エロゴルフ(2)

              消えた指紋

 

 24日(日)雷山別荘のリビングで、植木は悪霊に取りつかれたようにおびえる松山を励ましていた。帰国後、松山の夢にN大臣がたびたび現れるようになっていた。また、あの日のN大臣の様子からして、決して自殺ではなく、N大臣は何者かに殺されたに違いないという思いが、頭から離れなかった。その思いが強くなればなるほど、決して国会議員にはなってはならないという思いも強くなっていた。怖気づいてしまった松山にどうにか勇気を取り戻してもらおうと、植木は、毎日曜日に、別荘にやってきては松山を励ましていた。

 

 「会長、そう深刻にならずに。あれは、自殺ですよ。何か、思い悩むことがあったに違いありません。もう、忘れましょう。会長には、植木がついているんです。必ず、日本のドンにして見せますから。勇気を出して、一緒に、頑張りましょう」松山は、この励ましを、何度も聞かされた。だが、どんなに忘れろと言われても、N大臣の顔が脳裏から消え去らなかった。

 

 「もう、そんな気休めはやめろ。俺は、国会議員にはならん。あれは、自殺なんかじゃない。殺されたんだ。俺にはわかる。自殺しようとするものが、陽気にお酒なんか飲むか?あの時、N大臣は、日本の未来は俺にまかせとけ、と粋がっていたんだ。そんな男が、その夜に自殺なんかするか?絶対に、自殺じゃない。暗殺されたんだ。俺は、まっぴらごめんだ。国会議員の話は、もうするな」

 

 植木は、身を乗り出して話し始めた。「会長、何度も言うようですが、人には言えない悩みってものがあるんです。心に闇がある人ほど、粋がるものなんです。N大臣と最後に話をされたのは、会長なのです。N大臣は、あの夜、日本の未来は会長に任せる、という遺言を残されたのです。N大臣との縁は、きっと神様のお導きだと思いますよ。あの夜、N大臣は会長を見込んで、後継者になってくれるようにと日本の未来についてお話しされたのだと思います。会長だって、このままだと、日本は崩壊すると断言されていたじゃないですか」

 

 植木の真剣な顔に威圧された松山は、腕組みをして、苦虫を嚙み潰したような表情の顔を天井に向けた。気を持ち直した松山は、N大臣の言葉を思い出しながら話し始めた。「確かに、日本は沈没する。もう、手遅れだ。54基の原発は、必ず、テロの攻撃を食らう。農業に適した日本の気候は、気象兵器で破壊されている。日本の経済水域は、オイルで汚染された。農業も漁業も壊滅だ。さらに、高額な兵器購入と多額の米国債購入で、年金原資は、空っぽになった。日本国民は、放射能に汚染され、食うものもなく、ホームレスになって、犬死するしかない。もはや、誰が総理になっても、日本を救うことはできん。植木も、そう思うだろ」

 

 植木は、黙って耳を傾けていた。確かに、大げさな話だと思ったが、現政権のままだと、本当に日本は沈没するような気がしていた。だからといって、このまま犬死するのもしゃくだった。同じ、死ぬなら覇権主義と戦って、CIAマフィアに一泡吹かせて死にたかった。植木は、F大学時代からアメリカの諜報機関について調べていた。CIAマフィアが国防省、FBI、大統領までもコントロールし、さらに、世界中にテロやクーデターを起こしていることも調べていた。

 

 肩を落とし蒼白になった植木は、絶望的な声で話し始めた。「会長のおっしゃる通りです。もはや、手遅れでしょう。ケネディ兄弟が暗殺されなければ、このような地獄の世界にはならなかったのです。悪いのは、すべて、マフィアに変貌したCIAです。アメリカを世界一豊かな国にするために組織されたCIAが、どうして、悪魔のようなマフィアに変貌してしまったのか。CIAがこのまま悪魔化していく限り、世界は崩壊する。この世界を救うには、CIAマフィアを破壊しなければなりません。でも・・」

 

