謎の鉄拳女子

お菊さんは、大げさなビッグニュースを心弾ませ聞くのだったが、聞いてみるとまったく取るに足らないちっぽけな話で、いつもがっかりさせられていた。お菊さんは、軽蔑の眼差しで静かにコロンダ君の前に正座するとさらなる嫌味を発した。「何が、一大事件ですか。坊ちゃんは、世間知らずですから、何から何まで、一大事件なんです。AIがプロ棋士に勝ったとか。3.11は人工地震だったとか。金メダルは、銀メダルに金メッキだったとか。T大が、地下で原爆を作っていたとか。まあ、そんなところでしょ」

 

 バカにされたコロンダ君は、この特ダネを話すのをやめようかとも思ったが、このまま黙っていると寝言で叫んでしまうような気がして、やっぱ、話すことにした。今のところ、マスコミも口封じされている情報で、それほど世間をにぎわせるチョ~特ダネだった。「お菊さん、まあ、そう、僕をいじめないでくださいよ。確かに、僕は、世間知らずです。でも、今回ばかりは、本当に、腰を抜かすほどの特ダネなんです」

 

 まったく信用していないお菊さんは、「もう、そのセリフ、耳にタコができるほど聞きました。まあ、退屈しのぎに、お茶でも、飲んで、その特ダネというのやらをお聞きいたしましょう」と言い終えると、すっと立ち上がり、部屋を出て行った。しばらくすると、輪島塗の金粉がちりばめられた丸いお盆を殿様に差し上げるかのように胸の高さに据えて厳かに運んできた。そのお盆の上のブルーを基調とした深川製磁の急須と二つの湯のみ茶碗は、美しさを競い合い、自分の出番を待っているかのように思われた。

ゆっくり腰を下ろし正座したお菊さんは、コロンダ君の前に静かに湯呑を差し出すと玉露茶を静かに注いだ。そして、自分の湯呑にもお茶を注ぐと茶道の心得があるお菊さんは、すました顔で湯呑をそっと持ち上げ左手を湯呑の底に添えると、目を細めてほんの少しすすった。湯呑を茶たくに静かに置くと声をかけた。「それではお伺いいたしましょうかね。坊ちゃんの腰を抜かすという特ダネとやらを。期待は、しておりませんけど。さあ、どうぞ」

 

眉間にしわを寄せたコロンダ君も、一口お茶をすすり、大きく深呼吸をした。目をパチクリさせたコロンダ君は、お菊さんの目をじっと見つめ話し始めた。「この話は、例のA新聞記者から極秘に入手したもので、まだ、マスコミも報道していない情報です。今、沖縄の東村高江(ひがしそんたかえ)で住民たちによるヘリパッド建設反対がなされているでしょ。住民たちは、工事車両を通さないため座り込みをしているんですが、警察官が抵抗する彼らを強制排除している最中に、大事件が起きたんですよ」

 

 その事件は、ツイッターで頻繁に流れていたので、お菊さんも承知していた。「知ってますとも。警察官が、座り込みをしていた女性を排除するときに胸やお尻を触って、痴漢まがいなことをしたとか、しなかったとか」神妙な顔をしたコロンダ君は、話を続けた。「まあ、ちょっと関係があるんですが、なんと驚くなかれ、座り込みをしていた可愛い女子学生が、彼女を排除しようとした二人の警察官を殴り倒したらしいんです」

 お菊さんは、大きく目を見開いて、歓喜の声を上げた。「やるじゃない。あっぱれ。見上げたもんだわ。下品な行為だけど、今の女子は、そのくらい、強くなくっちゃね。別に、驚くことじゃ~ないんじゃない。ほんと、坊ちゃんの話は、つまんないんだから。どこが特ダネよ。女子ってのは、身体を触られると、防衛本能が働いて、凶暴になるものなのよ。よ~~く、憶えときなさい。くれぐれも、坊ちゃんも、殴られないようにね」

 

 コロンダ君は、あきれた顔で話を進めた。「僕のことは、どうでもいいのです。その女子ってのは、ハンパなく、強かったんです。殴られた警察官は、柔道三段と剣道二段だったんですが、なんと、柔道三段の警察官は、パンチを食らった上に、股間を蹴り上げられてのたうちまわり、剣道二段の警察官は前歯二本をへし折られたそうなんです。周りにいた観衆から、沖縄のジャンヌダルク、って叫ばれて、拍手喝采だったそうです」

 

 クスクスと笑い始めたお菊さんが、笑顔で話し始めた。「それは、ますます、あっぱれじゃない。その女子学生のサインをもらいたいぐらいだわ。どこの学生さんかしらね」腕組みをしたコロンダ君は、苦虫をつぶしたような顔でトーンを落とした声で話し始めた。「それがですね、T大学の学生らいいのです。今、大学では、彼女の傷害事件のことで大問題になっているそうです。なんせ、米軍基地建設反対運動のさなかに起きた傷害事件ですからね」

 お菊さんは、ますます笑顔になって話し始めた。「これは、面白くなってきたじゃない。坊ちゃんの後輩ってわけね。でも、女子学生に殴られたとあっては、警察も恥ってところじゃない」大きくうなずいたコロンダ君は、同意の返事をした。「そうなんですよ。確かに、警察官に傷害をおわせたことは罪なんですが、警察としても、女子学生に殴られたとなると面目丸つぶれでしょ。そこで、この事件を表ざたにしたくないらしいのです。当然、大学側も同じなんですが」

 

 お茶を一口すすったお菊さんが、うなずき返事した。「その女子学生にあっぱれと言いたいところだけど、傷害をおわせたとなれば、厳重注意ぐらいでは、すまないわね。何らかの処罰を与えなければ、示しがつかないでしょう」コロンダ君は、即座に答えた。「そこなんです。彼女は、8月末までの停学処分を受けたそうなんですが、もしかすると、退学になっているかもしれませんね。なんだか、かわいそうになって」

 

 お菊さんも目じりを下げて悲壮な顔つきになった。「そうね、とっさに身を守ろうとして、殴ったんだろうけど、運が悪かったわね。その女子学生って、どこの出身かしらね。沖縄かしら?」コロンダ君は、左手のひらを顎の下に当てるとゆっくり話し始めた。「聞くところによると、ほら、一緒に観光旅行したでしょ、博多の近くの糸島、あの田舎だそうです。もう、郷里に帰っているかもしれませんね。沖縄で傷害事件を起こし、停学処分になったと知った親御さんは、気絶して、泡を吹いたかもしれませんね」

春日信彦
作家:春日信彦
謎の鉄拳女子
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