暗殺

腕組みをした伊達は、何度もうなずいていた。だが、その仮説には、具体的証拠となる事実は何一つなかった。単なる憶測では、校長を追い詰めることはできないと思えた。もし仮に、その時刻に校長の来客の事実が判明したとしても、その来客が犯人と特定するに値する証拠を発見することは不可能に近いと思えた。というのは、おそらく、共犯者である校長は、来客のアリバイ工作も準備していたと考えられたからだ。つまり、校長と殺し屋の二人が共謀して彼女を殺害したのならば、完全犯罪が成立するように思えた。

 

天井を見上げた伊達は、大きなため息をついて答えた。「まあ、サワの言ってることが事実だったとしても、そのことを立証することは不可能じゃないか。なんせ、校長が主犯格ということだからな。殺し屋が彼女を突き落としているところを目撃した生徒がいたならば、多少は、校長を追い詰めることができないこともないが、おそらく、目撃者はいないだろう。まあ、たとえいたとしても、自分の身の危険を考えれば、目撃証言はできないということだ。

 

本当に、校長が主犯格だったならば、マジ、ヤバイぞ。サワ、もう、これ以上事件に首を突っ込まない方が賢明だ。下手をすると、サワも、暗殺されかねないぞ。サワの正義感は、よ~~く、分かる。でもな、時には、目をつぶらなきゃいかんときがある。それが、大人というものだ。彼女のことを思えば、無念だが、ここはグッと気持ちを抑えて、署長の指示に従ったらどうだ。俺は、それが賢明だと思うがな。ナオ子は、どう思う?」

 

ナオ子も同感であったが、沢富の性格からして、暗殺を恐れて、いったん決意した気持ちを変えるとは思えなかった。沢富の気持ちに反対しても、おそらく、単独で、事件解決に乗り出すと思えた。「でも、あなた、サワちゃんが言うように、神父でもあり教育者でもある校長が主犯格だったら、神様だって、仏様だって、私だって、許さないわよ。彼女は、絶対、成仏できないわ。誰かが敵(かたき)を討ってあげないと、かわいそうじゃない。ここは、一度、校長に探りを入れるべきじゃない。何かボロを出すような気がするんだけど」

意外な返事をしたナオ子に伊達は、目を丸くした。ナオ子はことの恐ろしさがよく分かっていないと思った。伊達は、二人を説得することにした。「おい、お前までも、サワの暗殺説に同調するのか?だからだな~~、仮にだ、よ~~~く聞け、校長が主犯格であったという事実をつかんだとしても、俺たちには、どうすることもできない、と言ってるんだ。マジ、ヘタをすると、俺たちまでも、暗殺されかねないんだぞ。少女を暗殺するぐらいだ。国家を甘く見てたら、一瞬にして、闇に葬られてしまう」

 

沢富は、ケネディー大統領暗殺事件のことを思い出していた。事件にかかわった多くの人たちが、不審な死を遂げていた。それは、おそらく、国家犯罪を隠ぺいするためのCIAの仕業だと思えた。そのことを考えれば、国家犯罪にかかわる事件に首を突っ込めば、十中八九、暗殺されることは間違いないと思えた。このままだと、夫妻までも暗殺されかねない。これだけは避けなければならないと思った。

 

大きくうなずいた沢富は、伊達に賛同する意見を述べることにした。「先輩の言われる通りです。僕たちには、真実を把握できたとしても、どうすることもできません。仮に、校長が主犯格だと訴えたならば、きっと、僕は暗殺されるでしょう。僕は、やはりバカでした。もうこれ以上、この事件に首を突っ込むのはやめます。ご夫妻には、ご迷惑をおかけいたしました」

 

伊達は、沢富がようやくわかってくれたと思い、ホッとしたのか笑顔でナオ子にふり見た。だが、眉間に皺を寄せたナオ子は、沢富の本心を見抜いていた。きっと、単独行動に出る。そして、いずれそのことが国家に知れ、暗殺されると思った。ナオ子は、何らかの方法で彼女の無念を晴らしてあげたかった。また、沢富が暗殺されたなら、夫が署長になる夢は泡となって消え去ると思えた。

