エロゴルフ(2)

 沢富に見つめられたナオコは、真剣な表情で考え始めた。「外部からは、侵入できないのね。となれば、そうよ、ロックされる前に、すでに、部屋に侵入していたのよ。簡単なことじゃない」沢富と伊達は顔を見合わせた。伊達は、右手のグラスを握りしめつぶやいた。「なるほど、すでに侵入していたのか。もしそうだとしていても、何一つ手掛かりがないんじゃ、手も足も出ない。防犯カメラでもあれば、一発で解明したんだが」

 

 沢富もその点が気になっていた。「そこなんです。そのホテルの通路には、なぜか、防犯カメラがないんです。おかしいですよね、先輩」腕組みをした伊達は、大きくうなずいた。「もしかしたら、計画的な暗殺じゃないか?日本のホテルには、防犯カメラがついている。だから、防犯カメラがついてないホテルで暗殺したと考えれば、合点がいく。しかも、大臣が宿泊するようなホテルに防犯カメラがないというのも解せない。ますます、におう。マフィアの仕業かも?」

 

 ナオコは、ポンと手をたたき話し始めた。「あなた、今日はさえてるじゃないの。防犯カメラがないホテルってのが、怪しいわよ。タイでは、全く防犯カメラがないのかしら?」沢富が返事した。「全くないってことはないでしょ。玄関、ロビー、裏口、エレベーター、屋上、などにはあると思います。でも、通路にはなかった、ということです」  

 

 伊達は、ウ~~とうなって話し始めた。「これは、国際的マフィアの暗殺とみて、まず間違いない。まず、通路に防犯カメラがないタイのホテルにN大臣を宿泊させた。次に、ヒットマンをN大臣が入室する前にひそかに侵入させていた。そして、お酒でぐっすり寝込んだN大臣を確認したヒットマンは、アイスピックで左胸を突き刺した。どうだ、この推理。ということは、旅行会社も一役かってる可能性がある。組織的犯行だな」

 

 ナオコは、赤霧島のお湯割りを作って伊達に差し出した。目を丸くしたナオコは、甲高い声を出した。「旅行会社もですか?だとしたら、国際的かつ組織的犯罪ね。こんなことするの、いったい誰かしら?」沢富は、深刻な顔をして話し始めた。「先輩が言われるように、暗殺されたのだと思います。でも、他殺の物的証拠はありません。この事件があっさりと自殺として処理されたのも、警察に圧力がかかったからではないでしょうか?」

 

 パッと目を見開いたナオコは、ひらめきを話し始めた。「ホテルのドアは、自動ロックよね。ということは、侵入するには、誰かに開けてもらわないと入れないわけでしょ。ホテルのスタッフを徹底して尋問すればいいのよ。犯人に協力したスタッフがいるはずよ」呆れた顔の伊達がナオコを見つめて返事した。「お前もバカだな~~、犯人に協力しましたなんて、共犯を認めるバカがいるか」

 

 ナオコは、自分の愚かさに気づいたのか、肩を落としてつぶやいた。「そうよね、まさに、完全犯罪ってことね」沢富が話を付け加えるかのように話し始めた。「そうです、この暗殺は、完全犯罪です。警察も手が出せない犯罪じゃないでしょうか。すでに、ヒットマンに協力したホテルのスタッフも消されたってことも?そう、同室していたM氏に何もなければいいのですが」

 

 伊達が思い出したように話し始めた。「N大臣と同室していたM氏か。彼は、間違いなくシロと思うが、お酒を飲みかわしているときに何か重要なことを聞いていたかも。でもな~、うかつに、N大臣のことを喋れば、彼も消されてしまうんじゃないか。M氏には、そのことを教えてあげたほうがいいような気がするな。彼は、確か、糸島在住だったな」沢富もM氏のことが気になっていた。「はい、M氏は、伊都タクシーの会長です。一度、伺ってみましょうか」

 

 

              消えた指紋

 

