エロゴルフ(2)

自殺

 

 タイ旅行中でのN大臣の自殺は世間をにぎわせていた。だが、自殺と判断するうえで全く疑問がなかったわけではなかった。どこにも遺書らしきものは発見されず、また、彼の日記には巨額の米国債購入に関する疑問点が記されていたが、特段自殺の原因とみられるような苦悶は、どこにも記されてなかったからだ。タイ警察も日本警察も他殺と断定するだけの判断材料を発見できなかったためか、最終的に、自殺と判断した。

 

 皇帝KGBロイヤルホテルのベッドの上で発見されたN大臣の遺体の左胸にはアイスピックが突き刺さっていた。また、アイスピックに残された指紋は、彼のものだけであった。死亡推定時刻は、102日(月)の午前1時から午前2時。101日(日)彼と同室していたとみられるM氏の話によると、N大臣とM氏は午後8時ごろから午後11時ごろまでお酒を飲みかわし、11時過ぎにM氏は退室したとのこと。M氏の証言に裏付けはないが、M氏には、殺害動機もなく、N大臣と争った形跡もなかった。

 

 沢富はこの自殺には、納得がいかなかった。ゴルフツアーでの自殺は、あまりにも不自然に感じた。どんなに我慢強く、不平不満を口にしなくとも、自殺を考えている人であれば、「俺は、もうだめだ。これでおしまいだ。俺は、失脚する」など細君や周りのものに何らかの絶望的不平を言っていたと思われる。ところが、特に悩んでいた様子もなく、自殺をほのめかすような言葉は全く聞かれなかったと細君は話している。

 

 この事件は、自殺として処理されているため、これ以上考えても無駄と分かっていたが、沢富は、どう考えても他殺としか思えなかった。もし、他殺であれば、これこそ完全犯罪だと思えた。考えに行き詰まった沢富は、伊達の意見を聞いてみたくなった。23日(土)伊達のマンションにやってきた沢富は、いつものキッチンテーブルに腰掛け、伊達の意見に耳を傾けていた。

 

 

 「まあ、サワの疑問もわからなくもないが、事情聴取を受けたM氏には、全く殺人動機はない。また、M氏が退出した後に誰かが侵入したと判断しうる物的証拠もない。だから、自殺と断定せざるを得ないんじゃないか。自殺心理というものは、他人にはわかりづらいもんだからな~。俺も、自殺だと思うがな」伊達は、お湯割りの焼酎を一口すすった。沢富は、腕組みをしてうなずいていたが、どうしても、自殺には思えなかった。

 

 「確かに、他殺の物的証拠が出ない限り自殺で処理されるでしょう。もし、他殺であれば、完全犯罪です。仮にですよ、他殺だったとして、どうやって殺害したと思います。テーブルのボトルはほとんど空(から)になっていたわけでしょ。きっと、N大臣は泥酔して、爆睡していたと思われます。そんな彼に、アイスピックを突き刺すことは、いとも簡単なことですよ。でも、どうやって、侵入したかです?ドアは自動ロックだから、侵入できないはずです。窓も、すべてロックされてました。ウ~~」

 

 ナオコが沢富の唸(うな)り声を聞きつけて飛んでやってきた。「サワちゃん、おなかの具合でも悪いの。食あたりかしら、このマグロ、三日前のだから」顔をひきつらせた伊達が、叫んだ。「三日前のかよ。だろうな~~、変な触感がしたんだ。腐ってはいないと思うが、刺身で出すなよ。ほら、サワが唸ってるじゃないか」ナオコは、ヘタレ顔の沢富をじっと見つめた。

 

 ナオコに見つめられた沢富は、誤解を与えたと思い、ニコッと笑顔を作った。「いや、お腹が痛くなったんじゃありません。このマグロ、おいしいですよ。まったく問題ありません」沢富は、横腹を左手でポンとたたいた。ほっとしたナオコは、沢富の空になったグラスにビールを注いだ。第三者のほうがいいヒントを出してくれそうに思えた沢富は、ナオコに疑問を聞いてもらうことにした。「さっき、唸っていたのは、完全犯罪の方法なんです。ドアも窓もすべてロックされていた部屋に侵入するには、どんな方法があるでしょうか?」

