対馬の闇Ⅰ

 

 沢富が続いて質問した。「ということは、警察官たちから、彼らの情報を得るということになりますが、かなり難しそうですね」本部長は、うなずいた。「かなり危険な情報収集となる。だから、ナイトクラブを使うのだ。警官を酔っ払わせて、油断させるのだ。酔って、うっかりしゃべることがある」沢富と伊達は、大きくうなずいた。本部長は、さらに話を続けた。「麻薬の密輸には、漁船が使われている。対馬のどこか小さな漁港に持ち込まれた麻薬は、民宿あるいは釣り宿で魚の腹の中に埋め込まれているとみている。その拠点を発見することは、至難の業だ。そこで、情報収集をやりやすくするために、ナイトクラブを使う」本部長は、背筋を伸ばして一息ついた。

 

 四人は、伊達警部をナイトクラブのマスターにした理由に納得したようで、小さくうなずいた。さらに、本部長は話を続けた。「ナイトクラブにはマフィアも出入りする可能性がある。伊達警部は、彼らの観察とホステスからの情報をとってほしい。マトリの二人も親しくなった民宿や釣り宿のオーナー、網本、漁協の職員、何かピンときたら、ナイトクラブに連れてきてほしい。そして、酔わせて油断させる。きっと、酔っ払って口にする言葉から、糸口がつかめるはずだ。いくら経費を使っても構わない。警察の腐敗を一刻も早く食い止めなければ、日本の警察がマフィアに乗っ取られてしまう。みんな、よろしく頼む」5人は、一斉にうなずいた。

 

 沢富は、ひろ子との結婚が不安になってきた。来年早々、東京勤務、4月からは、対馬勤務。ひろ子との結婚の打ち合わせもできなくなってしまう。仲人の伊達夫妻にも迷惑がかかる。伊達にそのことを打ち明けると、今夜、その件で話し合うことになった。また、ひろ子にも、早めに、対馬勤務のことを打ち明けることが賢明に思え、電話すると、ひろ子も話したいことがあると言って、今夜、会いたいといってきた。そこで、ひろ子と伊達夫妻の家で落ち合うことにした。午後7時過ぎ、キッチンに4人がそろうと伊達が、口火を切った。「ナオ子、今日、本部長から特命の内辞を受けた。来年早々、俺は、対馬勤務となる。予測していた通りだ。期間は、1年だ。危険な任務だから、ナオ子はここで待っていてくれ。沢富も、来年は対馬勤務となる」

 


 ひろ子が、目を丸くして話し始めた。「え、対馬勤務、サワちゃんが。マジ?」沢富は、小さくうなずいて返事した。「来年の1月から3月までは、警視庁勤務で、4月から対馬北署勤務となる。まったく、大切な時に転勤だ何って。ごめん、ひろ子さん」ひろ子は、呆然としてしまった。なんといって返事していいかわからなくなった。結婚の準備は全く進んでいない。このままだと、結婚は再来年になってしまうと思えた。「それじゃ、結婚は、再来年ってこと、サワちゃん」沢富は、断腸の思いで小さくうなずき返事した。「ごめん。今回の任務は、ちょっと危険が伴うし、休暇も取れない。だから、結婚は、対馬勤務を終えてからということになる。本当に、ごめん」

 

 ひろ子は、目の前が真っ暗になった。幼馴染の出口君は水死体で発見され、婚約者の沢富は、対馬に行ってしまう。暗闇に取り残されたような気持になってしまった。「1年間、待てばいいのね。悔しいけど、仕事だもんね。刑事の妻になるってことは、こういうものなのね。分かったわ。だったら、出口君の敵を必ず取ってよ。島を知り尽くしている出口君が、事故だなんて、絶対あり得ない。間違いなく誰かかに殺されたのよ。サワちゃん、きっと犯人を捕まえて。私にできることがあれば、協力するから」島を知り尽くしているひろ子は、何か協力できるように思えた。落ち込んだナオ子が、質問した。「ねえ、ついて行っちゃ、ダメなの?一人ぼっちって、さみしいわ。対馬に引っ越して、いい?」

 

 

 伊達は、顔を振った。「だめだ。危険だ。今回だけは。わかってくれ」ナオ子は、肩を落としてしょげてしまった。ひろ子が、ポンと手を打ち口をはさんだ。「そうだわ。ナオ子さん、私と住めばいいのよ。対馬で。絶対、仕事の邪魔しないから。いいでしょ、伊達さん」伊達は、返事に困った。まったく、仕事にかかわらないのであれば、別に二人が対馬観光しようが構わない。しばらく考えて、ウ~~とうなり声をあげて返事した。「ひろ子さんも、対馬に住みたいのですか?」ひろ子は、出口巡査長の敵をとるために何か情報を集めたかった。「はい、対馬でタクシーの運転手をします。ナオ子さんは、対馬観光ということで。お願いします。この通り」ひろ子は、両手を合わせてお願いした。伊達は、沢富に声をかけた。「おい、どうする?」沢富は、問題ないように思えた。「先輩がいいんだったら、僕は構いません」伊達は、しかめっ面で、うなずいた。

 

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅰ
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