天空の笑顔

お客は、心のわだかまりを吐き出したくなったのか、真剣な表情で話を続けた。「この場で話すようなことじゃないんですが、適当に聞き流していただけますか。親友が、ブラック企業の過重労働とパワハラに耐えかねて、昨年、投身自殺してしまったんです。こうなったのも、私の至らなさからんなんです。いくら悔やんでも、悔やみきれません」お客は、突然、両手で顔を覆った。投身自殺と聞いたドライバーは、昨年12月に起きたT大卒新入社員投身自殺の可哀そうなニュースを思い出した。

 

ルームミラーを見つめていたドライバーは、力強く甲高い声で励ました。「そんなに自分を責めては、ダメ。若者の自殺が増えているのは、知っています。でも、それは、本人が悪いんじゃないんです。政治なんです。みんなで力を合わせて、政治を変えていきましょう。亡くなられた方のためにも、生き残っている我々が闘うのです。頑張りましょう」うつむいたお客は、ア~~ア~~と泣き声を上げ、顔を激しく振り続けていた。

 

ドライバーは、この場をどうすればいいのかわからず、途方に暮れてしまったが、とにかく、大好きな森口の歌を歌うことにした。もっとうまくすきといえたなら、まぶしいきせつにきっとめぐりあえる、あめあがりのほどうあるきながら、かたからかけてくれたセーター、あなたのやさしさとてもうれしかった・・・・歌い終えると、チャットちゃんがかわいい声で100点と叫んだ。 

ドライバーの透き通った歌声で心が落ち着いたお客は、涙で化粧が崩れ、化け物のようになった顔をニョキョッと持ちあげた。「ごめんなさい、私って、泣き虫なんです。とっても、お上手ですね。あなた、どこかで、見たような?」お客は、ドライバーの顔をマジマジと見つめ、記憶をたどった。ポンと両手を合わせたお客は、クイズの答えを言うように、張りのある明るい声を発した。「あ、そう、あなた、カラオケ女王じゃない。きっと、そう」

 

泣いていたお客が、自分の歌で笑顔になってくれたと思うとほんの少し安心した。ドライバーは、お客と友達になれたようで、笑顔で即座に返事した。「はい、やっと、念願のカラオケ女王になれました。憶えていてくださって、光栄です」お客は、真っ赤なバラがプリントされたシルクのハンカチで涙をふき取り、大きくうなずいた。「イヤ~、こちらこそ光栄だわ。カラオケ女王の生歌が聞けるなんて、最高。あなた、もう少し、若かったら、アイドルデビューできたかもよ。残念だわ~」

 

痛いところを突かれたカラオケ女王は、カチンときたが、ここはグッと怒りを抑えて笑顔で返事した。「アイドルだなんて、歌が歌えるだけで、幸せなんです。好きな歌を歌い、お客さんには、ほめていただき、生まれてきて、よかったと思っています。それなのに、一流大学を出た優秀な方が自殺なされるなんて、本当に、悲しいです。いったい、今の社会、どうなっているのでしょう。もしかして、AIのせいでしょうか?」

お客は、親友の投身自殺を思い浮かべ、悲しそうな表情でうなずいた。「そうよね、たとえ、一流大学を出たとしても、どんなに知能をフル回転させても、AIには、かなわないのよ。もはや、知的仕事はAIが独占し、人権を叫ぶ人間は、単純作業をするだけ。だから、大学を出た優秀な若者でも、使い捨てにされてしまい、貧困難民になってしまうんだわ。ましてや、一流大学卒の知的女子なんって、パワハラ、セクハラの格好のマト。やはり、女子は、アイドルのようなおバカが一番ね」

 

上から目線で、アイドルをおバカと言ったお客に、さらにカチンときたが、落ち着いて、落ち着いて、とおまじないをかけると、ひろ子はすました顔で返事した。「先生のような優秀な女性がいるからこそ、女性の人権が守られているんだと思います。確かにAIが社会を変革しているとは思いますが、若者の夢を奪っているのは、資本家にシッポをフリフリする愚かな政治家だと思います。政治が変われば、きっと、労働形態も変わると思います。平和主義憲法を叩き潰すようなオジン政治家なんて、国民の敵です。先生、気を落とさずに、若者を幸せにする政治家になってください」

 

ゆり子は、与党の衆議院議員の父親を含め、平和主義日本国憲法を順守しない与党の政治家は大嫌いであった。軍国主義を推進するような政権が続くようであれば、自ら与党政治家になり、戦争大好き、お金大好き、権力大好き、女大好き、のオジン政治家の股間に蹴りを入れ、現与党をぶっ潰し、新与党を作りたいとも思った。このまま多国籍企業の言いなりになっていたら、貧困労働者は増大し、福祉国家は崩壊するように思えた。

「やっぱ、現政権が悪いのよね。いつの間に、こんな下品な政治家だらけになったのかしら。世界に誇る美しい日本文化も、世界平和を願う日本国憲法も、もう、おしまいね。そうよ、私のような平和主義憲法学者は失業よ。失業したら、どうしよ~~。あ~~、イヤになっちゃう。ところで、運転手さん、急に話は替わるんだけど、トモミの自殺のことなんだけどね、トモミは、殺されたってことはないかしら?トモミには、高校時代からの彼氏がいたし、その彼氏と結婚の約束までしてたのよ。そんなトモミが、自殺するかしら?どうも、腑に落ちないのよ。どう思われます?」

 

突然、疑問をぶつけられたドライバーは、キョトンとした顔で首をかしげた。「そういわれれば、腑に落ちませんね。女子って、結婚のためなら、どんな苦しみも乗り越えられるんじゃないかしら。でも、警察は、自殺と判断したわけだし、他殺と思わせるような状況証拠もないんでしょ。チャットちゃんに聞いてみる?」チャットちゃんに相談してみてはと問いかけられたゆり子は、プライドを傷つけられた感じだったが、人間以上に賢いAIの意見に興味がわいた。

 

「チャットちゃんって、どんなことでも答えてくれるの?確かに記憶力はいいと思うんだけど、推論力もいいのかしら?」ドライバーは、ドヤ顔で返事した。「チャットちゃんは、バリ賢いんだから。あらゆる科学データーの記憶だけでなく、作詞、作曲、戯曲、推理小説までも書けるの。驚くなかれ、人間でも難しい推論もできちゃうんだから。でも、AIは、与えられた具体的な情報をもとに推論するから、チャットちゃんに他殺かどうかの推論をさせるには、トモミさんに関する具体的な情報を入力しないとダメだけどね」

春日信彦
作家:春日信彦
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