ガンプラの日

伊達は、鳥羽のことを考えれば考えるほどムカついてきた。「とにかくだな~、本当にアキちゃんを連れだしていたんなら、誘拐犯と同じだ。黙って連れ出し、母親に心配させたことは事実だ。警察は、全国に捜索願を出すところまで来ていた。はっきり言って、大人たちに対するイジメだ。数学の天才かもしれんが、オトナの常識ってもんがある。今回ばかりは、許せん。ボコボコにとっちめてやる。今に見ていろ」

 

 じっと聞いていた沢富は、伊達の気持ちはもっともだと思った。でも、どこか違うように思えて仕方なかった。今回の家出は、アキちゃんのためにやったに違いない。でも、どうして、黙って家を出たのか?その理由がどうしてもわからなかった。ヒントは、形見のガンプラにあるんじゃないかと思えた。机の上にガンプラを置いたのは、鳥羽ではないかと思えた。スイスポは、左のウィンカーを点滅させると無声庵と表示された案内板から左に折れて細い路地に入って行った。

 

 古民家風のお店に入ると沢富は、かつて美緒と一緒に食事した窓際のテーブルに歩いて行った。二人がテーブルに着くと即座に若作りのおばちゃんが、笑顔で注文を取りに来た。お品書きを伊達に手渡し、沢富は「エビ天セット」と言った。エビと聞いた伊達も大好物のエビ天セットを注文した。先ほどの伊達の怒りは、ただ事ではないと思い、鳥羽の弁護をすることにした。「先輩、そう、鳥羽を責めないでください。きっと、深いわけがあるんですよ。決して、悪気があって、アキちゃんを連れ出したんじゃないと思います」

 沢富の弁護を聞いて、ますます頭に血が上った。「あったりまえだ。悪気があってたまるものか。結果的に、迷惑をかけたんだ。ドゲザさせて、謝らせてやる。俺が、刑事じゃなかったら、ボコボコにしてやるんだが」沢富は、必死に考えて弁護を続けた。「ちょっと、待ってください。だから、トバには何か事情があったんです。アキバ行は、間違いなくアキちゃんのためなんです。そのことは、分かってあげてください」

 

 伊達は、腕組みをして窓の外を眺めた。「まあな、確かに、アキバ行は、アキちゃんのためだったろうよ。でもな、黙って出て行ったことは、許せん、と言ってるんだ。ちゃんと母親の承諾を取っていれば、こんな、警察沙汰には、ならなかったんだ。高校生ともあろうものが」伊達の言うことは、至極もっともだった。だからこそ、鳥羽が、黙って出て行ったことが不思議でならなかった。アキちゃんのことを本当に思っているのならば、母親の承諾を取って、気楽にアキバに行ったはずなのだが。いったいなぜ・・

 

 エビ天が運ばれてくると、伊達は、ガブッとエビ天にかみついた。きっと、むしゃくしゃしていたに違いなかった。伊達が、イラつくのは、当然だった。沢富は、そばを口に運びながら、形見のことを考えてみた。アキちゃんのためのアキバ行は、間違いないとして、そこでだが、そのアキちゃんのため、とはどういうことか?今までずっと、アキちゃんがアキバに行きたがっていたから、鳥羽が、アキちゃんをアキバに連れて行った、と考えていた。

 果たしてそうなのか?単にそうであれば、母親に黙ってアキバに行くことはない。黙って行けば、母親が心配することは、当然、鳥羽は予想できたはず。あえて黙って行ったということは、“母親に心配させること”が、真の目的だったと言えないか?鳥羽は、心配する母親の姿を亜紀ちゃんに見せることによって、“ママ母の愛情”を知らせたかったのではなかろうか?こう考えられなくもなかったが、男子高校生が、このような込み入ったことを考えて、実行するだろうか?

 

 もはや、警察沙汰になった今、鳥羽は、非難の的になっている。母親からも警察からもボコボコにやられるかもしれない。聡明な鳥羽が、こんな危険な状態を自ら作り出すだろうか?もし、警察沙汰も予測した行為であれば、なぜ、こんなにも自分に不利になる行為をしでかしたのか?ここまで考えてみると、どうやら、鳥羽とアキちゃんに共通する異様な影が、ヒントになっているような気もする。沢富は、さやかが言っていたことを思い出しながら考えた。

 

アキちゃんは、4歳のころに、2歳の弟をなくし、しかも、母親は失踪している。鳥羽はどうなのか?もしかすると、鳥羽も子供のころに母親が失踪していたのではないだろうか?そうであれば、二人とも、子供のころに、母親に捨てられたことになる。言い方を変えれば、どちらの母親も、子供に黙って、家出したことになる。そう考えると、鳥羽の取った行為が分からなくもない。

もし、仮に、そのことが事実だとすれば、鳥羽は、母親を憎んでいるかもしれない。一方、母親への強い思いもあるはず。きっと、鳥羽には、自分ではどうすることもできない、母親への憎悪と愛があるに違いない。だから、こんなバカげた家出をしでかしたのかもしれない。鳥羽とアキちゃんに共通する心の奥底にある母親への憎しみと愛が、二人を結びつけ、今回の家出を引き起こさせたのだろう。でも、二人の思いは、だれもわかってあげられないように思えた。

 

 伊達は、そばをむしゃむしゃ食べながら、ぼんやり考え込んでいる沢富を見て、声をかけた。「おい、さっさと食べないか。お前はウシか」我に返った沢富は、子供のような笑顔を作って、エビ天にかぶりついた。口をもぐもぐさせながら、伊達にお願いした。「先輩、お願いがあります」伊達は、大好物のエビ天を食べて、なんとなく機嫌がよくなっていた。

「なんだ、金のことなら、お断りだ。安月給の公務員に、お金の話は、御法度だ。それ以外のことだったら、話してみろ」

 

 沢富は、正座して、マジな顔つきで話し始めた。「トバのことですが、許してあげてほしいのです。今回の家出は、アキちゃんのためです。とにかく、理由はともあれ、トバがやったことは、悪いことです。でも、何も言わず、許してあげてほしいのです。お願いします。土下座だったら、僕が代わって致します。どうかお願いします」突拍子もない話に伊達は、腰を飛び上がらせて驚いたが、そこまでお願いされれば、ウンと言わざるを得なかった。

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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