ガンプラの日

 伊達は、話を続けた。「ということは、その鳥羽という高校生は、ガンプラファンで、最初は、一人で行こうと思ったが、アキバ観光を兼ねて、アキちゃんをガンプラエキスポに連れて行ったということだな」沢富は、ほんの少し首をかしげた。黄色から赤に変わった信号機に気づき、ブレーキをグイッと踏み込んだ。「僕も、最初は、そうじゃないかと思ったんです。でも、どうも、そうじゃないような気もするんです」

 

 伊達は、その理由を聞きたくなった。「それじゃ、逆に、アキちゃんが、鳥羽をアキバに誘ったというのか?」沢富は、ウ~~、とうなり、返事した。「思うに、鳥羽は、アキちゃんの持ってるガンプラが、弟の形見だと知らされていたんです。今日がガンプラエキスポの最終日なんですが、アキちゃんは、ガンプラエキスポ最終日のことを鳥羽に話したんじゃないかと思うのです。それを聞いた鳥羽は、アキちゃんの思いを叶えるために、アキバに連れて行ったんじゃないかと」

 

 伊達は、ホ~~とうなり、うなずいた。「なるほど、鳥羽は、ガンプラファンでもないのに、自分もガンプラファンであるかのように言って、アキちゃんをガンプラエキスポに誘ったということか。でも、黙って、行くことは、なかったんじゃないか。もう高校生なんだから、ちゃんと承諾をもらうべきじゃなかったのか。黙って出かければ、大騒ぎになることぐらいわかるだろ。間抜けな高校生だな~。今どきの高校生って、こんなもんか」

 沢富は、黙って出かけたことがどうも納得がいかなかった。伊達が言うように、黙って出かければ大騒ぎになることはわかりきっている。それにもかかわらず、なぜ、黙って出かけたのか?鳥羽という高校生は、数学の天才と聞いている。間抜けなはずがない、何か、考えがあったに違いない。「先輩、トバは、数学の天才です。間抜けじゃありませんよ。計算づくの行動ですよ。きっと、何か、考えがあって、黙って出て行ったんだと思います」

 

 伊達は、まったく納得がいかなかった。どんな考えがあるにしろ、ちょっとしたアキバへの外出なのに、そんなことも確認できず、もし、全国に捜索願を出していたなら、警察は笑いものになっている。その鳥羽という奴は、警察に恨みでもあるんじゃないかと思えてきた。「つまり、警察に捜索願を出させて、間抜けな警察、ザマ~ミロ、ってか。俺たちを笑いものにしようってことか?不定奴だ、イタズラにも、ほどがある。戻ってきたら、とっちめてやる」

 

 沢富は、小さく顔を振った。「そう考えられるかもしれません。中学生や高校生たちの警察や大人たちに対する理由なき反抗です。でも、トバ君に、普通の高校生とは何か違うものを感じるのです。よくわからないのですが、トバとアキちゃんには、なにかぼんやりとした同じような影が見えるんです。何かが共通しているような気がして。類(るい)をもって集まる、っていうじゃないですか」

 

伊達は、鳥羽のことを考えれば考えるほどムカついてきた。「とにかくだな~、本当にアキちゃんを連れだしていたんなら、誘拐犯と同じだ。黙って連れ出し、母親に心配させたことは事実だ。警察は、全国に捜索願を出すところまで来ていた。はっきり言って、大人たちに対するイジメだ。数学の天才かもしれんが、オトナの常識ってもんがある。今回ばかりは、許せん。ボコボコにとっちめてやる。今に見ていろ」

 

 じっと聞いていた沢富は、伊達の気持ちはもっともだと思った。でも、どこか違うように思えて仕方なかった。今回の家出は、アキちゃんのためにやったに違いない。でも、どうして、黙って家を出たのか?その理由がどうしてもわからなかった。ヒントは、形見のガンプラにあるんじゃないかと思えた。机の上にガンプラを置いたのは、鳥羽ではないかと思えた。スイスポは、左のウィンカーを点滅させると無声庵と表示された案内板から左に折れて細い路地に入って行った。

 

 古民家風のお店に入ると沢富は、かつて美緒と一緒に食事した窓際のテーブルに歩いて行った。二人がテーブルに着くと即座に若作りのおばちゃんが、笑顔で注文を取りに来た。お品書きを伊達に手渡し、沢富は「エビ天セット」と言った。エビと聞いた伊達も大好物のエビ天セットを注文した。先ほどの伊達の怒りは、ただ事ではないと思い、鳥羽の弁護をすることにした。「先輩、そう、鳥羽を責めないでください。きっと、深いわけがあるんですよ。決して、悪気があって、アキちゃんを連れ出したんじゃないと思います」

 沢富の弁護を聞いて、ますます頭に血が上った。「あったりまえだ。悪気があってたまるものか。結果的に、迷惑をかけたんだ。ドゲザさせて、謝らせてやる。俺が、刑事じゃなかったら、ボコボコにしてやるんだが」沢富は、必死に考えて弁護を続けた。「ちょっと、待ってください。だから、トバには何か事情があったんです。アキバ行は、間違いなくアキちゃんのためなんです。そのことは、分かってあげてください」

 

 伊達は、腕組みをして窓の外を眺めた。「まあな、確かに、アキバ行は、アキちゃんのためだったろうよ。でもな、黙って出て行ったことは、許せん、と言ってるんだ。ちゃんと母親の承諾を取っていれば、こんな、警察沙汰には、ならなかったんだ。高校生ともあろうものが」伊達の言うことは、至極もっともだった。だからこそ、鳥羽が、黙って出て行ったことが不思議でならなかった。アキちゃんのことを本当に思っているのならば、母親の承諾を取って、気楽にアキバに行ったはずなのだが。いったいなぜ・・

 

 エビ天が運ばれてくると、伊達は、ガブッとエビ天にかみついた。きっと、むしゃくしゃしていたに違いなかった。伊達が、イラつくのは、当然だった。沢富は、そばを口に運びながら、形見のことを考えてみた。アキちゃんのためのアキバ行は、間違いないとして、そこでだが、そのアキちゃんのため、とはどういうことか?今までずっと、アキちゃんがアキバに行きたがっていたから、鳥羽が、アキちゃんをアキバに連れて行った、と考えていた。

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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