謎の鉄拳女子

ゆっくり腰を下ろし正座したお菊さんは、コロンダ君の前に静かに湯呑を差し出すと玉露茶を静かに注いだ。そして、自分の湯呑にもお茶を注ぐと茶道の心得があるお菊さんは、すました顔で湯呑をそっと持ち上げ左手を湯呑の底に添えると、目を細めてほんの少しすすった。湯呑を茶たくに静かに置くと声をかけた。「それではお伺いいたしましょうかね。坊ちゃんの腰を抜かすという特ダネとやらを。期待は、しておりませんけど。さあ、どうぞ」

 

眉間にしわを寄せたコロンダ君も、一口お茶をすすり、大きく深呼吸をした。目をパチクリさせたコロンダ君は、お菊さんの目をじっと見つめ話し始めた。「この話は、例のA新聞記者から極秘に入手したもので、まだ、マスコミも報道していない情報です。今、沖縄の東村高江(ひがしそんたかえ)で住民たちによるヘリパッド建設反対がなされているでしょ。住民たちは、工事車両を通さないため座り込みをしているんですが、警察官が抵抗する彼らを強制排除している最中に、大事件が起きたんですよ」

 

 その事件は、ツイッターで頻繁に流れていたので、お菊さんも承知していた。「知ってますとも。警察官が、座り込みをしていた女性を排除するときに胸やお尻を触って、痴漢まがいなことをしたとか、しなかったとか」神妙な顔をしたコロンダ君は、話を続けた。「まあ、ちょっと関係があるんですが、なんと驚くなかれ、座り込みをしていた可愛い女子学生が、彼女を排除しようとした二人の警察官を殴り倒したらしいんです」

 お菊さんは、大きく目を見開いて、歓喜の声を上げた。「やるじゃない。あっぱれ。見上げたもんだわ。下品な行為だけど、今の女子は、そのくらい、強くなくっちゃね。別に、驚くことじゃ~ないんじゃない。ほんと、坊ちゃんの話は、つまんないんだから。どこが特ダネよ。女子ってのは、身体を触られると、防衛本能が働いて、凶暴になるものなのよ。よ~~く、憶えときなさい。くれぐれも、坊ちゃんも、殴られないようにね」

 

 コロンダ君は、あきれた顔で話を進めた。「僕のことは、どうでもいいのです。その女子ってのは、ハンパなく、強かったんです。殴られた警察官は、柔道三段と剣道二段だったんですが、なんと、柔道三段の警察官は、パンチを食らった上に、股間を蹴り上げられてのたうちまわり、剣道二段の警察官は前歯二本をへし折られたそうなんです。周りにいた観衆から、沖縄のジャンヌダルク、って叫ばれて、拍手喝采だったそうです」

 

 クスクスと笑い始めたお菊さんが、笑顔で話し始めた。「それは、ますます、あっぱれじゃない。その女子学生のサインをもらいたいぐらいだわ。どこの学生さんかしらね」腕組みをしたコロンダ君は、苦虫をつぶしたような顔でトーンを落とした声で話し始めた。「それがですね、T大学の学生らいいのです。今、大学では、彼女の傷害事件のことで大問題になっているそうです。なんせ、米軍基地建設反対運動のさなかに起きた傷害事件ですからね」

 お菊さんは、ますます笑顔になって話し始めた。「これは、面白くなってきたじゃない。坊ちゃんの後輩ってわけね。でも、女子学生に殴られたとあっては、警察も恥ってところじゃない」大きくうなずいたコロンダ君は、同意の返事をした。「そうなんですよ。確かに、警察官に傷害をおわせたことは罪なんですが、警察としても、女子学生に殴られたとなると面目丸つぶれでしょ。そこで、この事件を表ざたにしたくないらしいのです。当然、大学側も同じなんですが」

 

 お茶を一口すすったお菊さんが、うなずき返事した。「その女子学生にあっぱれと言いたいところだけど、傷害をおわせたとなれば、厳重注意ぐらいでは、すまないわね。何らかの処罰を与えなければ、示しがつかないでしょう」コロンダ君は、即座に答えた。「そこなんです。彼女は、8月末までの停学処分を受けたそうなんですが、もしかすると、退学になっているかもしれませんね。なんだか、かわいそうになって」

 

 お菊さんも目じりを下げて悲壮な顔つきになった。「そうね、とっさに身を守ろうとして、殴ったんだろうけど、運が悪かったわね。その女子学生って、どこの出身かしらね。沖縄かしら?」コロンダ君は、左手のひらを顎の下に当てるとゆっくり話し始めた。「聞くところによると、ほら、一緒に観光旅行したでしょ、博多の近くの糸島、あの田舎だそうです。もう、郷里に帰っているかもしれませんね。沖縄で傷害事件を起こし、停学処分になったと知った親御さんは、気絶して、泡を吹いたかもしれませんね」

お菊さんは、評論家のように冷たい口調で話し始めた。「闘うのもいいけど、暴力はよくないわ。野性的な九州男児は、カッコイ~と思うけど、女子はやっぱ、上品じゃなくっちゃね。田舎の女子は、下品ってことね。坊ちゃんも、よ~く、考えなさいよ。結婚するんだったら、京女にしなさい。素敵なお嬢様を紹介するから、一度、お見合いをしてみてはどうです。お菊のいう通りにしていたら、間違いないんですから。坊ちゃん」

 

 我田引水のお菊さんは、いつものようにお菊ワールドにコロンダ君を引っ張り込もうとしたが、今回ばかりは、気合を込めて抵抗した。コロンダ君は、強い口調で脱線した話を元に戻した。「お菊さん、僕のことは、もう、ほっといてください。かわいそうじゃないですか。警察も強引なことをするから、住民たちと争いが起きるのです。政府は、とことん親身になって、住民たちと話し合うべきなんです。彼女は、まったく悪くありません。僕は、学部長に直談判します。彼女を救ってやらないと、かわいそすぎます。そう思いませんか、お菊さん」

 

 小さくうなずいたお菊さんだったが、顔を小さく左右に振った。「確かに、ヘリパッド建設は、住民たちの気持ちを無視した政策のようにも思われます。でも、坊ちゃん、政府と対立するような事件には、首を突っ込まない方が身のためですよ。もう、れっきとした自民党の参議院議員なんです。ここで、ヘマをするとマスコミの餌食になりかねません。次の選挙のためにも、はやる気持ちをグッと抑えて、傍観するのが賢明です。見ざる言わざる聞かざる、っていうでしょ。いいですね」

春日信彦
作家:春日信彦
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