小説の未来(4)

私は、競争とか、争いとか、規則に縛られるというようなことが苦手で、心の中では、いつも自由を求めていたように思います。安部公房の「R62号の発明」に、言葉では言い表せない自由な空想の世界に浸ることが出来たような記憶があります。高校のころから、個人的に楽しむために、気が向いた時に、短編ものをノートに書くようになりました。その頃の作品は、紛失したのか捨ててしまったのかよくわかりませんが、自宅にはありません。でも、現在書いている作品の下地になっているような気がします。

 

 私が感銘を受けた作家には、安部公房のほかに三島由紀夫、谷崎潤一郎、宮沢賢治、松本清張、野坂昭如、大江健三郎、などいます。その中でも安部公房の作品は抽象的でよくわからなかったのですが、なぜか彼の作品に引き込まれました。おそらく、優秀な作品に感銘を受けたということではなく、彼の作品が説明のつかない不思議な世界を与えてくれた、というほかないように思います。

小説を書くきっかけ

 

 一つは、疑い深い性格と妄想癖です。私は、ド田舎で育ったせいなのか、日本人でありながら日本語が苦手で国語が嫌いでした。さらに記憶力も悪かったので受験勉強が苦手でした。さらに、よくないことに、とにかく疑い深いのです。試験のためには、憶えなければいけないと分かっているのですが、憶えるべきことを疑ってしまうのです。そして、学生のころから自分自身の価値観も疑うようになりました。疑い始めるときりがないわけで、言葉も人間も社会も宗教も常識も疑うようになりました。その結果、自分勝手な解釈をして、妄想にふけるようになりました。

 

 もう一つは、小説が科学性を内包していることに気づいたことです。小説は、喜怒哀楽という感情的な心とつかみどころのない合理性のない感性の世界を描きます。だから、非科学的で実用性がない作品だと思われるでしょう。でも、非科学的だからこそ、面白いのかもしれません。おそらく小説を嫌っている方は、受験には役に立たないし、フィクションなのだから現実には何の役にも立たないと思っておられるのではないでしょうか。私も中学生のころはそのように思っていました。でも、安部公房の小説を読むうちに小説は科学性を内包していることに気づきました。

脳機能の興味から小説へ

 

小学校、中学校の頃どのようなことを考えていたかは、ほとんど忘れてしまいましたが、小学5年生のころ見たアインシュタインのドラマに感銘を覚えた記憶があります。気持ち悪い傷だらけの顔を持った人造人間に恐怖したのではなく、人間が人間を作るという点に感銘を覚えたのです。その頃から人間がいずれ人工的な脳を作れる日が来ると思うようになりました。すでにAIが開発されていますので、それは、夢ではなくなったわけです。今考えると、脳機能への興味が、小説を書くことへつながっていったように思えます。小説を書く下地は、小さいころからあったのかもしれません。

 

安部公房がインタビューで「小説は、意味に到達する前の世界を描くもの」と言ったように覚えています。記憶が正しいかどうか定かではありませんが、なんとなくわかるような気がします。東大卒の安部公房のような秀才ではないので、私レベルの小説しか書けませんが、私も小説を書いているとき、霞がかかった迷路に迷い込んで、もがき苦しんでいる自分に気づくことがあります。まさに、恋愛こそぼんやりとしていて、説明がつかない世界じゃないでしょうか。でも、どういうわけか、合理性のある知的推理小説より不可思議な恋愛小説のほうが好きです。

 

 私が書く小説のほとんどは恋愛小説なのですが、恋愛と言っても大人の男女間の恋愛だけを意味しているわけではありません。男女、同性、親子、兄妹、姉妹、先生と生徒など人間同士の感情です。人間は、言語を持ち、知性的に行動し、国家社会を作り出します。でも、人間は、生物学的に動物なのです。動物だからこそ、人間の動物的側面を考察していかなければ、人間を知ることはできないと思っています。恋愛感情は、すべての動物に共通する精神活動と思っています。

 

 川端康成の「伊豆の踊子」は多くの女性の方が読まれたことのある小説ではないでしょうか。まさに恋愛小説ですが、私が気にいっている点は、人生の宿命を描いている点にあります。人間を考えるとき、医学的とか経済的とか社会的とかのように合理的に考えられる側面より、生まれながらに与えられた性とか環境とか性格とか、そのような宿命的なものに興味が惹かれます。すべての人間は、個人としては何らかの相違があります。その相違の一つに宿命があるように思うのです。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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