 植木は政治の話をし始めるとなぜかくそまじめになる。松山はそのことが以前から不思議でならなかった。日頃は愉快で柔和な顔の植木だったが、政治の話となると豹変したかのような強面になるのだった。ところが、今日に限って植木は泣き出しそうな表情を見せた。このような弱気な植木を見たのは初めてであった。なんとなく気まずくなってしまった松山は、話を変えることにした。

 

 「まあ、そう嘆くことはないさ。日本には神風があるじゃないか。全国には、春日神社がるだろ。春日の神様は、日本を邪馬台国の時代から守ってくださっているんだ。元寇襲来の時のように、きっと神風を起こして日本を救ってくださるさ。もっと、気楽に考えてもいいんじゃないか。いつもの強気の植木はどこに行ったんだ。そうだ、俺の厄払いも兼ねて、ナカスでパ~~とやるか」

 

 今の植木は中洲でパ~とやる気分ではなかったが、泡姫の色気で松山の臆病神が消え去ってくれるのなら、泡にまみれて踊るアホ~になるのも悪くないように思えた。「そうですね。もはや、日本は呪われている。このまま、犬死するのもしゃくじゃないですか。同じ死ぬなら、泡遊びをとことんやって死にましょう。泡姫といえば、ジャーナリストの岡崎が詳しいですよ。ちょっと、聞いてみますか」

 

 ちょっと元気が出てきた植木に松山はほっとした。「ああ、あの時の。能天気な遊び人か。それはいい。善は急げというじゃないか、早速、聞いてみてくれ」植木は、ルミ子似の泡姫を思い浮かべた時、突然、皇帝KGBツーリストの大原の股間が脳裏に浮かんだ。急激にピンクの股間がズームアップされると疑問が噴き出してきた。「そう、話は変わりますが、我々を色仕掛けで勧誘した大原というのは、N大臣暗殺に加担していたんじゃないでしょうか?まさか、大原が犯人ってことは?」

 

 勧誘と聞いた松山も大原の色仕掛けに疑問を感じていた。今回のN大臣暗殺は、綿密に計画された策謀のように思えてならなかった。「ウ~~、そうか。確かに。におう。大原のメギツネめ、一杯食わせやがったな。万が一、アイスピックに俺の指紋が残っていれば、俺が疑われていたところだった」指紋を消した誰かがいると思った植木は、目を輝かせ、松山を見つめた。

 

 「今、何と言われました。指紋が残っていれば・・」松山もはっとした。「そうだよな。そうだ。指紋がないってことが、おかしいんだ。確かに、俺は、あの時、N大臣に頼まれて、アイスピックで氷を割った。だから、俺の指紋が残っていなければならない。なのに、俺の指紋は、全く残っていなかった。つまり、誰かが、俺の指紋をふき取ったということだ」

 

 植木は右手のこぶしを左手のひらにパチンとぶち当てた。「指紋をふき取ったのはだれか?ヒットマン?。いや、こうも考えられます。N大臣は、会長に容疑がかからないようにと、あえて、会長の指紋が残らないようにアイスピックをきれいにふき取った。こう考えても、不自然ではないような気もします。ウ~~・・」植木は、腕組みをして考えこんだ。そういわれると、松山もN大臣が拭き取ったような気がした。

 

 松山は、大きくうなずき話し始めた。「確かにN大臣が俺のことを考えて、ふき取ったとも考えられなくもない。でもな~~、自殺するときに、そこまで頭が回るものだろうか?仮にだ、アイスピックに俺の指紋が残っていたとしよう。俺の指紋が残っていたからといって、俺が殺人罪に問われるだろうか?俺には、殺人動機がまったくない。冤罪になる可能性は、ないように思うが」

 

 植木も大きくうなずき返事した。「そうですよね。会長の指紋が残っていたからといって、殺人者になるとは到底思えません。殺人動機もなければ、争った形跡もなかったのですから。ということは、うかつにも、指紋をふき取った人物こそ、N大臣殺害の犯人ということです。指紋のことは、警察に話されたのですか?」松山は、顔をゆっくり左右に振った。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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