オーディション

スタッフも困った顔つきになっていた。スタッフの顔色が青く変わっていた。「マジ、3歳。ちょっと待ってね」スタッフは、駆け足で奥のスタッフの控室に飛び込んでいった。しばらくするとスタッフが、笑顔で戻ってきた。「年齢は、15歳までとしか書いてなかったから、3歳でも、OKだとさ。よかったね。審査員は、目を丸くして、びっくりしてたよ。3歳の桃色吐息をぜひ聞いてみたいとさ。頑張って」

 

 亜紀は、OKと聞いてジャンプして甲高い声をあげた。「ヤッター、ありがとう、お兄ちゃん。タクミ、きっと喜ぶ。ありがとう」亜紀は、会館前の広場で待っているヒフミンと拓実にそのことを伝えようと全速力でかけて行った。「タクミ、受付、OKよ。さあ、控室に行こう」間違いじゃなかったと分かったヒフミンは笑顔で拓実の肩をポンと叩いた。「よかったね。タクミ、ガンバ」ヒフミンは、オーディションが終わるまで、広場で待つことにした。

 

 亜紀は、拓実の右手を引いて、控室に向かった。控室には、すでにたくさんの中学生と小学生が椅子に腰かけていた。彼らは、妹を連れてオーディションにやってきたと思っているに違いないと思い、目立たないように後ろの方の席に腰かけた。亜紀は、拓実を膝の上に載せ、しっかりと抱きしめていた。歌が、かぶっていないか心配になったのか、隣の中学生と思われる女子が亜紀に声をかけてきた。「何歌うの?」ちょっとためらったが、亜紀は、引きつった顔で返事した。「桃色吐息です」

その女子は、ホッとした顔で返事した。「私は、赤いスイートピー。アイドルと言っても、マスクはほどほどでいいんだって。整形って手があるから。頑張ろうね」亜紀は、ブスと言われたようでとムカついたが、“そういうあんたも特にかわいくないじゃない、フン、バ~~カ”と心でつぶやいた。前の方を見ていると応募したと言っていた明菜のうつむいた姿があった。亜紀は、明菜にばれないようにうつむいていることにした。

 

しばらく待っていると、受付をやっていたイケメンのお兄ちゃんが、勢いよくドアを開け、笑顔で部屋に入ってきた。「皆さん、お待たせしました。今回は、35名の方が、エントリーされました。一次審査の結果は、一週間後に郵送で通知いたします。審査会場へは、案内スタッフが順次お呼びしますので、指示に従って、審査室に入ってください」しばらくするとかわいい案内スタッフがやってきた。「今から、順に案内いたします。エントリーナンバー1、サクラダジュンコさん」

 

 亜紀は、不安になってきた。どうか、拓実が、無事歌えますようにと心で祈った。次から次に呼び出しがなされていった。審査は、かなり速いペースで終わっているようだった。「エントリーナンバー18 ミナミサオリさん」次は拓実の番と思った亜紀は、脚が震えだした。「エントリーナンバー19 セキタクミさん」ついに来たと緊張してしまった亜紀は、拓実を抱きかかえたままジャンプして返事した。「はい!」顔を真っ赤にした亜紀は、拓実をそっと床に下ろし、拓実の手を引いて、ドアに向かった。幸運ことに、エントリーナンバー7の明菜は、すでに終えて、顔を合わさずに済んだ。亜紀の右手は、緊張のあまり汗でびっしょりだった。だが、拓実は、全く動じていなかった。

審査室に入ると、長テーブルに三人の審査員が腰かけていた。部屋の中央には、ステージがセットされていた。向かって左手に白髪のおじさん、真ん中に眼鏡のおばちゃん、右手に受付をしていたイケメンのお兄ちゃんが、マジな顔つきで二人に目を据えていた。二人がステージに立つと、亜紀は、案内スタッフからマイクを手渡された。だが、すぐに、拓実に手渡した。笑顔を作り拓実に視線を向けた眼鏡のおばちゃんが、優しく声をかけた。「ももいろといき、ね。アカペラで、ハイどうぞ」亜紀は、アカペラの意味が拓実はわからないと思い、拓実にとにかく歌うように促した。「タクミ、カラオケなしで歌うの。歌える?」拓実は、頷き、歌い始めた。「さかせて さかせて ももいろといき あなたに だかれて こぼれるはなになる ・・」

 

 エントリーのミスは、3歳を13歳と勘違いしたスタッフにある事が分かり、審査員たちは、とにかく聞いてあげることにしていた。しばらくすると、じっと聞き入っていた審査員の顔が紅潮してきた。3歳にしては、信じられない透き通った歌声と歌唱力に感嘆してしまった。本来ならば、1週間後に郵送で結果を知らせることになっていたが、三人の審査員の話し合いの結果、この場で褒めてあげようということになり、感想と審査結果を伝えることになった。

 

白髪のおじさんが話し始めた。「信じられない。3歳で、こんな大人の歌を歌えるとは。声と言い、歌唱力と言い、素晴らしい」中央の眼鏡のおばちゃんも笑顔で話し始めた。「まったく、信じられない、こんなに歌唱力のある子供は、初めて。とってもかわいいし、きっと、このまま頑張れば、アイドルになれるわ。小学生になったら、もう一度チャレンジしてね。すごくよかったわよ」

 

審査員たちは、拓実を女子と完全に勘違いしているようだったが、亜紀は、素知らぬ顔で、満面の笑みを作りお辞儀をした。拓実は、笑顔で話す審査員たちを見てニコニコしていた。亜紀は、拓実の耳元で褒められたことを伝えた。二人は、審査室を出るとヒフミンが待っている広場に出た。ヒフミンは、ベンチに腰掛け将棋の本とにらめっこしていた。スパイダーは、ヒフミンの足元で寝ころんでいた。

 

「ヒフミン、お待たせ。タクミ、かわいくて、きれいな声してるって、審査員に、すっごく褒められた。きっと、アイドルになれるって」ヒフミンは、ほっとして、拓実に話しかけた。「さすが、タクミ。アイドルになれたら、サイン頼むな」拓実は、アイドルの意味がよくわかっていなかったみたいだったが、笑顔でうなずいた。スパイダーも拓実の笑顔を見て、しっぽをフリフリ、ワンワンと祝福した。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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