ピース

 彼女は、一瞬、訪問する家を間違えたのではないかと思った。念のために、確認することにした。「こちらは、ヒフミン様とご結婚なされるピース様のおうちですよね。間違いありませんよね」アンナは、即座にうなずいた。「はい。ヒフミンは亜紀の友達で、ピースは我が家のネコです。でも、婚約パーティーのことは、初耳です」家は間違いなかったことに彼女はほっとした。

 

 胸をなでおろした彼女は、弊社への依頼について説明した。「すでに、桂コーポレーション様より、ヒフミン様とピース様の婚約パーティーの依頼を承っております。特に、ピース様のご意向を十二分に取り入れるようにとのことでした。したがって、費用の請求は、桂コーポレーションにさせていただくことになっています」すでに、契約段階で婚約パーティーの準備資金として、動物の冠婚葬祭会社であるラブラブアニマル社に桂コーポレーションより1000万円が振り込まれていた。

 

 アンナは、しかめっ面になって考え込んだ。いったいなぜ、多額の費用をかけてヒフミンとピースの婚約パーティーをするのか?どのようなメリットがあるのか?会長は、ヒフミンを将来何かに利用しようとしているのではないか。お金儲けしか考えない会長が、慈善行為をするはずがない。何か、あると思ったが、アンナには、どう対処していいかわからなかった。

 

 「桂コーポレーションからの依頼ですか。でも、そのようなご厚意を受けるいわれはありません。また、ピースの体調も芳しくありません。ここ数日、寝込んでいる状態なのです。パーティーだなんて。誠に申し訳ありませんが、婚約パーティーの開催はご遠慮したい、と桂コーポレーション様にお伝え願えませんでしょうか」彼女は、困った顔で黙り込んだ。すでに1000万円が振り込まれている大口契約なので、引き下がってしまうと上司に大目玉を食らうとおびえた。

 なんといって話を繋げようかと思案したが、ピースの安否を気遣うことが先決と考えた。「ピース様は、そんなに容体が悪いんですか。寝込むほどであれば、当然、パーティは無理ですね。何か、いい方法はないものでしょうか?やはり、無理でしょうか。不謹慎ですよね。ご病気だというのに、パーティだなんて。困ったな~~。どう報告すればいいか。あ~~、どうしよう」

 

 困り果てた様子の彼女にアンナは、困惑した。パーティを断ったからといって、何か困ったことでもあるのかと不思議だった。「ヒフミンのことであれば、こちらから、説明します。ピースの具合が悪いといえば、納得するはずです。そんなに、心配なさらないでください。あ、桂コーポレーションへの断りであれば、心配ありません。アンナが、そう言っていたとおっしゃっていただければ、会長もわかってくれるはずです」 

 

 彼女は、苦渋の選択を迫られているような深刻な顔でうつむいていた。彼女は、顔をふいに持ち上げるとつぶやいた。「それでは、お体がよくなられたら、パーティーを開催することにいたしましょう。これだったら、問題ありませんか。桂コーポレーション様のせっかくのご厚意ですから。いかがですか」かなりしつこいセールスレディーとイラッときたが、必死に食い下がる彼女の悲壮な表情を見ているとなんとなく気の毒に感じてきた。

 

 アンナは、しばらく考えていた。婚約パーティーなどは、不必要だが、ピースの快気祝いであれば、ヒフミンもピースも喜ぶ。この奇妙な会長の慈善行為に、すこし、裏があるような気もするが、楽しいことであれば、あまり深刻に考えなくてもいいのでは。ピースが元気になることを祈願して、パーティーを準備するのもいい。このままだと、ピースの容体が、ますます悪くなるような、いやな予感が頭をよぎった。

 アンナは、大きくうなずいた。「婚約パーティーなんて、大げさだけど、桂コーポレーション様のご厚意に甘えます。きっと、ピースは喜ぶと思います。ピースが元気になったら、婚約パーティー、お願いします。桂コーポレーション様に、いつもご支援いただき、感謝の言葉もありません、とよろしくお伝えください」彼女は、この言葉を聞いて、上司のカミナリを回避できたとホッとした。でも、良家の育ちには見えないヤンキー系のアンナという女性は、桂コーポレーション様とどういう関係にあるのだろうと不思議に思った。

 

 「よかった。ピース様は、きっと元気になられますよ。体調がよくなられたら、お知らせ願えますか。私どもも、心から健康の回復をお祈りいたします。桂コーポレーション様には、ピース様のご容体を知らせ、ご健康が回復なされ次第、婚約パーティーを開催する旨をお伝えいたします。ピース様にお目にかかれないのが、残念ですが、よろしくお伝えください。それでは、失礼いたします」

 

              告知

 

 ウエディングプランナーが消え去るとアンナは、ホッとしたが、ピースの容体のことを思うと胸が苦しくなった。ピースは、ここ数日元気がない。いつになったら、元気になるのだろうかと気が気ではなかった。亜紀もピースの容体が心配でならなかった。病院で精密検査を受けたほうがいいのではないかと思った。「ママ、ピースは、なんかの病気じゃない。一度、精密検査してもらったら」

 

 アンナもかかりつけの動物病院での検査を考えていた。不安げな顔つきで亜紀に声をかけた。「亜紀、ここ数日寝込んでいるけど、ピースの容体はよくなっているようじゃないわね。手遅れにならないうちに、見てもらったほうがいいみたい。早速、かかりつけの病院に、検査予約するわ」亜紀も大きくうなずいた。「あんなに元気のないピースは、初めて。一刻も早く、病院に連れて行ってあげようよ」

 

 アンナは、スマホを左手にとるとかかりつけの病院に電話した。亜紀は、二階に駆け上がっていった。二階のベッドでは、ピースが気絶したかのようにぐっすり寝ていた。さやかは、ピースを見守るように添い寝していた。「お姉ちゃん、ピース、大丈夫かな~~。いま、ママが、病院に電話してる。すぐに、検査したほうがいいって」さやかも一刻も早く、病院で診てもらったほうがいいと思っていた。

 

 検査予約が取れたアンナは、亜紀とさやかに声をかけ、三人は駐車場に向かった。アンナが運転席に腰掛けるとピースを抱きかかえた亜紀を後部座席に座らせ、さやかを助手席に座らせるた。アクセルが踏み込まれたベンツS550は、キュキュ~~と後輪を空回りさせ、救急車のごとく病院に突進していった。そして、伊都動物病院に緊急搬入されたピースは、1日の検査入院をすることになり、検査結果の説明は、翌日の午後2時になされることになった。ピースを残して帰るのは、とても寂しかったが、三人は、病気でないことを祈って帰宅した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
ピース
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