謎の鉄拳女子

 お菊さんは、ますます笑顔になって話し始めた。「これは、面白くなってきたじゃない。坊ちゃんの後輩ってわけね。でも、女子学生に殴られたとあっては、警察も恥ってところじゃない」大きくうなずいたコロンダ君は、同意の返事をした。「そうなんですよ。確かに、警察官に傷害をおわせたことは罪なんですが、警察としても、女子学生に殴られたとなると面目丸つぶれでしょ。そこで、この事件を表ざたにしたくないらしいのです。当然、大学側も同じなんですが」

 

 お茶を一口すすったお菊さんが、うなずき返事した。「その女子学生にあっぱれと言いたいところだけど、傷害をおわせたとなれば、厳重注意ぐらいでは、すまないわね。何らかの処罰を与えなければ、示しがつかないでしょう」コロンダ君は、即座に答えた。「そこなんです。彼女は、8月末までの停学処分を受けたそうなんですが、もしかすると、退学になっているかもしれませんね。なんだか、かわいそうになって」

 

 お菊さんも目じりを下げて悲壮な顔つきになった。「そうね、とっさに身を守ろうとして、殴ったんだろうけど、運が悪かったわね。その女子学生って、どこの出身かしらね。沖縄かしら?」コロンダ君は、左手のひらを顎の下に当てるとゆっくり話し始めた。「聞くところによると、ほら、一緒に観光旅行したでしょ、博多の近くの糸島、あの田舎だそうです。もう、郷里に帰っているかもしれませんね。沖縄で傷害事件を起こし、停学処分になったと知った親御さんは、気絶して、泡を吹いたかもしれませんね」

お菊さんは、評論家のように冷たい口調で話し始めた。「闘うのもいいけど、暴力はよくないわ。野性的な九州男児は、カッコイ~と思うけど、女子はやっぱ、上品じゃなくっちゃね。田舎の女子は、下品ってことね。坊ちゃんも、よ~く、考えなさいよ。結婚するんだったら、京女にしなさい。素敵なお嬢様を紹介するから、一度、お見合いをしてみてはどうです。お菊のいう通りにしていたら、間違いないんですから。坊ちゃん」

 

 我田引水のお菊さんは、いつものようにお菊ワールドにコロンダ君を引っ張り込もうとしたが、今回ばかりは、気合を込めて抵抗した。コロンダ君は、強い口調で脱線した話を元に戻した。「お菊さん、僕のことは、もう、ほっといてください。かわいそうじゃないですか。警察も強引なことをするから、住民たちと争いが起きるのです。政府は、とことん親身になって、住民たちと話し合うべきなんです。彼女は、まったく悪くありません。僕は、学部長に直談判します。彼女を救ってやらないと、かわいそすぎます。そう思いませんか、お菊さん」

 

 小さくうなずいたお菊さんだったが、顔を小さく左右に振った。「確かに、ヘリパッド建設は、住民たちの気持ちを無視した政策のようにも思われます。でも、坊ちゃん、政府と対立するような事件には、首を突っ込まない方が身のためですよ。もう、れっきとした自民党の参議院議員なんです。ここで、ヘマをするとマスコミの餌食になりかねません。次の選挙のためにも、はやる気持ちをグッと抑えて、傍観するのが賢明です。見ざる言わざる聞かざる、っていうでしょ。いいですね」

 腕組みをしてうつむいたコロンダ君は、じっと目を閉じ、しばらく、考え込んだ。ひょいと顔を持ち上げると目を吊り上げて押さえこんでいた気持ちを吐き出した。「その通りです。万が一、マスコミに嗅ぎつけられれば、おやじにも、自民党にも、迷惑がかかるかもしれません。でも、僕は、政治家生命をかけて、彼女を救いたいと思います。分かってください、お菊さん」

 

大変なことになったと血相を変えたお菊さんは、とっさに返事した。「坊ちゃん、気を落ち着けて。退学と決まったわけじゃないんでしょ。もう少し、様子を見てはいかがですか。坊ちゃんとは、何の関係もないんですから。強制排除しようとした警察官と座り込みをしていた女子学生との喧嘩は、世間では、笑い話のような話題かもしれませんが、沖縄の米軍基地の問題は、現政権の存亡にかかわっているじゃありませんか。米軍基地建設反対に賛同するような態度を示せば、自民党から追放されるかもしれません。

 

お父様を悲しませるようなことは、おやめになってください。もっと、大人になってください。ご存知でしょ、国会議員は、かつてない以上に監視されていることを。マスコミに嗅ぎつけられでもしたら、それこそ、取り返しがつかないことになります。坊ちゃんだけでなく、お父様の政治生命も危ぶまれることになりかねないんですよ。坊ちゃん、早まったことは、なさらないでください。お願いです」

 

お菊さんの言っていることは、まったく現実を見つめた意見だった。しかし、それでも、コロンダ君の気持ちは変わらなかった。確かに、無関係な女子学生の傷害事件に国会議員が口をはさむなんて、非常識極まりない。でも、万が一、退学にでもなれば、もはや取り返しがつかなくなる。また、彼女が子供のころから見続けてきた夢も失われることになる。そう考えると、引き下がるわけにはいかなかった。「お菊さんの気持ちは、わかります。でも、今回ばかりは、引き下がるわけには、まいりません」

 

コロンダ君の決意に負けたお菊さんは、がっかりした声で助言をした。「分かりました。坊ちゃんの好きなようにやってください。でも、決して、ことを荒立てないように、失礼がないように、くれぐれもお願いします。学部長は良識のある立派な教育者です。坊ちゃんが、誠意をもって心から懇願なされれば、きっと彼女の行く末を案じてくれるはずです。私にもお役に立てることがあれば、なんなりとお申し付けください」

 

コロンダ君は、父親を介して学部長と会うことにした。9月11日、学生が少ない日曜日の午後3時に学部長室で面会する約束を取り付けることができた。受付を通すと学生たちの注意をひかないように、ちょっとうつむいて足早に学部長室に向かった。学部長室のドアをコンコンとノックすると、物静かな声の返事があった。「どうぞ」その返事を確認したコロンダ君は、ドアを静かに開けお辞儀をするとゆっくりと足を進めた。二人が重厚なブラウンのソファーに腰を落とすと早速学部長が話を切り出した。

春日信彦
作家:春日信彦
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