対馬の闇Ⅰ

 玄関のほうから扉を開くガラガラという音がした。陽子は玄関にかけていった。「おかえりなさい。ひろ子の彼氏が来てるわよ。相手してあげてね」陽子の夫、きよしは、あいよ、と返事すると笑顔でリビングに向かった。きよしの足音に気づいた沢富は、即座に立ち上がり、スーツ姿のきよしが現れると深々と頭を下げて挨拶した。「お邪魔しています。沢富と申します。よろしくお願いします」きよしは笑顔で軽く頭を下げて挨拶した。「道中、大変だったでしょう。空港から1時間半はかかりますからね。今夜は、男3人で飲み明かしましょう。飲める口でしょ」沢富は、それほど強くなかったが、気に入ってもらうためにとことん付き合うことにした。「まあ、そこそこです」きよしは、着替えをするために自分の部屋に向かった。陽子が父親に声をかけた。「お父さんは、ほどほどにね」父親は、黙って小さくうなずいた。

 

 キッチンにやってきたきよしは、陽子に話しかけた。「俺たちは、向こうで飲むから、気にするな」即座に、きよしの背中に向かって、陽子は尋ねた。「食事は?」きよしは、返事もせずにリビングに向かった。「沢富さん、焼酎、飲めますか?」沢富は、日本酒より焼酎のほうが好きだった。「はい、いつも飲むのは焼酎です」きよしは、それはよかった、と言って焼酎のビンをサイドボードから取り出した。「これは、対馬の地酒です。麦と米の焼酎です。お湯で割りますか?」即座に返事した。「はい、お湯でロクヨンぐらいで」きよしは、即座にお湯割りを作った。「あては、刺身と鯛しゃぶ、です。今夜は、死ぬまで飲みましょう。お父さんも、今日はいいでしょう」父親も笑顔でうなずいた。「ほどほどに付き合うとするか。まだ、死にたくはないからな」沢富が、ハハハ~と笑い声をあげた。

 

 きよしがキッチンに振り向き「おい」と声をかけると陽子が造りの大きな皿を運んできた。続いてひろ子が卓上コンロを運んできた。沢富が二人に声をかけた。「ご一緒にどうですか?」即座に、きよしが返事した。「酒は、男だけで飲むものです」二人は、黙って酒席の準備を続けた。三人がグラスを手にするときよしが乾杯の音頭を取った。「新しい同志に乾杯です。口森家と対馬藩のますますの繁栄を願って、カンパ~~イ」きよしは大きな声を張り上げたが、沢富には、意味不明で小さな声でカンパ~イと後に続けた。きよしは、早速、沢富に声をかけた。「沢富さんは、東京生まれとお聞きしてますが、九州もいいとこでしょう。対馬は、何もない孤島ですが、自然の恵みがいっぱいです。対馬藩士として、誇りに思っています。でも、最近は・・」

 


 不安げな表情のきよしは、何か言いたげであった。沢富は、質問した。「対馬にも何か、問題があるんですか?」きよしは、顔をしかめ話し始めた。「いや、何というか。韓国のことなんですが。韓国から観光客が来てくれることは歓迎してるんですが、対馬が買収されてるんですよ。対馬に未練がない島民は、韓国人に土地を売って他県に引っ越してるんです。このままだと、人口は減る一方です。このまま買収されれば、対馬は韓国の領土になるでしょう。政府は、こんな孤島なんてどうでもいいのでしょう。いったい、これからどうなることか。比田勝(ひたかつ)も厳原(いづはら)もコリアタウンです。きっと、韓国人は、対馬をコリアアイランドと呼んでますよ」沢富も対馬が買収されていることは知っていた。北海道と沖縄は、中国が買収してると聞いている。政府は、何の対策も立てようとしない。

 

 確かに領土買収は、深刻な問題だと思えた。しかし、政府は中国や韓国の土地買収を傍観している。「確かに、おっしゃる通りだと思います。日本は、中国と韓国に買収されています。さらに、これから、外国人労働者が大量に入ってきます。もはや、日本人のほうが肩身が狭くなってしまいますね」きよしは、グイっとグラスを空けると語気を強めて話し始めた。「政府なんて、何の役にも立たん。われら、対馬藩士が戦う以外ない。そうでしょ。沢富さん」突然、対馬藩士といわれて返事に詰まった。沢富もグイっとグラスを空けて返事した。「とにかく、土地買収は緊急問題ですよ。国会議員に訴えていきましょう」黙って聞いていた父親が、静かな声で話し始めた。「時代だ。しょうがない。何の価値もない土地を韓国人は、買ってくれた。感謝している」

 

 父親は、比田勝に持っていた土地を韓国の不動産業者に売却していた。そのお金で佐須奈に新築したのだった。また、水産会社設立資金にも充てていた。きよしは、そのことを知っていたが、韓国の侵略が許せなかった。「お父さん、でも、ひどすぎますよ。土地は買い占める、韓国人の観光客は、韓国人経営のホテルや民宿に泊まる、買い物といえば免税店だけ、島民は何のメリットもない。唯一得をしている人といえば、畑にもならない土地が、高値で売れた人たちだけです。彼らは、島を捨てて、他県に引っ越してしまう。これから、対馬はどうなるんですか。若者は、減る一方です。漁業も衰退しています。仲間で水産会社を立ち上げたけど、これからどうなることか。まったく、先が読めないんです」

