対馬の闇Ⅰ

 ひろ子からきよしについてはすでに聞かされていた。きよしは、対馬藩士といっていたが、実のところ、福岡県出身だった。Q大経済学部4回生だったきよしは、過疎地の経済に関心があり、対馬観光を兼ねて島民にインタビューして回った。観光最終日、対馬野生生物保護センターに立ち寄った。神のお導きか、ツシマヤマネコを撮影していた彼の右横に立っていた対馬クイーンの女子高生とビビビッと目があった。その女子高生が、陽子だった。きよしは、美人の陽子に一目ぼれしてしまい、それ以後、メールのやり取りをするようになった。そして、大学卒業後、福岡県庁職員として4年間働いたが、両親の反対を押し切って、陽子と結婚するために、県庁を退職し、対馬にやってきた。そして、口森家の養子となり漁業の跡を継いだ。漁業から離れていく若者をどうにかして引き止めたいと3年前に水産会社を立ち上げた。

 

 沢富は、マジな顔つきできよしを励ました。「きよしさん、頑張ってください。僕にできることがあれば、何でも言ってください。きよしさんを、全力で支援します」きよしは、ニコッと笑顔を作りお湯割りを二つ作った。「さあ、同志。義兄弟の契りを交わしましょう。なんだか、勇気がわいてきた。必ず、会社を成功させて見せます。若者が活躍できる島にして見せます。負けてたまるか。ねえ、お父さん」父親は、元気のない声で話し始めた。「時流に乗って精いっぱいやるしかないだろう。きよしだったら、みんなを引っ張っていける。弁は立つし、頭もいい、対馬のためにがばってくれ。俺も、できる限りの援助はする」父親は、目元がうるんでいた。「さすが、陽子が選んだ亭主だけあるばい」父親は、左手で涙をぬぐった。沢富は思った。対馬といえば、林業、漁業の島。今では、観光業は、韓国人に牛耳られている。でも、若者があきらめてしまえば、対馬は韓国に乗っ取られてしまう。とにかく、日本人が対馬を復興する以外にない。

 

 眠たそうにしている父親を気遣い、きよしは父親に声をかけた。「もう、寝ましょうか?沢富さんは、僕の部屋で寝てください。沢富さんと話していると勇気が湧いてきます。これからも、相談に乗ってください」沢富は、頭を掻きながら恐縮した表情で返事した。「いや、僕なんて、世間知らずの刑事です。こちらこそ、いろいろ、教えてください」父親が立ち上がるそぶりをするときよしは、すっと立ち上がり父親の右横に立った。父親の右側を支えながら父親を部屋に連れていくと、駆け足で戻ってきた。「おなかは、すいていませんか?」沢富は、刺身と鯛しゃぶで満腹だった。「いえ、おなかいっぱいです」きよしは、お風呂を勧めた。「それじゃ、お風呂、どうぞ」沢富は、バスルームに案内された。

 

 

 


 沢富が翌朝7時に目が覚めると、きよしはすでに起きてランニングに出かけていた。きよしは、草野球をやっていて今日も午後1時から試合に出る予定だった。身支度してキッチンに行ってみると食事の準備がなされていた。ひろ子が明るい声で挨拶した。「おはよ~~。眠れた?ちょっと飲みすぎじゃない?お兄さんに合わせなくてもいいのよ。飲んべ~~なんだから。さあ、食べて。10時には出発しましょう。教会でお祈りしたいから」協会と聞いてひろ子がカトリックであることを実感した。「それでは、いただきます」食事を終えても、父親の姿が見えなかった。「お父さんは?」即座に、ひろ子が返事した。「もうそろそろ来るんじゃない。いつも、9時ぐらいだから」

 

 沢富は父親に挨拶するためにリビングで待つことにした。「父親が9時少し前にやってきた。即座に立ち上がった沢富は、大きな声で挨拶した。「おはようございます。昨夜は、ご馳走になりました」父親は、笑顔で返事した。「大したお構いもできませんで。これからは、いつでも、気楽に、来てください。沢富さんのような方に出会えたひろ子は幸せもんです。田舎者で、世間知らずのわがままの娘ですが、よろしくお願いします」沢富は、父親に気に入られ、結婚に一歩前進したようでウキウキした。「対馬にも教会があるんですね。お祈りして帰ります」父親は顔をしかめ申し訳なさそうに話し始めた。「カトリックは教会を重んじるんです。でも、沢富さんは、気にしなくていいです。なにも、教会で式をあげなければならないという決まりはないんです。沢富さんが、好きなようにやってください」

