エロゴルフ(2)

 「まあ、サワの疑問もわからなくもないが、事情聴取を受けたM氏には、全く殺人動機はない。また、M氏が退出した後に誰かが侵入したと判断しうる物的証拠もない。だから、自殺と断定せざるを得ないんじゃないか。自殺心理というものは、他人にはわかりづらいもんだからな~。俺も、自殺だと思うがな」伊達は、お湯割りの焼酎を一口すすった。沢富は、腕組みをしてうなずいていたが、どうしても、自殺には思えなかった。

 

 「確かに、他殺の物的証拠が出ない限り自殺で処理されるでしょう。もし、他殺であれば、完全犯罪です。仮にですよ、他殺だったとして、どうやって殺害したと思います。テーブルのボトルはほとんど空(から)になっていたわけでしょ。きっと、N大臣は泥酔して、爆睡していたと思われます。そんな彼に、アイスピックを突き刺すことは、いとも簡単なことですよ。でも、どうやって、侵入したかです?ドアは自動ロックだから、侵入できないはずです。窓も、すべてロックされてました。ウ~~」

 

 ナオコが沢富の唸(うな)り声を聞きつけて飛んでやってきた。「サワちゃん、おなかの具合でも悪いの。食あたりかしら、このマグロ、三日前のだから」顔をひきつらせた伊達が、叫んだ。「三日前のかよ。だろうな~~、変な触感がしたんだ。腐ってはいないと思うが、刺身で出すなよ。ほら、サワが唸ってるじゃないか」ナオコは、ヘタレ顔の沢富をじっと見つめた。

 

 ナオコに見つめられた沢富は、誤解を与えたと思い、ニコッと笑顔を作った。「いや、お腹が痛くなったんじゃありません。このマグロ、おいしいですよ。まったく問題ありません」沢富は、横腹を左手でポンとたたいた。ほっとしたナオコは、沢富の空になったグラスにビールを注いだ。第三者のほうがいいヒントを出してくれそうに思えた沢富は、ナオコに疑問を聞いてもらうことにした。「さっき、唸っていたのは、完全犯罪の方法なんです。ドアも窓もすべてロックされていた部屋に侵入するには、どんな方法があるでしょうか?」

 

 沢富に見つめられたナオコは、真剣な表情で考え始めた。「外部からは、侵入できないのね。となれば、そうよ、ロックされる前に、すでに、部屋に侵入していたのよ。簡単なことじゃない」沢富と伊達は顔を見合わせた。伊達は、右手のグラスを握りしめつぶやいた。「なるほど、すでに侵入していたのか。もしそうだとしていても、何一つ手掛かりがないんじゃ、手も足も出ない。防犯カメラでもあれば、一発で解明したんだが」

 

 沢富もその点が気になっていた。「そこなんです。そのホテルの通路には、なぜか、防犯カメラがないんです。おかしいですよね、先輩」腕組みをした伊達は、大きくうなずいた。「もしかしたら、計画的な暗殺じゃないか?日本のホテルには、防犯カメラがついている。だから、防犯カメラがついてないホテルで暗殺したと考えれば、合点がいく。しかも、大臣が宿泊するようなホテルに防犯カメラがないというのも解せない。ますます、におう。マフィアの仕業かも?」

 

 ナオコは、ポンと手をたたき話し始めた。「あなた、今日はさえてるじゃないの。防犯カメラがないホテルってのが、怪しいわよ。タイでは、全く防犯カメラがないのかしら?」沢富が返事した。「全くないってことはないでしょ。玄関、ロビー、裏口、エレベーター、屋上、などにはあると思います。でも、通路にはなかった、ということです」  

 

 伊達は、ウ~~とうなって話し始めた。「これは、国際的マフィアの暗殺とみて、まず間違いない。まず、通路に防犯カメラがないタイのホテルにN大臣を宿泊させた。次に、ヒットマンをN大臣が入室する前にひそかに侵入させていた。そして、お酒でぐっすり寝込んだN大臣を確認したヒットマンは、アイスピックで左胸を突き刺した。どうだ、この推理。ということは、旅行会社も一役かってる可能性がある。組織的犯行だな」

