赤い糸

                             

                                恋人未満 

 

 美緒はF大学に進学できなかったが、安部医科大学医学部看護学科に入学できた。シングルマザーになりたかった美緒にとっては幸運だったと今では喜んでいた。看護学科を受験するきっかけになったのは、志摩総合病院への父親の入院だった。美緒が高校3年生の時、脳梗塞(のうこうそく)で倒れた父親は、植物人間として命を維持していたが、なぜか、突然の心不全ということで急死した。主治医は、死因について何か気まずそうに言い訳をしたが、美緒には主治医が言っていることが何が何だかさっぱりわからなかった。その時、申し訳なさそうな顔で、将来看護師になって当病院で働いてみないかと美緒に勧めた。そのこともあり、美緒は、合格できるとは思っていなかったが、チャレンジする気持ちで看護学科を受験した。美緒の自己採点では生物学がほとんどできてなかったため、不合格と思っていたが、なぜか、合格通知を手にした。

 

 美緒は志摩総合病院の北側にある女性専用マンションに住んでいたが、そこから200メートルほど西側にある安部医科大学の男子寮には糸島高校の同級生だった鳥羽が住んでいた。男子の話し相手がいない美緒は、鳥羽を呼びつけては相談相手にしていた。106日(土)午後3時すぎ、医科大2Fのティールームで二人は落ち合った。いつもの窓際のテーブルに鳥羽が着くと美緒はスキップしながら自販機に向かった。ミルクティーのボタンを押してガチャンガチャンとホットミルクティーを二つ落として取り出すと両手にもって巨乳を揺らしながらテーブルに戻ってきた。美緒は、「はい」といってミルクティーを差し出し、鳥羽の正面に腰掛けニコッと笑顔を作った。いつものシングルマザーの相談だと思い、内心、いやな気分になったが、サンキューといって350ミリリットルのペットボトルを手に取った。

 

 美緒は目を凝らして鳥羽の口元を見つめていた。鳥羽は眼球をギョロギョロっと動かし美緒の異様な笑顔を見つめた。鳥羽はあまりにも大人びている美緒が苦手だった。素直な気持ちをダイレクトに言ってのける性格には感心していたが、女子にしてはあまりにも歯に衣を着せぬ物言いに若干キモかった。最近では、彼女でもないのにあたかも彼女のごとくなれなれしく話しかけて来る。一般の女子と比較するとあまりにも恥じらいがなく、多少不作法。でも、キュートな笑顔を見せられるとなぜか、憎めない。テーブルに二人で腰掛けているとデートかと同僚に冷やかされ、誤解を解くのにいつも冷や汗をかいていた。でも、美緒は、一向に他人の目を気にしない。

 


 美緒は舌先でペットボトルの飲み口をペロペロ舐めていた。ちらっと鳥羽に目をやると話し始めた。「鳥羽ク~~ン。どう思う、シングルマザー。悪いことかな~~。でも、結婚できる相手じゃないし。鳥羽君。どう思う?」ほんの少し顔を引きつらせた鳥羽は、またか、と思いつつ返事した。「僕にそんなことを聞かれても、わかんないといってるじゃないか。俺は、結婚もしてないし、いまだ、彼女もできないブサイクな男なんだから。そんな、難しいことは、ゆう子先輩に相談すればいいじゃないか。とにかく、俺に相談してもムダ。なんど言えばわかるんだ。たいがいにしてくれよ。頼むから」鳥羽の顔は困り果てたしかめっ面になっていた。

 

 全く意に介していない美緒は、平然と話を続けた。「もちよ、ゆう子先輩には、相談するわよ。でも、男子の意見も聞きたいの。なんでもいいから、思っていることを話してよ。男子の友達は、鳥羽君しかいないんだから。それとも、美緒とは話をしたくないっていうの?それって、ちょっと冷たくない」また、同じセリフがまた始まったと心の中で嫌味を言ったが、美緒のかわいい笑顔を見せられると何も言えなくなった。「いやというんじゃなくて、俺の意見なんて、参考にならないって言ってるんだ。シングルマザーってのは、結婚もせず、子供を育てるんだろ。そんなこと俺には、考えられないよ」鳥羽は、両手の指先で頭をガシガシとかきむしった。

 

 美緒はミルクティーをチュチュとすすり、舌先で飲み口をペロペロ舐めた。美緒は、けだるそうなため息をついて話し始めた。「母親一人で子育てするのって、大変よね。でも、どうしても結婚できなければ、一人で育てなければならないわけでしょ。子供にとって、悪いことかな~~」鳥羽は、さっさと逃げ出したかったが、美緒を怒らせるわけにはいかなかった。というのも、ゆう子の私生活を時々話してくれるからだった。ゆう子の家に下宿していた美緒は、ゆう子のショーツの色やブラのサイズまで知っていた。お風呂も一緒に入ったことがあると聞かされていた鳥羽は、もっと、ゆう子の私生活を聞きたいと思い美緒には頭が上がらなかった。

