ピース

 なんといって話を繋げようかと思案したが、ピースの安否を気遣うことが先決と考えた。「ピース様は、そんなに容体が悪いんですか。寝込むほどであれば、当然、パーティは無理ですね。何か、いい方法はないものでしょうか?やはり、無理でしょうか。不謹慎ですよね。ご病気だというのに、パーティだなんて。困ったな~~。どう報告すればいいか。あ~~、どうしよう」

 

 困り果てた様子の彼女にアンナは、困惑した。パーティを断ったからといって、何か困ったことでもあるのかと不思議だった。「ヒフミンのことであれば、こちらから、説明します。ピースの具合が悪いといえば、納得するはずです。そんなに、心配なさらないでください。あ、桂コーポレーションへの断りであれば、心配ありません。アンナが、そう言っていたとおっしゃっていただければ、会長もわかってくれるはずです」 

 

 彼女は、苦渋の選択を迫られているような深刻な顔でうつむいていた。彼女は、顔をふいに持ち上げるとつぶやいた。「それでは、お体がよくなられたら、パーティーを開催することにいたしましょう。これだったら、問題ありませんか。桂コーポレーション様のせっかくのご厚意ですから。いかがですか」かなりしつこいセールスレディーとイラッときたが、必死に食い下がる彼女の悲壮な表情を見ているとなんとなく気の毒に感じてきた。

 

 アンナは、しばらく考えていた。婚約パーティーなどは、不必要だが、ピースの快気祝いであれば、ヒフミンもピースも喜ぶ。この奇妙な会長の慈善行為に、すこし、裏があるような気もするが、楽しいことであれば、あまり深刻に考えなくてもいいのでは。ピースが元気になることを祈願して、パーティーを準備するのもいい。このままだと、ピースの容体が、ますます悪くなるような、いやな予感が頭をよぎった。

 アンナは、大きくうなずいた。「婚約パーティーなんて、大げさだけど、桂コーポレーション様のご厚意に甘えます。きっと、ピースは喜ぶと思います。ピースが元気になったら、婚約パーティー、お願いします。桂コーポレーション様に、いつもご支援いただき、感謝の言葉もありません、とよろしくお伝えください」彼女は、この言葉を聞いて、上司のカミナリを回避できたとホッとした。でも、良家の育ちには見えないヤンキー系のアンナという女性は、桂コーポレーション様とどういう関係にあるのだろうと不思議に思った。

 

 「よかった。ピース様は、きっと元気になられますよ。体調がよくなられたら、お知らせ願えますか。私どもも、心から健康の回復をお祈りいたします。桂コーポレーション様には、ピース様のご容体を知らせ、ご健康が回復なされ次第、婚約パーティーを開催する旨をお伝えいたします。ピース様にお目にかかれないのが、残念ですが、よろしくお伝えください。それでは、失礼いたします」

 

              告知

 

 ウエディングプランナーが消え去るとアンナは、ホッとしたが、ピースの容体のことを思うと胸が苦しくなった。ピースは、ここ数日元気がない。いつになったら、元気になるのだろうかと気が気ではなかった。亜紀もピースの容体が心配でならなかった。病院で精密検査を受けたほうがいいのではないかと思った。「ママ、ピースは、なんかの病気じゃない。一度、精密検査してもらったら」

 

 アンナもかかりつけの動物病院での検査を考えていた。不安げな顔つきで亜紀に声をかけた。「亜紀、ここ数日寝込んでいるけど、ピースの容体はよくなっているようじゃないわね。手遅れにならないうちに、見てもらったほうがいいみたい。早速、かかりつけの病院に、検査予約するわ」亜紀も大きくうなずいた。「あんなに元気のないピースは、初めて。一刻も早く、病院に連れて行ってあげようよ」

 

 アンナは、スマホを左手にとるとかかりつけの病院に電話した。亜紀は、二階に駆け上がっていった。二階のベッドでは、ピースが気絶したかのようにぐっすり寝ていた。さやかは、ピースを見守るように添い寝していた。「お姉ちゃん、ピース、大丈夫かな~~。いま、ママが、病院に電話してる。すぐに、検査したほうがいいって」さやかも一刻も早く、病院で診てもらったほうがいいと思っていた。

 

 検査予約が取れたアンナは、亜紀とさやかに声をかけ、三人は駐車場に向かった。アンナが運転席に腰掛けるとピースを抱きかかえた亜紀を後部座席に座らせ、さやかを助手席に座らせるた。アクセルが踏み込まれたベンツS550は、キュキュ~~と後輪を空回りさせ、救急車のごとく病院に突進していった。そして、伊都動物病院に緊急搬入されたピースは、1日の検査入院をすることになり、検査結果の説明は、翌日の午後2時になされることになった。ピースを残して帰るのは、とても寂しかったが、三人は、病気でないことを祈って帰宅した。

 

 17日(火)3人を乗せたベンツは約束の20分前に病院の前にある駐車場に到着したが、アンナはすぐに車から降りようとしなかった。さやかも亜紀もアンナの動作に合わせ車から降りようとしなかった。アンナが不安を打ち明けた。「大丈夫よね。きっと元気になる。そうよね」助手席のさやかが返事した。「大丈夫よ。神様を信じよう」さやかの真後ろの後部座席に腰掛けていた亜紀が、言葉を付け足した。「きっと、神様がピースを守ってくれる」

 

 午後155分前に車から降りた3人は、玄関の自動ドアを開いた。面談室に案内された3人は、主治医がやってくるのを静かに待った。2時をほんの少し過ぎたころ面談室のドアが開いた。そして、丸顔のやさしそうな主治医が神妙な顔で入ってきた。パソコンが置かれたデスクに腰掛けた主治医は、説明を始めた。「昨日、MRICT、心電図、眼底、血液、尿、などの検査を行い、今朝、レントゲン検査も行いました」

 

 三人は、固唾(かたず)をのんで検査結果をまった。先生は、ちょっと間を取った。「ピースは、ネコでは、12歳ですが、人間では、65 歳ぐらいに当たります。これはあくまでも目安です。元気なネコですと、人間でいえば、100歳ぐらい長生きするネコもいます。でも、人間と同じように、ネコも病気をします。病気にも、治るものもあれば、治らないものもあります。

 

 なんといっても、人間にとって一番怖い病気は、ガンです。そのガンは、人間だけでなく、ネコにもあります。特に、シャムは、悪性リンパ腫にかかる場合が多いのです。決して不治の病ではないのですが、治りにくい病気ではあります」主治医の話が、途切れた。小さくうなずくと話を続けた。申し訳なさそうな表情で告げた。「検査の結果、ピースは、終末期の悪性リンパ腫です」

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
ピース
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