 

 ナオコは、赤霧島のお湯割りを作って伊達に差し出した。目を丸くしたナオコは、甲高い声を出した。「旅行会社もですか?だとしたら、国際的かつ組織的犯罪ね。こんなことするの、いったい誰かしら?」沢富は、深刻な顔をして話し始めた。「先輩が言われるように、暗殺されたのだと思います。でも、他殺の物的証拠はありません。この事件があっさりと自殺として処理されたのも、警察に圧力がかかったからではないでしょうか?」

 

 パッと目を見開いたナオコは、ひらめきを話し始めた。「ホテルのドアは、自動ロックよね。ということは、侵入するには、誰かに開けてもらわないと入れないわけでしょ。ホテルのスタッフを徹底して尋問すればいいのよ。犯人に協力したスタッフがいるはずよ」呆れた顔の伊達がナオコを見つめて返事した。「お前もバカだな~~、犯人に協力しましたなんて、共犯を認めるバカがいるか」

 

 ナオコは、自分の愚かさに気づいたのか、肩を落としてつぶやいた。「そうよね、まさに、完全犯罪ってことね」沢富が話を付け加えるかのように話し始めた。「そうです、この暗殺は、完全犯罪です。警察も手が出せない犯罪じゃないでしょうか。すでに、ヒットマンに協力したホテルのスタッフも消されたってことも?そう、同室していたM氏に何もなければいいのですが」

 

 伊達が思い出したように話し始めた。「N大臣と同室していたM氏か。彼は、間違いなくシロと思うが、お酒を飲みかわしているときに何か重要なことを聞いていたかも。でもな~、うかつに、N大臣のことを喋れば、彼も消されてしまうんじゃないか。M氏には、そのことを教えてあげたほうがいいような気がするな。彼は、確か、糸島在住だったな」沢富もM氏のことが気になっていた。「はい、M氏は、伊都タクシーの会長です。一度、伺ってみましょうか」

 

 

              消えた指紋

 

 24日(日)雷山別荘のリビングで、植木は悪霊に取りつかれたようにおびえる松山を励ましていた。帰国後、松山の夢にN大臣がたびたび現れるようになっていた。また、あの日のN大臣の様子からして、決して自殺ではなく、N大臣は何者かに殺されたに違いないという思いが、頭から離れなかった。その思いが強くなればなるほど、決して国会議員にはなってはならないという思いも強くなっていた。怖気づいてしまった松山にどうにか勇気を取り戻してもらおうと、植木は、毎日曜日に、別荘にやってきては松山を励ましていた。

 

 「会長、そう深刻にならずに。あれは、自殺ですよ。何か、思い悩むことがあったに違いありません。もう、忘れましょう。会長には、植木がついているんです。必ず、日本のドンにして見せますから。勇気を出して、一緒に、頑張りましょう」松山は、この励ましを、何度も聞かされた。だが、どんなに忘れろと言われても、N大臣の顔が脳裏から消え去らなかった。

 

 「もう、そんな気休めはやめろ。俺は、国会議員にはならん。あれは、自殺なんかじゃない。殺されたんだ。俺にはわかる。自殺しようとするものが、陽気にお酒なんか飲むか?あの時、N大臣は、日本の未来は俺にまかせとけ、と粋がっていたんだ。そんな男が、その夜に自殺なんかするか?絶対に、自殺じゃない。暗殺されたんだ。俺は、まっぴらごめんだ。国会議員の話は、もうするな」

 

 植木は、身を乗り出して話し始めた。「会長、何度も言うようですが、人には言えない悩みってものがあるんです。心に闇がある人ほど、粋がるものなんです。N大臣と最後に話をされたのは、会長なのです。N大臣は、あの夜、日本の未来は会長に任せる、という遺言を残されたのです。N大臣との縁は、きっと神様のお導きだと思いますよ。あの夜、N大臣は会長を見込んで、後継者になってくれるようにと日本の未来についてお話しされたのだと思います。会長だって、このままだと、日本は崩壊すると断言されていたじゃないですか」

 

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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