ガンプラの日

 果たしてそうなのか?単にそうであれば、母親に黙ってアキバに行くことはない。黙って行けば、母親が心配することは、当然、鳥羽は予想できたはず。あえて黙って行ったということは、“母親に心配させること”が、真の目的だったと言えないか?鳥羽は、心配する母親の姿を亜紀ちゃんに見せることによって、“ママ母の愛情”を知らせたかったのではなかろうか?こう考えられなくもなかったが、男子高校生が、このような込み入ったことを考えて、実行するだろうか?

 

 もはや、警察沙汰になった今、鳥羽は、非難の的になっている。母親からも警察からもボコボコにやられるかもしれない。聡明な鳥羽が、こんな危険な状態を自ら作り出すだろうか?もし、警察沙汰も予測した行為であれば、なぜ、こんなにも自分に不利になる行為をしでかしたのか?ここまで考えてみると、どうやら、鳥羽とアキちゃんに共通する異様な影が、ヒントになっているような気もする。沢富は、さやかが言っていたことを思い出しながら考えた。

 

アキちゃんは、4歳のころに、2歳の弟をなくし、しかも、母親は失踪している。鳥羽はどうなのか?もしかすると、鳥羽も子供のころに母親が失踪していたのではないだろうか?そうであれば、二人とも、子供のころに、母親に捨てられたことになる。言い方を変えれば、どちらの母親も、子供に黙って、家出したことになる。そう考えると、鳥羽の取った行為が分からなくもない。

もし、仮に、そのことが事実だとすれば、鳥羽は、母親を憎んでいるかもしれない。一方、母親への強い思いもあるはず。きっと、鳥羽には、自分ではどうすることもできない、母親への憎悪と愛があるに違いない。だから、こんなバカげた家出をしでかしたのかもしれない。鳥羽とアキちゃんに共通する心の奥底にある母親への憎しみと愛が、二人を結びつけ、今回の家出を引き起こさせたのだろう。でも、二人の思いは、だれもわかってあげられないように思えた。

 

 伊達は、そばをむしゃむしゃ食べながら、ぼんやり考え込んでいる沢富を見て、声をかけた。「おい、さっさと食べないか。お前はウシか」我に返った沢富は、子供のような笑顔を作って、エビ天にかぶりついた。口をもぐもぐさせながら、伊達にお願いした。「先輩、お願いがあります」伊達は、大好物のエビ天を食べて、なんとなく機嫌がよくなっていた。

「なんだ、金のことなら、お断りだ。安月給の公務員に、お金の話は、御法度だ。それ以外のことだったら、話してみろ」

 

 沢富は、正座して、マジな顔つきで話し始めた。「トバのことですが、許してあげてほしいのです。今回の家出は、アキちゃんのためです。とにかく、理由はともあれ、トバがやったことは、悪いことです。でも、何も言わず、許してあげてほしいのです。お願いします。土下座だったら、僕が代わって致します。どうかお願いします」突拍子もない話に伊達は、腰を飛び上がらせて驚いたが、そこまでお願いされれば、ウンと言わざるを得なかった。

 両手の指で頭をガシガシとかきむしった伊達は、怒鳴るように返事した。「分かった。クソガキめ、ウ~~~、許す」伊達には、沢富の真意が、よくわからなかったが、とにかく、許すことにした。「昼メシは、僕のおごりです。今夜は、パ~~~と行きましょう。もちろん、僕のおごりで」伊達は、ちょっと貸しを作ったようで、機嫌がよくなった。「そうか。まあ、サワが、そういうのなら、パ~~~と行くか」

 

自白

 

 家の中は、静まりかえっていた。アンナは、死にたい気持ちで体を起こすこともできず、昼食も喉を通らず、午前中から寝床に横たわっていた。午後5時を過ぎても亜紀は戻ってこなかった。アキからも、誘拐犯らしき人物からも、電話はなかった。さやかの不安は、ますます大きくなっていった。もし、このまま帰ってこなかったら、単なる家出ではないかもしれないと思えた。自殺していたらと思うと、もはや、じっとしていられなくなった。二人の刑事に電話し、今すぐにでも捜索願を出してもらおうかとも思ったが、やはり、必ず帰ってくる、と刑事が言ったことを信じ、9時まで待つことにした。

 

 ピースもスパイダーも朝からアキちゃんが姿を現さないことに戸惑いを見せていた。散歩にも行けず、家の中でじっとしていたスパイダーはイライラが募り限界が来ていた。「ちょっと、ピースさん、僕の散歩はどうなったんだろうね。アキちゃんは、いないし、ママは、寝込んでいるし、動物に冷たいチンチクリンは、タクちゃんにつきっきりだし、僕のことなんか、眼中にないみたいだ。ピースさんが、僕を散歩に連れて行ってくれないか。退屈で、死にそうだ」

 朝からずっと亜紀ちゃんにかまってもらえないのは、ピースもスパイダーも初めての経験で、これからずっと、亜紀ちゃんにかまってもらえなくなったらどうしようと不安になっていた。「アキちゃん、どこに行ったのかしら。こんなこと、初めてじゃない。こうなったら、黙って、散歩に行こうかしら。誰も、かまってくれないんだもの。しょうがないよね。スパイダー、ついておいで」

 

 ピースとスパイダーは、こっそりリビングのベランダから庭に出て行った。拓実を抱っこしてソファーに腰かけていたさやかは、そのことには気づかなかった。ピースとスパイダーが、通りに出ると公園の方角からカ~~カ~~とカラスの呼び声が響いてきた。風来坊の呼ぶ声だと気づいたピースとスパイダーは、公園に駆けて行った。スパイダーは、風来坊と話す気は毛頭なく、思いっきり元気よく公園を駆け回った。

 

後からちょこまかと駆けてきたピースは、ベンチにピョンと飛び乗り、顔を持ち上げ風来坊に声をかけた。「こんにちは、お元気でしたか?日が落ちるのが、早くなりましたね」ベンチ横の楠に止まっていた風来坊は、ベンチにフワッと飛び降りるとピースに返事した。「相変らず元気だよ。ところで、なんだね、今日は、祭日だというのに、アキちゃん見ないね。病気でもして、寝込んでいるのかい?」

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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