 24日(日)雷山別荘のリビングで、植木は悪霊に取りつかれたようにおびえる松山を励ましていた。帰国後、松山の夢にN大臣がたびたび現れるようになっていた。また、あの日のN大臣の様子からして、決して自殺ではなく、N大臣は何者かに殺されたに違いないという思いが、頭から離れなかった。その思いが強くなればなるほど、決して国会議員にはなってはならないという思いも強くなっていた。怖気づいてしまった松山にどうにか勇気を取り戻してもらおうと、植木は、毎日曜日に、別荘にやってきては松山を励ましていた。

 

 「会長、そう深刻にならずに。あれは、自殺ですよ。何か、思い悩むことがあったに違いありません。もう、忘れましょう。会長には、植木がついているんです。必ず、日本のドンにして見せますから。勇気を出して、一緒に、頑張りましょう」松山は、この励ましを、何度も聞かされた。だが、どんなに忘れろと言われても、N大臣の顔が脳裏から消え去らなかった。

 

 「もう、そんな気休めはやめろ。俺は、国会議員にはならん。あれは、自殺なんかじゃない。殺されたんだ。俺にはわかる。自殺しようとするものが、陽気にお酒なんか飲むか?あの時、N大臣は、日本の未来は俺にまかせとけ、と粋がっていたんだ。そんな男が、その夜に自殺なんかするか?絶対に、自殺じゃない。暗殺されたんだ。俺は、まっぴらごめんだ。国会議員の話は、もうするな」

 

 植木は、身を乗り出して話し始めた。「会長、何度も言うようですが、人には言えない悩みってものがあるんです。心に闇がある人ほど、粋がるものなんです。N大臣と最後に話をされたのは、会長なのです。N大臣は、あの夜、日本の未来は会長に任せる、という遺言を残されたのです。N大臣との縁は、きっと神様のお導きだと思いますよ。あの夜、N大臣は会長を見込んで、後継者になってくれるようにと日本の未来についてお話しされたのだと思います。会長だって、このままだと、日本は崩壊すると断言されていたじゃないですか」

 

 植木の真剣な顔に威圧された松山は、腕組みをして、苦虫を嚙み潰したような表情の顔を天井に向けた。気を持ち直した松山は、N大臣の言葉を思い出しながら話し始めた。「確かに、日本は沈没する。もう、手遅れだ。54基の原発は、必ず、テロの攻撃を食らう。農業に適した日本の気候は、気象兵器で破壊されている。日本の経済水域は、オイルで汚染された。農業も漁業も壊滅だ。さらに、高額な兵器購入と多額の米国債購入で、年金原資は、空っぽになった。日本国民は、放射能に汚染され、食うものもなく、ホームレスになって、犬死するしかない。もはや、誰が総理になっても、日本を救うことはできん。植木も、そう思うだろ」

 

 植木は、黙って耳を傾けていた。確かに、大げさな話だと思ったが、現政権のままだと、本当に日本は沈没するような気がしていた。だからといって、このまま犬死するのもしゃくだった。同じ、死ぬなら覇権主義と戦って、CIAマフィアに一泡吹かせて死にたかった。植木は、F大学時代からアメリカの諜報機関について調べていた。CIAマフィアが国防省、FBI、大統領までもコントロールし、さらに、世界中にテロやクーデターを起こしていることも調べていた。

 

 肩を落とし蒼白になった植木は、絶望的な声で話し始めた。「会長のおっしゃる通りです。もはや、手遅れでしょう。ケネディ兄弟が暗殺されなければ、このような地獄の世界にはならなかったのです。悪いのは、すべて、マフィアに変貌したCIAです。アメリカを世界一豊かな国にするために組織されたCIAが、どうして、悪魔のようなマフィアに変貌してしまったのか。CIAがこのまま悪魔化していく限り、世界は崩壊する。この世界を救うには、CIAマフィアを破壊しなければなりません。でも・・」

 

 植木は政治の話をし始めるとなぜかくそまじめになる。松山はそのことが以前から不思議でならなかった。日頃は愉快で柔和な顔の植木だったが、政治の話となると豹変したかのような強面になるのだった。ところが、今日に限って植木は泣き出しそうな表情を見せた。このような弱気な植木を見たのは初めてであった。なんとなく気まずくなってしまった松山は、話を変えることにした。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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