天の川

天使は、他人事と思って、気楽なことを言ってくれるじゃない。簡単に好きだった男子を忘れることができるぐらいだったら、憎んだりしないわよ。やっぱ、天使は、男子の味方ね。女子の気持なんか、わかんないってこと。でも、確かに、憎むってのは、よくないような気がする。憎めば憎むほど、自分が嫌になるし、落ち込んでしまう。早い話、ゆう子は、意気地なしで、臆病者ってこと。恋愛ができないダメ女子ってこと。

 

Don’t blame yourself. そういわれても、ゆう子の現実だもの。どうしようもないんじゃない。あいつを憎み続けて、いつの間にか、おばあちゃんになるのかも。そういえば、百人一首にあったような。小野小町の歌だっけ。花の色は 移りにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせし間に あ~~あ、こんな歌を思い出すなんて、絶望的じゃない。バッカみたい。ゆう子は、何歳よ。恋は、これからなのよ。

 

Love me little, love me long. それって何よ。ことわざにあったような?小さな恋を大切に、根気よく、育てなさいってことかな。まあ、わかんないこともないけど。小さな恋ね。あのブサイクのことを言ってるんじゃないでしょうね。でもね~、ちょっと、今一つじゃない。ゆう子のタイプじゃないと思うんだけど。ブサイクの顔を見てると、吹き出したくなるのよ。もう、笑いが込み上げてきた。

Love covers many infirmities. それは知ってるわよ。Love is blind. ってことでしょ。あばたもえくぼ、っていうからね。でも、ブサイクがイケメンに見えることはないと思うんだけど。でも、ゆう子さんは、ブサイクのことが気になっているでしょ。そのうち、ブサイクがイケメンに見えてくるかも。ブサイクは、ゆう子さんのことを心から好きみたいじゃないですか。彼の思いは、ゆう子さんの心の中に次第に侵入していますよ。Love begets love.

 

え~~~、そんな~~、次第にブサイクが好きになるっていうの。まさか~~。ゆう子の好みじゃないって言ったでしょ。Maid says nay and take it. え、そこまで言う。それはないわよ。でも、実際、かなり、ブサイクのこと気にしてるわね。確かに、ブサイクのことを好きだとは思ったことはないけど、ブサイクは、いやなことを忘れさせてくれる不思議な力を持ってるような気がする。男子って、顔じゃないってこと?

 

Never judge from appearances. まあ、そういうけど。やっぱ、ルックスが気になるし。優しいのは、よくわかるけど、あそこまで崩れてるとね~、ちょっと。ブサイクか~~。天子さん、なんだか、少し気分が晴れてきたみたい。とにかく、思い切って、勇気を出して、恋愛をすることよね。男子のことなんて、何にもわかってないくせに、生意気言って、ごめんなさい。ゆう子って、こんな女子。いつも、ありがとう。

愛の説教

 

安田も無事F大学商学部に合格し、心に余裕ができたのかしばらくやめていた写真を撮り始めていた。鳥羽は、安田の部屋に呼ばれ、被写体としてポーズをとっていた。安田は、高校2年生の時までは、親の整備工場の跡を継ぐ覚悟だったが、高校3年の夏休みにリノと再会し、リノを好きになり、気持ちが急変した。安田は、自分以上に車いじりが好きな弟に家業の跡継ぎを任せることにした。そして、リノの願いをかなえるべく指原家の養子に入る決意をした。

 

安田とリノは、大学卒業後、結婚する約束を交わしていた。そのことは、二人だけの秘密で、鳥羽にも内緒にしていた。安田がゆう子と同じF大学に進学したと知った時、鳥羽は、目を丸くして驚いた。安田は整備士の資格を取るために自動車の専門学校に進学すると思っていたからだ。ゆう子の学生生活が気になっていた鳥羽は、安田からゆう子のことを聞き出そうと安田のモデルを快く応じていた。

 

筋肉美を数枚撮り終えた安田は、鳥羽に休憩を指示した。いつものように、渋い顔の安田は白の椅子に腰かけ、休憩を待ちかねていた鳥羽は青の椅子に腰かけた。腰かける否や鳥羽は、安田に声をかけた。「先輩、大学生活はどうですか?」一人の世界に入り込んだ安田は、渋い顔をして、フレッジにゆっくり歩いて行った。500ミリリットルのアクエリアスのペットボトルを二本ぶら下げて、白い椅子に戻ってくると、一本を鳥羽に手渡した。

「いただきます」ペットボトルを手に取った鳥羽は、キャップをひねり取り、胃の中に放り込むように、ゴクゴクと喉を鳴らし、冷たいアクエリアスを流し込んだ。安田は、何か考え込んだような表情で、ゆっくり喉を冷やすように飲んだ。「どうも、今一つだな~。最近、マンネリ化して、陳腐な作品ばかりだ。もっと、斬新な、あっと言わせるような、前衛的な、そんなのがほしいんだが。やっぱ、俺には、才能がないってことかな~」

 

付き合いでポーズをとっているだけのモデルでしかない鳥羽にとって、写真の芸術性などはどうでもよかった。それより、ゆう子のことが気になっていた。「先輩、ゆう子先輩とは、たまには会いますか?」安田は、まったく意表を突いた質問に面食らった。「え、ゆう子?会うわけ、ないだろう。彼女じゃあるまいし。お前は、わけのわからん、やっちゃ。ゆう子のこと、まだ、思ってるのか。いい加減に、あきらめろ。お前の狙う相手じゃない」

 

鳥羽は、グサッと来たが、それでも、食い下がった。「いや、まあ。それは、分かっています。でも、ゆう子姫を一生お守りしたいんです。だから、まあ。ゆう子姫になにか、変な虫がつかないかと思って。やっぱ、なんといっても、グラドルですから、気になるんです。できれば、時々会って、様子を聞いてきてもらえませんか?」あまりにもバカげたお願いに、吹き出しそうになったが、ちょっと先輩ぶって、お説教してやることにした。

 

春日信彦
作家:春日信彦
天の川
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