対馬の闇Ⅰ

 陽子は二人のなれそめを知りたくなった。「ひろ子、沢富さんと、どこで知り合ったの?」ひろ子は二人の出会いを思い出していた。「沢富さんは、お客さんだったの。いろいろ話しているうち、親しくなったって感じ。それと、沢富さんの上司の奥さんに後押しされて。その上司の方が、ぜひ、仲人をさせてほしいって、言われているの」陽子は、縁とは不思議なものだと思った。「そう、その上司の奥さんが、縁結びの神様ってことね」ひろ子はうなずいた。「そう。奥さんがとてもいい方で、すごく、お世話になっているの」母親が、うなずき口をはさんだ。「それは、それは、上司の方にお礼を申し上げなくては。是非、近々お礼に伺うわ。そう、伝えて、ひろ子」

 

 陽子は沢富がエリートであることは聞かされていたが、もっと彼の素性を知りたかった。「沢富さんは、刑事でいらっしゃるのよね。これからも、ずっと福岡勤務ですか?」沢富は、警察のことを話して父親の気分を害しないかと不安だったが、結婚すれば一生付き合うことになるから、ざっくばらんに話しておいたほうがいいように思えた。「はい、今のところは福岡勤務です。でも、私の場合、転勤があるんです。まだ、はっきりしていないんですが、近々、東京勤務になるかもしれません」母親は、少し不安げな顔つきで話し始めた。「え、東京ですか?あらま~~。田舎者のひろ子、大丈夫かしら」父親がうなずいて話し始めた。「とにかく、沢富さんについていけばいい。住めば都というじゃないか。沢富家の方々に、かわいがられるんだぞ」

 

 サスペンスドラマが好きな陽子は、話を膨らませた。「ということは、よく、サスペンスドラマに出てくる警視庁のデカってことね。ちょっと、かっこいいじゃない」沢富は、頭を掻きながら誤解を解いた。「いや、違うんです。僕は、警視庁ではなく、警察庁、勤務になるんです。簡単に言えば、警察業務全般を取り扱う仕事です。だから、直接事件にかかわることはありません。地味な仕事です」陽子は、よくわからなかったが、うなずいた。「まあ、警察の事務の仕事ってことね。沢富さんは、出世なされる方だから、ひろ子、しっかり内助の功を発揮しなくっちゃね」

 

 


 自信のないひろ子は、苦笑いをしながらうなずいた。「東京に行ったら、対馬が遠くなるのよね~~。ちょっと寂しいな~~」沢富がひろ子を励ますように笑顔をひろ子に向けた。「さみしくなったら、カラオケで思いっきり歌いましょう。音痴の僕は、歌わないほうがいいような気がするけど」みんな、一斉にワハハ~~と笑い声をあげた。陽子は夕食の準備に取り掛かることにした。「私たちは、食事の準備をします。沢富さんは、ゆっくりなさってください」陽子、母親、ひろ子たちは、キッチンに向かった。いつもは母親と陽子が食事の準備をしていたが、今日は陽子とひろ子が中心となって準備することになった。

 

 陽子は、小さな声でひろ子に声をかけた。「あの手の顔って、ひろ子好みなの?好みでも変わったのかしら?」沢富との縁がひろ子にも不思議でならなかった。どちらかといえば軽いノリのイケメンが好きだったが、しかめっ面の刑事と付き合うようになるとは、今でも信じられなかった。「どうしてだろう。きっと、結婚に、一度失敗したからじゃない。自分でもよくわかんない。マスクはいまいちだけど、すっごく優しいの。あ~ゆうタイプ、初めて。しかも、デカだもんな~。どうしたんだろうね。神様が与えた運命かも。二度と離婚しないようにって。何というか、愛されているって感じがする。こういう気持ち初めて」陽子は、聞いていて恥ずかしくなった。「あらま~~。そこまでのろける。ごちそうさまです」二人は、クスクス笑い始めた。

 

 陽子は、カトリックが問題にならないかと不安になっていた。「沢富さんは、カトリックじゃないけど、うまくやっていけそう。あまり、縛り付けると険悪になるからね。大目に見てやることも大切よ。前の旦那のようんな不埒(ふらち)なのは許されないけど」ひろ子は、酔っ払って事故死した前の夫のことを思い出していた。「やっぱ、男ってのは、どうしようもない動物なのかもね。なんど言っても、ダメだった。あいつ、飲み打つ買う、三拍子そろった、どアホだったからな~~。事故でおっちんだのは、神様が下した天罰よ。でも、自分にも悪いところがあったのかも?夫婦仲が悪くなるのは、どちらにも原因があるような気がする。今度こそ、うまくやれるといいんだけど。自信はないけど」

 


