赤い糸

 美緒は大人びているようだが、ちょっと男性の心理を知らなすぎるように思えた。能天気な美緒にそのことを話すことにした。「俺に聞かれても、わからないけど、男性というものは、結婚する気もない女性を妊娠させることはないと思う。はっきり言って、男性はセックスフレンドは歓迎するけど、妊娠させるセックスはしないものだよ。まあ、男性とはこんなものだ。できれば、あきらめたほうがいいと思うよ。そっけない言い方だけど」美緒の表情は全く変わらなかった。ミルクティーをチュチュとすすりと窓のから見える青空をぼんやりと見つめていた。ヒョイと振り向いた美緒は、ニコッと笑顔を作った。「そうなのよ。でも、男って、誘惑に弱いのよね。いい誘惑の方法はないかしら?鳥羽君も誘惑に弱いでしょ。いい方法はない?」

 

 美緒が変なのか、女子とはこんなものなのか、さっぱりわからなくなったが、美緒をここまで虜にする男性がうらやましくなってきた。いったい、どんな魅力を持っているのか聞いてみたくなった。「俺に誘惑の方法を聞くのは、お門違いだ。そうゆう方法は、女遊びをやってるイケメンにでも聞いたほうがいい。俺は、誘惑されたことが一度もないし。ところで、その彼氏って、セックスフレンドなのか?その男に興味あるな~」目を大きく見開いた美緒は、話が盛り上がりウキウキし始めた。「え、鳥羽君、彼に興味あるの?やっぱ、鳥羽君も男ね。彼って、渋い中年なの。職業は言えないけど、ああいう年上じゃないと感じないのよ。困ったものよね、美緒って」

 

 彼女がいない鳥羽にとっては、なんと返事していいかわからなくなった。蓼食う虫も好き好きだから、男女の恋愛にとやかく言えないと思えたが、中年の渋い男を好きにならなくても、かわいくて巨乳の美緒を好きになる若い男子はたくさんいると思えた。「彼女がいない俺が言うのもなんだけど、いくら渋くてイケメンだったとしても、中年のセックスフレンドはやめたほうがいいんじゃないか?美緒だったら、同年代の男子が飛びついてくると思うよ。年相応な相手だったら、何年か付き合って、ゴールインってことになるんじゃないか」美緒は、大きくため息をつき、腕を組んで巨乳を持ち上げた。「若い男子か。なんというか、感じないのよ。40歳前後が一番感じるのよね~~。ア~~ア」

 

 

 


 美緒の恋愛話を聞かされているといつも頭痛が起き始めるのだった。まだ、数学の超難問を苦しみながら解いているほうがまだましだった。中年の彼氏だの、感じないだの、全く鳥羽には無縁の言葉だった。美緒の言葉を処理しようとすると頭がショートしそうになった。「恋愛の話は苦手なんだ。今言えることは、これからもその中年と付き合いたいんだったら、子供の話はしないことだ。その彼氏の目的は、美緒のカラダなんだから。そのくらいはわかるだろ」悲壮感を顔に表した美緒は、つぶやいた。「彼って、近々、結婚するじゃない。結婚したら、もう、会えないっていうの。美緒は会いたいけど、不倫の関係にはなりたくないし、彼を困らせたくないし、だから、子供だけはと思うの。どうすればいい、鳥羽ク~~ン」

 

 鳥羽の頭は錯乱し始めていた。これ以上相談されても、答えようがなかった。冷たいようだが、別れることを勧めることにした。「あくまでも俺の意見だ。悪く思わないでくれ。俺は、きっぱりと、別れたほうが、美緒の将来のためにいいと思う。新しい彼氏を作れば、過去を忘れることができるかも。どうだろう」アドバイスを聞く前から、美緒は常識的なアドバイスに従うつもりはなかった。ただ、他人の意見を聞いて自分を慰めたいにすぎなかった。「新しい彼氏か?美緒を虜にする彼氏って、身近にいるの?いないような?」鳥羽は即座に返答した。「ほら、天神(てんじん)、歩いていたら、よくナンパされるって、言ってたじゃないか。すぐに、彼氏、できるって。美緒は、かわいいんだから。ちょっと、中年にこだわりすぎてるんだよ。同年代の男子と付き合ってみなよ。意外とうまくいくかも?」

 

 ハ~~とため息をついた美緒は、巨乳をテーブルに乗せるようにして左手で頬杖をついた。ヒョイと顔を持ちあげた美緒は、鳥羽を見つめた。「そう、鳥羽君って、ゆう子先輩以外に好きになった女子っていないの?鳥羽君こそ、ゆう子先輩につきまとっているんじゃない。迷惑がっていると思うよ」鳥羽は、ゆう子先輩が迷惑がっていると聞かされ青ざめてしまった。美緒の難解な恋愛の相談に乗ってあげたことに対して、感謝の言葉を期待していた。にもかかわらず、真逆の地獄に突き落とすような言葉を浴びせるとは、極悪非道のこん畜生と思った。目を吊り上げた鳥羽は、反論した。「まさか?迷惑がってるなんて。僕は、ストーカーじゃない。デートに誘ったこともないし、メールを送ったこともない。盗撮したこともない。僕は、潔白だ。僕は、ゆう子先輩の一ファンにすぎない。美緒の誤解だ」

 


