を知りえた。そこで、正義感の強い彼は、自首を進めた。だが、その警官は、自首するどころか、正義感の強い巡査長を自らの手で始末した。考えられないことではない」

 

 沢富は、マフィアの怖さが身に染みてきた。「ということは、マフィアは警察官を買収して、麻薬の密輸をやっているってことですね。我々の敵は、マフィアだけでなく、警察官でもあるってことですね。おそらく、出口巡査長は、信用していた上司にやられたのかもしれません。まったく、かわいそうに。きっと、まじめで正義感の強い、青年だったと思います。必ず、犯人を捕まえてやる。そう、その彼は、ひろ子さんの幼馴染でクラスメートだったと言ってました。僕はやります。先輩、僕を仲間に入れてください。僕も、やるときは、やるんです。お願いします。敵をとってやりたいんです」伊達も、正義感の強い青年がやられたと思うと、やるせなかった。きっと、この敵は取ってやると誓った伊達は、沢富に振り向き小さくうなずいた。

 

 


 翌日、15日、木曜日、伊達と沢富は、午前10時に的野本部長のところ行くように署長から指示を受けた。二人は、対馬特別任務の件だとピンときた。午前10時、1分前にドアを2回ノックした。部屋の中から野太い声の返事が響いた。「どうぞ」ドアを開け覗き込むとソファーの横に3人の背広姿の男性が立っていた。伊達と沢富が中に入っていくと3人は軽く会釈した。本部長は、ソファーまでやってくると3人を紹介した。「こちらは、麻薬取締官の鹿取さんと草凪さんだ。こちらは、警視庁組織犯罪対策第五課の稲垣さん。座りたまえ。集まってもらったのは、超極秘特別任務の伝達だ。この任務は、警察には公開されない。この度、警察庁長官から対馬麻薬取締特別班設置の特命があった。設置期間は、1年。そのメンバーとして、5人が選ばれた。年明け早々、設置する。詳しい打ちあわせは、12月から行うとして、今日は、顔合わせとカバーについて説明する」本部長は、一呼吸おいて、話を続けた。

 

 「班長は、伊達警部にお願いする。また、伊達警部は、比田勝港近くのナイトクラブのマスターをやってもらう。ちょっと戸惑うだろうが、ピンときたお客をチェックしてくれ。沢富警部補は、来年1月から3月までは、警視庁組織犯罪対策第五課で勤務。4月から対馬北署に赴任。主な任務は、対馬北署内部の情報収集。稲垣警部補は対馬南署に4月から赴任。同じく南署内部の情報収集。草凪さんは、旅の記事を書くルポライター、民宿を徹底的に取材してほしい。鹿取さんは、民宿のオーナー。民宿のオーナーたちと可能な限り親しくなって情報をとってほしい。詳しいことは、12月の打ち合わせで煮詰めていく。会議場所としては、Nホテルの会議室を準備している。対馬の件は、ご存知だと思うが、対馬北署の巡査長が水死体で発見された。事故と殺害の両面から捜査されているが、おそらく、殺害されたとみていい。今回の特命は、非常に危険な任務となる。心してかかってほしい。何か、質問は?」

 

 伊達が小さな声で質問した。「やはり、内部犯行でしょうか?」本部長は、自分の考えを述べた。「あくまでも推測の域に過ぎないが、対馬警察の内部にマフィアに買収された警官がいると考えられる。今回の捜査は、られらを突き止めることにある。また、彼らを保護することでもある。お分かりのように、彼らはいずれ消されるからだ。ある程度の確信が得られた場合、彼らを取り調べの上、処分と保護を行う。もし、こちらの動きを察知されれば、こちらがやられることになる。非常に危険な任務だ」

 

 


 

 沢富が続いて質問した。「ということは、警察官たちから、彼らの情報を得るということになりますが、かなり難しそうですね」本部長は、うなずいた。「かなり危険な情報収集となる。だから、ナイトクラブを使うのだ。警官を酔っ払わせて、油断させるのだ。酔って、うっかりしゃべることがある」沢富と伊達は、大きくうなずいた。本部長は、さらに話を続けた。「麻薬の密輸には、漁船が使われている。対馬のどこか小さな漁港に持ち込まれた麻薬は、民宿あるいは釣り宿で魚の腹の中に埋め込まれているとみている。その拠点を発見することは、至難の業だ。そこで、情報収集をやりやすくするために、ナイトクラブを使う」本部長は、背筋を伸ばして一息ついた。