 玄関のほうから扉を開くガラガラという音がした。陽子は玄関にかけていった。「おかえりなさい。ひろ子の彼氏が来てるわよ。相手してあげてね」陽子の夫、きよしは、あいよ、と返事すると笑顔でリビングに向かった。きよしの足音に気づいた沢富は、即座に立ち上がり、スーツ姿のきよしが現れると深々と頭を下げて挨拶した。「お邪魔しています。沢富と申します。よろしくお願いします」きよしは笑顔で軽く頭を下げて挨拶した。「道中、大変だったでしょう。空港から1時間半はかかりますからね。今夜は、男3人で飲み明かしましょう。飲める口でしょ」沢富は、それほど強くなかったが、気に入ってもらうためにとことん付き合うことにした。「まあ、そこそこです」きよしは、着替えをするために自分の部屋に向かった。陽子が父親に声をかけた。「お父さんは、ほどほどにね」父親は、黙って小さくうなずいた。

 

 キッチンにやってきたきよしは、陽子に話しかけた。「俺たちは、向こうで飲むから、気にするな」即座に、きよしの背中に向かって、陽子は尋ねた。「食事は?」きよしは、返事もせずにリビングに向かった。「沢富さん、焼酎、飲めますか?」沢富は、日本酒より焼酎のほうが好きだった。「はい、いつも飲むのは焼酎です」きよしは、それはよかった、と言って焼酎のビンをサイドボードから取り出した。「これは、対馬の地酒です。麦と米の焼酎です。お湯で割りますか?」即座に返事した。「はい、お湯でロクヨンぐらいで」きよしは、即座にお湯割りを作った。「あては、刺身と鯛しゃぶ、です。今夜は、死ぬまで飲みましょう。お父さんも、今日はいいでしょう」父親も笑顔でうなずいた。「ほどほどに付き合うとするか。まだ、死にたくはないからな」沢富が、ハハハ~と笑い声をあげた。

 

 きよしがキッチンに振り向き「おい」と声をかけると陽子が造りの大きな皿を運んできた。続いてひろ子が卓上コンロを運んできた。沢富が二人に声をかけた。「ご一緒にどうですか?」即座に、きよしが返事した。「酒は、男だけで飲むものです」二人は、黙って酒席の準備を続けた。三人がグラスを手にするときよしが乾杯の音頭を取った。「新しい同志に乾杯です。口森家と対馬藩のますますの繁栄を願って、カンパ~~イ」きよしは大きな声を張り上げたが、沢富には、意味不明で小さな声でカンパ~イと後に続けた。きよしは、早速、沢富に声をかけた。「沢富さんは、東京生まれとお聞きしてますが、九州もいいとこでしょう。対馬は、何もない孤島ですが、自然の恵みがいっぱいです。対馬藩士として、誇りに思っています。でも、最近は・・」

 


 不安げな表情のきよしは、何か言いたげであった。沢富は、質問した。「対馬にも何か、問題があるんですか?」きよしは、顔をしかめ話し始めた。「いや、何というか。韓国のことなんですが。韓国から観光客が来てくれることは歓迎してるんですが、対馬が買収されてるんですよ。対馬に未練がない島民は、韓国人に土地を売って他県に引っ越してるんです。このままだと、人口は減る一方です。このまま買収されれば、対馬は韓国の領土になるでしょう。政府は、こんな孤島なんてどうでもいいのでしょう。いったい、これからどうなることか。比田勝(ひたかつ)も厳原(いづはら)もコリアタウンです。きっと、韓国人は、対馬をコリアアイランドと呼んでますよ」沢富も対馬が買収されていることは知っていた。北海道と沖縄は、中国が買収してると聞いている。政府は、何の対策も立てようとしない。

 

 確かに領土買収は、深刻な問題だと思えた。しかし、政府は中国や韓国の土地買収を傍観している。「確かに、おっしゃる通りだと思います。日本は、中国と韓国に買収されています。さらに、これから、外国人労働者が大量に入ってきます。もはや、日本人のほうが肩身が狭くなってしまいますね」きよしは、グイっとグラスを空けると語気を強めて話し始めた。「政府なんて、何の役にも立たん。われら、対馬藩士が戦う以外ない。そうでしょ。沢富さん」突然、対馬藩士といわれて返事に詰まった。沢富もグイっとグラスを空けて返事した。「とにかく、土地買収は緊急問題ですよ。国会議員に訴えていきましょう」黙って聞いていた父親が、静かな声で話し始めた。「時代だ。しょうがない。何の価値もない土地を韓国人は、買ってくれた。感謝している」

 

 父親は、比田勝に持っていた土地を韓国の不動産業者に売却していた。そのお金で佐須奈に新築したのだった。また、水産会社設立資金にも充てていた。きよしは、そのことを知っていたが、韓国の侵略が許せなかった。「お父さん、でも、ひどすぎますよ。土地は買い占める、韓国人の観光客は、韓国人経営のホテルや民宿に泊まる、買い物といえば免税店だけ、島民は何のメリットもない。唯一得をしている人といえば、畑にもならない土地が、高値で売れた人たちだけです。彼らは、島を捨てて、他県に引っ越してしまう。これから、対馬はどうなるんですか。若者は、減る一方です。漁業も衰退しています。仲間で水産会社を立ち上げたけど、これからどうなることか。まったく、先が読めないんです」

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅰ
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