「そうよ、こんな国家がかかわった気味の悪い事件に、刑事は首を突っ込まない方がいいわ。二人とも、おとなしく、署長の指示に従うべきよ。でも、なんとなく、校長は、少しにおうわね。ちょっとだけ、探りを入れてみようかしら。私だったら、怪しまれないと思うの。こう見えても、高校時代は、新聞部の部長だったのよ。青少年育成委員会の代表として、校長に会ってみるわ。これだったら、誰も文句は言えないでしょ」伊達と沢富は、目が点になってしまった。

 

助っ人

 

615日(木)、朝食の後片付けがひと段落すると、キッチンテーブルの椅子に腰かけたナオ子は、今後の調査のことを考えた。昨日は、勢い余って名探偵気取りをしてしまったが、いざ実行に移すとなると、なんとなく、心細くなってきた。沢富の暗殺説では、校長が主犯格となっていたが、一度、面会したぐらいで校長が犯人であるかどうかが分かるはずがないことは言うまでもなかった。悪いことをするような人物かどうかは、なんとなく、直感的に分かるような気がしたが、確固たる証拠をつかまない限り、校長に天誅(てんちゅう)をくわえることができないことに気分が落ち込み始めた。

 

このまま落ち込んでいたのでは、闘う前から負けてしまうと思った。気を取り直したナオ子は、塩をまく前のお相撲さんのように両手でホッペタをバシバシと叩き気合を入れた。そして、名門ナカス女学院の取材という名目で校長との面会依頼の電話をすることにした。電話に出た受付嬢の返事では、今月は、スケジュールがいっぱいで面会できないとの返事だった。事件後、校長はすべての取材を断っているように思えた。

 

このまま引き下がっては、二度と面会できないように思えたナオ子は、世界的に有名なバッテン真理教の神父でもある校長の紹介と歴史あるナカス女学院の栄光を全国に知らしめたい、とおべんちゃらを並べて、必死に面会のアポがとれるまで食い下がった。約30分間の押し問答の末、青少年育成委員会のインタビューということで、どうにか621日(水)午後3時に10分間の面会のアポを取ることができた。

歯が浮くようなお世辞を並べて面会の約束を取り付けたものの今一つ気持ちがスッキリしなかった。というのも、夫がいうように、校長が犯人であっても上層部の指示で刑事は手も足も出せないということ、さらに、警察が校長を護衛しているという不可解な不条理に納得がいかなかったからだ。仮に、校長が本当に犯人だったとして、なにか、校長に天誅をくわえるいい方法はないかと考えてみた。しばらく目をつぶって考えてみたが、名案はまったく浮かんでこなかった。

 

ナオ子は、自分の行動にやるせないものを感じた。いったい、自分は何をやりたいのだろうかと疑問を持った。彼女の無念を晴らしてあげたい一心で、校長との対決の面会をしようと意気込んでいるが、こんなことをしても、彼女の冥福を祈ることになるのだろうかと思った。単なる独りよがりのようで、むなしくなってしまった。それかといって、彼女が暗殺された可能性があるにもかかわらず、事実を確かめず、このまま泣き寝入りをするのもしゃくだった。

 

当然、まず、校長が殺害にかかわっていたかどうかを確かめることが先決だが、本当に、校長が殺害にかかわっていたことが分かった場合、どうやって、彼女の敵を取ればいいのか?そのことを考えれば考えるほど、ますます自分の無力さを感じ、落ち込んでしまった。昨夜から、彼女の亡霊が、助けて、助けて、とナオ子に助けを求める声が何度も頭の中を駆け巡り、事実を確かめなければ、いつまでたっても、彼女は成仏できないように思えた。

 

まだ、彼女の暗殺が判明したわけではなかったが、ナオ子の頭の中に助けを求める彼女の亡霊が現れるようになって、彼女の殺害が事実のようになってしまっていた。じっと考え続けていると暗闇の中に引きずり込まれていくような恐怖感に襲われ、全身に震えが起き始めた。その時、脳裏に能天気なひろ子の笑顔が浮かび上がった。現実に引き戻されたナオ子は、急にひろ子に会いたくなった。そうだ、ひろ子さんに会えば、ないかいいヒントが得られるかも知れない、そう思った時、スマホのひろ子の名前をタッチしていた。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
暗殺
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