 今にもかみつきそうな鳥羽に、びっくりして巨乳をブルンブルンと振るわせた。鳥羽が美緒の恋愛感情を不思議がるように美緒も鳥羽のゆう子に対する気持ちが不思議でならなかった。「そう、怒らないでよ。でも、いつも、ゆう子先輩のことを聞くじゃない。ようは、ゆう子先輩のことを好きなんでしょ。一度、コクってみたら。意外な展開が待ってるかも。鳥羽君こそ、勇気を出しなさいよ」ゆう子先輩のことについて美緒に聞きすぎたと後悔した。やはり、ゆう子先輩のことは安田先輩だけに話すべきだったとつくづく思った。ゆう子先輩について話し始めれば、美緒にやり込められるのは目に見えていた。とにかく、話を切り上げて逃げる準備に取り掛かった。「いや、ゆう子先輩のことは、いいんだ。ファンとして、応援することにしてるんだから。美緒の話は、もう終わりか?」

 

 逃げ腰になった鳥羽を見て、身を乗り出して即座に返事した。「まだよ。逃げなくてもいいじゃない。まだ、話したいことがあるんだから。聞いてよ、お願い。鳥羽ク~~ン」鳥羽は、また、いつものお願いかと嫌気がさしたが、しぶしぶ浮かした腰を元に戻した。「頼むから、手短に頼むよ。なんども言うように、俺には恋愛の話はムリ。そうだ、安田先輩に、相談してみては?安田先輩は、恋愛哲学については、相当なものだ。俺も、時々、ご指南いただいてるんだ。まあ、そういうことで」鳥羽は、立ち上がろうとしたが、美緒は間髪入れず返事した。「ちょっと、まだってば~~。逃げなくてもいいじゃない。もう少し、聞いてよ。お願い、鳥羽ク~~ン」

 

 もはやスッポンの化け物に思えてきた。観念した鳥羽は、もう少し付き合ってやることにした。「何だよ。さっき言ったじゃないか。別れたほうがいいって。これが、俺の結論だ。もういいだろ、この辺で」美緒は、意味の分からない笑顔を作って返事した。「そうね、新しい彼氏でしょ。頑張ってみようかな~~。鳥羽君って、いま彼女いないの?ゆう子先輩以外に。もしかして、医大生に、好きな人がいたりして」全く訳の分からないことを言うものだとあきれたが、きっぱりと返事した。「いないよ。さっきから言ってるじゃないか。彼女はいないって。俺は、ゆう子先輩のファンでいいんだ。彼女は、いらないんだ」目を丸くした美緒は、追い打ちをかけた。「え、彼女は、いらないの。一生、デートもしなければ、恋愛も、結婚もしないってこと。信じらんな~~い。マジ~~」

 

 


 

 やはり、一気に逃げ出せばよかったと後悔した。美緒は、いったん、追求し始めるととことん追い詰めるたちだった。これ以上話を続けていれば、変態扱いされそうに思えた。「そう、追い詰めなくてもいいじゃないか。今のところだよ。運が良ければ、将来、彼女ができるかもしんないけど。そんなところだ。もう行くけど」美緒は即座に立ち上がり、鳥羽の右肩を抑え込んだ。「何よ。別に逃げることはないでしょ。もうちょっと、付き合ってよ。そう、今は、いないけど、彼女が欲しいってことね。誰か、いい人いないかな~~。ところで、どんなタイプがいいの。顔は?スタイルは?」厄介なことになったと心でつぶやいたが、だんだんやけくそになってきた。「別に、顔とかスタイルとかは気にしない。気が合えば、それでいいよ。今まで、モテたためしがないから、彼女は、夢でいいよ」

 

 美緒は腕組み押して巨乳をグイッと持ち上げた。何か考えているような表情でじっと鳥羽を見つめた。「そうだ、同じクラスの子を紹介してあげようか。顔は、いまいちだけど、明るくて、面白い子がいるのよ。どう、一度会ってみない?千里の道も一歩から、っていうじゃない」何か馬鹿にされているようで、目を吊り上げて返事した。「今は、彼女を作る気にはなれないんだ。今、勉強も大変だし、教授のアシスタントもやっている。まあ、気が向いたら、その時は、頼む。とにかく、中年のセックスフレンドは、よくない。そういうこと、そいじゃ」顔をそむけた鳥羽に即座に返事した。「中年のセックスフレンドじゃなければ、いいってこと。そいじゃ、鳥羽君ならいいの?」

 

 さすがに今の言葉には、腰を抜かした。まさか、ここまで言うとなれば、淫乱メギツネに思えてきた。「何を言ってるんだ。俺が言ってるのは、セックスフレンドじゃなくて、同年代の男子と普通の恋愛をしたほうがいいって、言ってるんだ。まったく、俺を持ち出すなよ。意味わかんねぇ~」ニコッと笑顔を作った美緒は、ジロッと鳥羽を見つめた。「わかったわよ。そう、怒らないでよ。鳥羽君しか、友達いないんだから。そうね、もう少し、自分ひとりで、いい作戦を考えてみる。鳥羽君って、怒りんぼなんだから」鳥羽が、美緒の言葉を無視して立ち上がろうとすると間髪入れず美緒は問いかけてきた。「ゆう子先輩のこと、聞きたいんでしょ。聞きたいことがあったら、なんでも、聞いていいよ。ホクロがどこにあるか、聞きたくない?いろんなところにあるのよ」鳥羽は、ゆう子先輩と聞いて気持ちが揺らいだ。またもや、美緒のアリジゴクに落ちていくのかと思うとつくづく自分が情けなくなってしまった。

 


春日信彦
作家:春日信彦
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