 

 父親は、口森家がカトリックであることを気にしているようであった。沢富家がカトリックをどう思うか心配だったが、あまり気にしないことにした。「はい、沢富家は、臨済宗ですが、無宗教のようなものです。どうにかうまくやっていきます。心配なさらないでください」父親は、少しほっとした表情を見せた。ひろ子が突然口をはさんだ。「私たちは、10時には出発するから。お父さんは、のんびりとしてればいいの。神経使うと体に悪いんだから。それと、仲人は沢富さんの上司の伊達夫妻にお願いすることにしている。今度は、仲人さんと一緒に来るから」父親は、黙って聞いていたが、安心したような表情で返事した。「こんな体で申し訳ない。沢富さん、よろしくお願いします」父親は、深々と頭を下げた。

 


 きよしは、ひろ子の母校である上対馬高校で野球の試合があるため、帰りも陽子が空港まで送ることになった。厳原聖ヨハネ教会は対馬空港をさらに南下し厳原港近くにある。そこまで約2時間かかるということで10時少し前に家を出立した。アルファードは国道382号線をひたすら南下した。日曜日であったが、運よく12時ちょっとすぎに協会に到着した。陽子は、この教会に月一回はミサに来るということだった。神を信じていない沢富は、今一つ教会がピンと来なかった。今後カトリックになりたいとも思わなかった。だが、ひろ子にはカトリックのことについては何も言わなかった。出発まで時間があったためグリーンパークで時間をつぶすことにした。空港に到着したのは午後4時少し前だった。伊達夫妻のおみ上げに、空港の売店で、かすまき、赤米カステラ、焼酎のやまねこ、しいたけ、対州そば、イカ飯セット、アナゴ、を買った。

 

 

 

 

 


               対馬の特命任務

 

 

 対馬やまねこ空港1640分発の便は、福岡空港に1710分に到着した。伊達夫妻が在宅であることを確認した二人は早速、伊達夫妻に実家での様子を報告に行くことにした。空港でタクシーを拾い、伊達夫妻のマンションに向かった。夫妻は、一刻も早く話を聞きたくてそわそわしていた。伊達が、ドアを開け挨拶した。「ただいま~~。今、帰りました。朗報で~~す」即座に、キッチンからナオ子が大きな声で返事した。「入って~~。早く、こっち」二人は、キッチンにかけていった。伊達が、声をかけた。「うまくいったみたいだな。それはよかった。結婚に、一歩前進ってとこか。疲れただろう。まあ、座れ」沢富が、テーブルにお土産をどさっと置いた。「お土産です。先輩、焼酎も買ってきました」伊達は、ニコッと笑顔を作り返事した。「ありがとよ。今夜も、パ~~といくか」

 

 ナオコが、口をはさんだ。「何言ってるの、二人は疲れているんだから。それより、どうだった。ご両親」テーブルに着いた沢富は笑顔で話し始めた。「ご両親もお姉さん夫妻も大賛成でした。ほんと、ホッとしました。仲人の件も話しました。今度、みんなで対馬観光に行きましょう」笑顔を作ったナオ子だったが、沢富家の承諾が気になっていた。「問題は、沢富家ね。お父様の返事が遅いわね。まさか、反対ってことはないでしょうね」沢富も返事が遅いことに不安を感じていた。「ちょっと、遅いですね。明日にでも、電話してみます。何か気に入らないことでもあるのかな~~。おやじは、結婚は好きなようにやっていいといってたんです。だから、反対するはずはないんです」

 

 ナオコの心にいやな予感が起きた。「とにかく、明日にでも、確認してちょうだい。親戚が、反対するってことがあるからね」腕組みをしたナオ子は、鬼の形相で戦う姿勢を見せた。沢富も次第に嫌な予感が起き始めた。ひろ子まで不安になってきた。伊達が、突然声をあげた。「おい、そう、悲観するな。反対されたってわけじゃない」そう言ってはみたものの、お見合いの件で問題が起きているんではないかと不安になった。笑顔を作った沢富が、焼酎のビンを高々と持ち上げた。「神様は、僕らの味方です。せっかく買ってきたんです。みんなで乾杯しましょう」ナオ子も笑顔を取り戻し、歓声を上げた。「そうよ。パ~~とやりましょう。ひろ子さん、元気を出して、きっとうまくいくから。食事は、まだなんでしょ。今日は、佐賀牛のすき焼きよ。ひろ子さん、手伝って」

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅰ
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