 


 ひろ子からきよしについてはすでに聞かされていた。きよしは、対馬藩士といっていたが、実のところ、福岡県出身だった。Q大経済学部4回生だったきよしは、過疎地の経済に関心があり、対馬観光を兼ねて島民にインタビューして回った。観光最終日、対馬野生生物保護センターに立ち寄った。神のお導きか、ツシマヤマネコを撮影していた彼の右横に立っていた対馬クイーンの女子高生とビビビッと目があった。その女子高生が、陽子だった。きよしは、美人の陽子に一目ぼれしてしまい、それ以後、メールのやり取りをするようになった。そして、大学卒業後、福岡県庁職員として4年間働いたが、両親の反対を押し切って、陽子と結婚するために、県庁を退職し、対馬にやってきた。そして、口森家の養子となり漁業の跡を継いだ。漁業から離れていく若者をどうにかして引き止めたいと3年前に水産会社を立ち上げた。

 

 沢富は、マジな顔つきできよしを励ました。「きよしさん、頑張ってください。僕にできることがあれば、何でも言ってください。きよしさんを、全力で支援します」きよしは、ニコッと笑顔を作りお湯割りを二つ作った。「さあ、同志。義兄弟の契りを交わしましょう。なんだか、勇気がわいてきた。必ず、会社を成功させて見せます。若者が活躍できる島にして見せます。負けてたまるか。ねえ、お父さん」父親は、元気のない声で話し始めた。「時流に乗って精いっぱいやるしかないだろう。きよしだったら、みんなを引っ張っていける。弁は立つし、頭もいい、対馬のためにがばってくれ。俺も、できる限りの援助はする」父親は、目元がうるんでいた。「さすが、陽子が選んだ亭主だけあるばい」父親は、左手で涙をぬぐった。沢富は思った。対馬といえば、林業、漁業の島。今では、観光業は、韓国人に牛耳られている。でも、若者があきらめてしまえば、対馬は韓国に乗っ取られてしまう。とにかく、日本人が対馬を復興する以外にない。

 

 眠たそうにしている父親を気遣い、きよしは父親に声をかけた。「もう、寝ましょうか?沢富さんは、僕の部屋で寝てください。沢富さんと話していると勇気が湧いてきます。これからも、相談に乗ってください」沢富は、頭を掻きながら恐縮した表情で返事した。「いや、僕なんて、世間知らずの刑事です。こちらこそ、いろいろ、教えてください」父親が立ち上がるそぶりをするときよしは、すっと立ち上がり父親の右横に立った。父親の右側を支えながら父親を部屋に連れていくと、駆け足で戻ってきた。「おなかは、すいていませんか?」沢富は、刺身と鯛しゃぶで満腹だった。「いえ、おなかいっぱいです」きよしは、お風呂を勧めた。「それじゃ、お風呂、どうぞ」沢富は、バスルームに案内された。

 

 

 


 沢富が翌朝7時に目が覚めると、きよしはすでに起きてランニングに出かけていた。きよしは、草野球をやっていて今日も午後1時から試合に出る予定だった。身支度してキッチンに行ってみると食事の準備がなされていた。ひろ子が明るい声で挨拶した。「おはよ~~。眠れた?ちょっと飲みすぎじゃない?お兄さんに合わせなくてもいいのよ。飲んべ~~なんだから。さあ、食べて。10時には出発しましょう。教会でお祈りしたいから」協会と聞いてひろ子がカトリックであることを実感した。「それでは、いただきます」食事を終えても、父親の姿が見えなかった。「お父さんは?」即座に、ひろ子が返事した。「もうそろそろ来るんじゃない。いつも、9時ぐらいだから」

 

 沢富は父親に挨拶するためにリビングで待つことにした。「父親が9時少し前にやってきた。即座に立ち上がった沢富は、大きな声で挨拶した。「おはようございます。昨夜は、ご馳走になりました」父親は、笑顔で返事した。「大したお構いもできませんで。これからは、いつでも、気楽に、来てください。沢富さんのような方に出会えたひろ子は幸せもんです。田舎者で、世間知らずのわがままの娘ですが、よろしくお願いします」沢富は、父親に気に入られ、結婚に一歩前進したようでウキウキした。「対馬にも教会があるんですね。お祈りして帰ります」父親は顔をしかめ申し訳なさそうに話し始めた。「カトリックは教会を重んじるんです。でも、沢富さんは、気にしなくていいです。なにも、教会で式をあげなければならないという決まりはないんです。沢富さんが、好きなようにやってください」

 

 父親は、口森家がカトリックであることを気にしているようであった。沢富家がカトリックをどう思うか心配だったが、あまり気にしないことにした。「はい、沢富家は、臨済宗ですが、無宗教のようなものです。どうにかうまくやっていきます。心配なさらないでください」父親は、少しほっとした表情を見せた。ひろ子が突然口をはさんだ。「私たちは、10時には出発するから。お父さんは、のんびりとしてればいいの。神経使うと体に悪いんだから。それと、仲人は沢富さんの上司の伊達夫妻にお願いすることにしている。今度は、仲人さんと一緒に来るから」父親は、黙って聞いていたが、安心したような表情で返事した。「こんな体で申し訳ない。沢富さん、よろしくお願いします」父親は、深々と頭を下げた。

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅰ
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