 

 沢富に見つめられたナオコは、真剣な表情で考え始めた。「外部からは、侵入できないのね。となれば、そうよ、ロックされる前に、すでに、部屋に侵入していたのよ。簡単なことじゃない」沢富と伊達は顔を見合わせた。伊達は、右手のグラスを握りしめつぶやいた。「なるほど、すでに侵入していたのか。もしそうだとしていても、何一つ手掛かりがないんじゃ、手も足も出ない。防犯カメラでもあれば、一発で解明したんだが」

 

 沢富もその点が気になっていた。「そこなんです。そのホテルの通路には、なぜか、防犯カメラがないんです。おかしいですよね、先輩」腕組みをした伊達は、大きくうなずいた。「もしかしたら、計画的な暗殺じゃないか?日本のホテルには、防犯カメラがついている。だから、防犯カメラがついてないホテルで暗殺したと考えれば、合点がいく。しかも、大臣が宿泊するようなホテルに防犯カメラがないというのも解せない。ますます、におう。マフィアの仕業かも?」

 

 ナオコは、ポンと手をたたき話し始めた。「あなた、今日はさえてるじゃないの。防犯カメラがないホテルってのが、怪しいわよ。タイでは、全く防犯カメラがないのかしら?」沢富が返事した。「全くないってことはないでしょ。玄関、ロビー、裏口、エレベーター、屋上、などにはあると思います。でも、通路にはなかった、ということです」  

 

 伊達は、ウ~~とうなって話し始めた。「これは、国際的マフィアの暗殺とみて、まず間違いない。まず、通路に防犯カメラがないタイのホテルにN大臣を宿泊させた。次に、ヒットマンをN大臣が入室する前にひそかに侵入させていた。そして、お酒でぐっすり寝込んだN大臣を確認したヒットマンは、アイスピックで左胸を突き刺した。どうだ、この推理。ということは、旅行会社も一役かってる可能性がある。組織的犯行だな」

 

 ナオコは、赤霧島のお湯割りを作って伊達に差し出した。目を丸くしたナオコは、甲高い声を出した。「旅行会社もですか?だとしたら、国際的かつ組織的犯罪ね。こんなことするの、いったい誰かしら?」沢富は、深刻な顔をして話し始めた。「先輩が言われるように、暗殺されたのだと思います。でも、他殺の物的証拠はありません。この事件があっさりと自殺として処理されたのも、警察に圧力がかかったからではないでしょうか?」

 

 パッと目を見開いたナオコは、ひらめきを話し始めた。「ホテルのドアは、自動ロックよね。ということは、侵入するには、誰かに開けてもらわないと入れないわけでしょ。ホテルのスタッフを徹底して尋問すればいいのよ。犯人に協力したスタッフがいるはずよ」呆れた顔の伊達がナオコを見つめて返事した。「お前もバカだな~~、犯人に協力しましたなんて、共犯を認めるバカがいるか」

 

 ナオコは、自分の愚かさに気づいたのか、肩を落としてつぶやいた。「そうよね、まさに、完全犯罪ってことね」沢富が話を付け加えるかのように話し始めた。「そうです、この暗殺は、完全犯罪です。警察も手が出せない犯罪じゃないでしょうか。すでに、ヒットマンに協力したホテルのスタッフも消されたってことも?そう、同室していたM氏に何もなければいいのですが」

 

 伊達が思い出したように話し始めた。「N大臣と同室していたM氏か。彼は、間違いなくシロと思うが、お酒を飲みかわしているときに何か重要なことを聞いていたかも。でもな~、うかつに、N大臣のことを喋れば、彼も消されてしまうんじゃないか。M氏には、そのことを教えてあげたほうがいいような気がするな。彼は、確か、糸島在住だったな」沢富もM氏のことが気になっていた。「はい、M氏は、伊都タクシーの会長です。一度、伺ってみましょうか」

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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