赤い糸

 美緒は舌先でペットボトルの飲み口をペロペロ舐めていた。ちらっと鳥羽に目をやると話し始めた。「鳥羽ク~~ン。どう思う、シングルマザー。悪いことかな~~。でも、結婚できる相手じゃないし。鳥羽君。どう思う?」ほんの少し顔を引きつらせた鳥羽は、またか、と思いつつ返事した。「僕にそんなことを聞かれても、わかんないといってるじゃないか。俺は、結婚もしてないし、いまだ、彼女もできないブサイクな男なんだから。そんな、難しいことは、ゆう子先輩に相談すればいいじゃないか。とにかく、俺に相談してもムダ。なんど言えばわかるんだ。たいがいにしてくれよ。頼むから」鳥羽の顔は困り果てたしかめっ面になっていた。

 

 全く意に介していない美緒は、平然と話を続けた。「もちよ、ゆう子先輩には、相談するわよ。でも、男子の意見も聞きたいの。なんでもいいから、思っていることを話してよ。男子の友達は、鳥羽君しかいないんだから。それとも、美緒とは話をしたくないっていうの?それって、ちょっと冷たくない」また、同じセリフがまた始まったと心の中で嫌味を言ったが、美緒のかわいい笑顔を見せられると何も言えなくなった。「いやというんじゃなくて、俺の意見なんて、参考にならないって言ってるんだ。シングルマザーってのは、結婚もせず、子供を育てるんだろ。そんなこと俺には、考えられないよ」鳥羽は、両手の指先で頭をガシガシとかきむしった。

 

 美緒はミルクティーをチュチュとすすり、舌先で飲み口をペロペロ舐めた。美緒は、けだるそうなため息をついて話し始めた。「母親一人で子育てするのって、大変よね。でも、どうしても結婚できなければ、一人で育てなければならないわけでしょ。子供にとって、悪いことかな~~」鳥羽は、さっさと逃げ出したかったが、美緒を怒らせるわけにはいかなかった。というのも、ゆう子の私生活を時々話してくれるからだった。ゆう子の家に下宿していた美緒は、ゆう子のショーツの色やブラのサイズまで知っていた。お風呂も一緒に入ったことがあると聞かされていた鳥羽は、もっと、ゆう子の私生活を聞きたいと思い美緒には頭が上がらなかった。

 

 


 とにかく美緒を怒らせないように適当なことを話し始めた。「俺は、男手一つで育てられたから、やっぱ、両親がいたほうがいいと思う。母親がいなくてさみしかったし、母親がいる友達がうらやましかった。いつも言うけど、結婚できないような相手と付き合うのは、やめたほうがいいんじゃないか?それって、不倫なんだろ。俺は、そんなことはやめて、結婚できる相手と付き合って、結婚すればいいと思う。美緒はかわいいし、きっとイケメンと結婚できると思うよ。不倫は、よくないよ」美緒は、なんども不倫はよくないと鳥羽からアドバイスを受けていた。でも、相手はまだ結婚をしていなかった。だから、不倫じゃないように思えていた。

 

 美緒は、相手の今の立場を話してみることにした。「不倫か~~。不倫はよくないよね。なんというか、相手というのは、彼女はいるみたいなんだけど、まだ結婚してないの。もうしばらくしたら、結婚するみたいなんだけど。だから、結婚はしなくてもいいから、子供を産みたいって、お願いしたの。でも、それはよくない、って断られた。でも、どうしても彼の子供を産みたいのよ。どうすればいい?鳥羽ク~~ン」不倫ではないが、結婚はしなくていいから子供を産みたいと一方的に言って、近々結婚する相手を困らせていると聞き取れた。それでは、ますます、美緒の考えがわからくなった。美緒は、少し、いや、かなり、頭がおかしいのではないかと思えてきた。いったい、結婚できないような相手とはどんな男だろうと興味がわいてきた。

 

 鳥羽は、しばらく美緒のHカップの巨乳を見つめていた。理解できない美緒の話に何と答えていいか戸惑い質問した。「いっている意味がよくわかんないんだけど、相手の男性には、彼女がいて、同時に、美緒と付き合っているんだな。それって、二股だよな。当然、美緒との結婚は望まない。それなのに、その男性の子供を産みたいって、美緒が一方的に言っているのか?」美緒は、ちょっと違うところもあったが、鳥羽が理解してくれたと思い笑顔で大きくうなずき返事した。「そうなの。さすが鳥羽君。わかってるじゃない。問題は、どうすれば、彼がウンと言ってくれるかなの。どうすればいい?」やはり美緒の頭はおかしいと思った。どんなにセックスが好きな男でも結婚する気がない女性に子供を産ませない。それどころか、万が一妊娠したら、中絶を迫るものだ。美緒は、こんなこともわからないのかとあきれてしまった。