 

 四人は、伊達警部をナイトクラブのマスターにした理由に納得したようで、小さくうなずいた。さらに、本部長は話を続けた。「ナイトクラブにはマフィアも出入りする可能性がある。伊達警部は、彼らの観察とホステスからの情報をとってほしい。マトリの二人も親しくなった民宿や釣り宿のオーナー、網本、漁協の職員、何かピンときたら、ナイトクラブに連れてきてほしい。そして、酔わせて油断させる。きっと、酔っ払って口にする言葉から、糸口がつかめるはずだ。いくら経費を使っても構わない。警察の腐敗を一刻も早く食い止めなければ、日本の警察がマフィアに乗っ取られてしまう。みんな、よろしく頼む」5人は、一斉にうなずいた。

 

 沢富は、ひろ子との結婚が不安になってきた。来年早々、東京勤務、4月からは、対馬勤務。ひろ子との結婚の打ち合わせもできなくなってしまう。仲人の伊達夫妻にも迷惑がかかる。伊達にそのことを打ち明けると、今夜、その件で話し合うことになった。また、ひろ子にも、早めに、対馬勤務のことを打ち明けることが賢明に思え、電話すると、ひろ子も話したいことがあると言って、今夜、会いたいといってきた。そこで、ひろ子と伊達夫妻の家で落ち合うことにした。午後7時過ぎ、キッチンに4人がそろうと伊達が、口火を切った。「ナオ子、今日、本部長から特命の内辞を受けた。来年早々、俺は、対馬勤務となる。予測していた通りだ。期間は、1年だ。危険な任務だから、ナオ子はここで待っていてくれ。沢富も、来年は対馬勤務となる」

 


 ひろ子が、目を丸くして話し始めた。「え、対馬勤務、サワちゃんが。マジ?」沢富は、小さくうなずいて返事した。「来年の1月から3月までは、警視庁勤務で、4月から対馬北署勤務となる。まったく、大切な時に転勤だ何って。ごめん、ひろ子さん」ひろ子は、呆然としてしまった。なんといって返事していいかわからなくなった。結婚の準備は全く進んでいない。このままだと、結婚は再来年になってしまうと思えた。「それじゃ、結婚は、再来年ってこと、サワちゃん」沢富は、断腸の思いで小さくうなずき返事した。「ごめん。今回の任務は、ちょっと危険が伴うし、休暇も取れない。だから、結婚は、対馬勤務を終えてからということになる。本当に、ごめん」

 

 ひろ子は、目の前が真っ暗になった。幼馴染の出口君は水死体で発見され、婚約者の沢富は、対馬に行ってしまう。暗闇に取り残されたような気持になってしまった。「1年間、待てばいいのね。悔しいけど、仕事だもんね。刑事の妻になるってことは、こういうものなのね。分かったわ。だったら、出口君の敵を必ず取ってよ。島を知り尽くしている出口君が、事故だなんて、絶対あり得ない。間違いなく誰かかに殺されたのよ。サワちゃん、きっと犯人を捕まえて。私にできることがあれば、協力するから」島を知り尽くしているひろ子は、何か協力できるように思えた。落ち込んだナオ子が、質問した。「ねえ、ついて行っちゃ、ダメなの?一人ぼっちって、さみしいわ。対馬に引っ越して、いい?」

 

 

 伊達は、顔を振った。「だめだ。危険だ。今回だけは。わかってくれ」ナオ子は、肩を落としてしょげてしまった。ひろ子が、ポンと手を打ち口をはさんだ。「そうだわ。ナオ子さん、私と住めばいいのよ。対馬で。絶対、仕事の邪魔しないから。いいでしょ、伊達さん」伊達は、返事に困った。まったく、仕事にかかわらないのであれば、別に二人が対馬観光しようが構わない。しばらく考えて、ウ~~とうなり声をあげて返事した。「ひろ子さんも、対馬に住みたいのですか?」ひろ子は、出口巡査長の敵をとるために何か情報を集めたかった。「はい、対馬でタクシーの運転手をします。ナオ子さんは、対馬観光ということで。お願いします。この通り」ひろ子は、両手を合わせてお願いした。伊達は、沢富に声をかけた。「おい、どうする?」沢富は、問題ないように思えた。「先輩がいいんだったら、僕は構いません」伊達は、しかめっ面で、うなずいた。

 

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
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