 

 


 とにかく美緒を怒らせないように適当なことを話し始めた。「俺は、男手一つで育てられたから、やっぱ、両親がいたほうがいいと思う。母親がいなくてさみしかったし、母親がいる友達がうらやましかった。いつも言うけど、結婚できないような相手と付き合うのは、やめたほうがいいんじゃないか?それって、不倫なんだろ。俺は、そんなことはやめて、結婚できる相手と付き合って、結婚すればいいと思う。美緒はかわいいし、きっとイケメンと結婚できると思うよ。不倫は、よくないよ」美緒は、なんども不倫はよくないと鳥羽からアドバイスを受けていた。でも、相手はまだ結婚をしていなかった。だから、不倫じゃないように思えていた。

 

 美緒は、相手の今の立場を話してみることにした。「不倫か~~。不倫はよくないよね。なんというか、相手というのは、彼女はいるみたいなんだけど、まだ結婚してないの。もうしばらくしたら、結婚するみたいなんだけど。だから、結婚はしなくてもいいから、子供を産みたいって、お願いしたの。でも、それはよくない、って断られた。でも、どうしても彼の子供を産みたいのよ。どうすればいい?鳥羽ク~~ン」不倫ではないが、結婚はしなくていいから子供を産みたいと一方的に言って、近々結婚する相手を困らせていると聞き取れた。それでは、ますます、美緒の考えがわからくなった。美緒は、少し、いや、かなり、頭がおかしいのではないかと思えてきた。いったい、結婚できないような相手とはどんな男だろうと興味がわいてきた。

 

 鳥羽は、しばらく美緒のHカップの巨乳を見つめていた。理解できない美緒の話に何と答えていいか戸惑い質問した。「いっている意味がよくわかんないんだけど、相手の男性には、彼女がいて、同時に、美緒と付き合っているんだな。それって、二股だよな。当然、美緒との結婚は望まない。それなのに、その男性の子供を産みたいって、美緒が一方的に言っているのか?」美緒は、ちょっと違うところもあったが、鳥羽が理解してくれたと思い笑顔で大きくうなずき返事した。「そうなの。さすが鳥羽君。わかってるじゃない。問題は、どうすれば、彼がウンと言ってくれるかなの。どうすればいい?」やはり美緒の頭はおかしいと思った。どんなにセックスが好きな男でも結婚する気がない女性に子供を産ませない。それどころか、万が一妊娠したら、中絶を迫るものだ。美緒は、こんなこともわからないのかとあきれてしまった。


 美緒は大人びているようだが、ちょっと男性の心理を知らなすぎるように思えた。能天気な美緒にそのことを話すことにした。「俺に聞かれても、わからないけど、男性というものは、結婚する気もない女性を妊娠させることはないと思う。はっきり言って、男性はセックスフレンドは歓迎するけど、妊娠させるセックスはしないものだよ。まあ、男性とはこんなものだ。できれば、あきらめたほうがいいと思うよ。そっけない言い方だけど」美緒の表情は全く変わらなかった。ミルクティーをチュチュとすすりと窓のから見える青空をぼんやりと見つめていた。ヒョイと振り向いた美緒は、ニコッと笑顔を作った。「そうなのよ。でも、男って、誘惑に弱いのよね。いい誘惑の方法はないかしら?鳥羽君も誘惑に弱いでしょ。いい方法はない?」

 

 美緒が変なのか、女子とはこんなものなのか、さっぱりわからなくなったが、美緒をここまで虜にする男性がうらやましくなってきた。いったい、どんな魅力を持っているのか聞いてみたくなった。「俺に誘惑の方法を聞くのは、お門違いだ。そうゆう方法は、女遊びをやってるイケメンにでも聞いたほうがいい。俺は、誘惑されたことが一度もないし。ところで、その彼氏って、セックスフレンドなのか?その男に興味あるな~」目を大きく見開いた美緒は、話が盛り上がりウキウキし始めた。「え、鳥羽君、彼に興味あるの?やっぱ、鳥羽君も男ね。彼って、渋い中年なの。職業は言えないけど、ああいう年上じゃないと感じないのよ。困ったものよね、美緒って」

 

 彼女がいない鳥羽にとっては、なんと返事していいかわからなくなった。蓼食う虫も好き好きだから、男女の恋愛にとやかく言えないと思えたが、中年の渋い男を好きにならなくても、かわいくて巨乳の美緒を好きになる若い男子はたくさんいると思えた。「彼女がいない俺が言うのもなんだけど、いくら渋くてイケメンだったとしても、中年のセックスフレンドはやめたほうがいいんじゃないか?美緒だったら、同年代の男子が飛びついてくると思うよ。年相応な相手だったら、何年か付き合って、ゴールインってことになるんじゃないか」美緒は、大きくため息をつき、腕を組んで巨乳を持ち上げた。「若い男子か。なんというか、感じないのよ。40歳前後が一番感じるのよね~~。ア~~ア」

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
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