 美緒は大人びているようだが、ちょっと男性の心理を知らなすぎるように思えた。能天気な美緒にそのことを話すことにした。「俺に聞かれても、わからないけど、男性というものは、結婚する気もない女性を妊娠させることはないと思う。はっきり言って、男性はセックスフレンドは歓迎するけど、妊娠させるセックスはしないものだよ。まあ、男性とはこんなものだ。できれば、あきらめたほうがいいと思うよ。そっけない言い方だけど」美緒の表情は全く変わらなかった。ミルクティーをチュチュとすすりと窓のから見える青空をぼんやりと見つめていた。ヒョイと振り向いた美緒は、ニコッと笑顔を作った。「そうなのよ。でも、男って、誘惑に弱いのよね。いい誘惑の方法はないかしら?鳥羽君も誘惑に弱いでしょ。いい方法はない?」

 

 美緒が変なのか、女子とはこんなものなのか、さっぱりわからなくなったが、美緒をここまで虜にする男性がうらやましくなってきた。いったい、どんな魅力を持っているのか聞いてみたくなった。「俺に誘惑の方法を聞くのは、お門違いだ。そうゆう方法は、女遊びをやってるイケメンにでも聞いたほうがいい。俺は、誘惑されたことが一度もないし。ところで、その彼氏って、セックスフレンドなのか?その男に興味あるな~」目を大きく見開いた美緒は、話が盛り上がりウキウキし始めた。「え、鳥羽君、彼に興味あるの?やっぱ、鳥羽君も男ね。彼って、渋い中年なの。職業は言えないけど、ああいう年上じゃないと感じないのよ。困ったものよね、美緒って」

 

 彼女がいない鳥羽にとっては、なんと返事していいかわからなくなった。蓼食う虫も好き好きだから、男女の恋愛にとやかく言えないと思えたが、中年の渋い男を好きにならなくても、かわいくて巨乳の美緒を好きになる若い男子はたくさんいると思えた。「彼女がいない俺が言うのもなんだけど、いくら渋くてイケメンだったとしても、中年のセックスフレンドはやめたほうがいいんじゃないか?美緒だったら、同年代の男子が飛びついてくると思うよ。年相応な相手だったら、何年か付き合って、ゴールインってことになるんじゃないか」美緒は、大きくため息をつき、腕を組んで巨乳を持ち上げた。「若い男子か。なんというか、感じないのよ。40歳前後が一番感じるのよね~~。ア~~ア」

 

 

 


 美緒の恋愛話を聞かされているといつも頭痛が起き始めるのだった。まだ、数学の超難問を苦しみながら解いているほうがまだましだった。中年の彼氏だの、感じないだの、全く鳥羽には無縁の言葉だった。美緒の言葉を処理しようとすると頭がショートしそうになった。「恋愛の話は苦手なんだ。今言えることは、これからもその中年と付き合いたいんだったら、子供の話はしないことだ。その彼氏の目的は、美緒のカラダなんだから。そのくらいはわかるだろ」悲壮感を顔に表した美緒は、つぶやいた。「彼って、近々、結婚するじゃない。結婚したら、もう、会えないっていうの。美緒は会いたいけど、不倫の関係にはなりたくないし、彼を困らせたくないし、だから、子供だけはと思うの。どうすればいい、鳥羽ク~~ン」

 

 鳥羽の頭は錯乱し始めていた。これ以上相談されても、答えようがなかった。冷たいようだが、別れることを勧めることにした。「あくまでも俺の意見だ。悪く思わないでくれ。俺は、きっぱりと、別れたほうが、美緒の将来のためにいいと思う。新しい彼氏を作れば、過去を忘れることができるかも。どうだろう」アドバイスを聞く前から、美緒は常識的なアドバイスに従うつもりはなかった。ただ、他人の意見を聞いて自分を慰めたいにすぎなかった。「新しい彼氏か?美緒を虜にする彼氏って、身近にいるの?いないような?」鳥羽は即座に返答した。「ほら、天神(てんじん)、歩いていたら、よくナンパされるって、言ってたじゃないか。すぐに、彼氏、できるって。美緒は、かわいいんだから。ちょっと、中年にこだわりすぎてるんだよ。同年代の男子と付き合ってみなよ。意外とうまくいくかも?」

 

 ハ~~とため息をついた美緒は、巨乳をテーブルに乗せるようにして左手で頬杖をついた。ヒョイと顔を持ちあげた美緒は、鳥羽を見つめた。「そう、鳥羽君って、ゆう子先輩以外に好きになった女子っていないの?鳥羽君こそ、ゆう子先輩につきまとっているんじゃない。迷惑がっていると思うよ」鳥羽は、ゆう子先輩が迷惑がっていると聞かされ青ざめてしまった。美緒の難解な恋愛の相談に乗ってあげたことに対して、感謝の言葉を期待していた。にもかかわらず、真逆の地獄に突き落とすような言葉を浴びせるとは、極悪非道のこん畜生と思った。目を吊り上げた鳥羽は、反論した。「まさか?迷惑がってるなんて。僕は、ストーカーじゃない。デートに誘ったこともないし、メールを送ったこともない。盗撮したこともない。僕は、潔白だ。僕は、ゆう子先輩の一ファンにすぎない。美緒の誤解だ」

 


春日信彦
作家:春日信彦
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