ライバル

アンナは、目じりを下げて質問した。「どこにあるのよ、そのオバカなお嬢様大学って」さやかは、即座に笑顔で答えた。「ほら、あるじゃない。中洲産業大学ってのが。ここだったら、バレっこないわ。ほら、ここの大学からは、有名な漫才師や女子アナを輩出しているじゃない。こうなったら、亜紀のために嘘を突き通すのよ。オバカな冗談を連発すれば、きっと、世間知らずのママたちは信じるわよ」

 

アンナの気持は、まったく晴れなかったが、中卒とだけは亜紀のためにも言いたくなかった。「こうなったら、破れかぶれよ。亜紀のために、中州産業大学で、漫才師を目指していたと、ママたちに言いふらすとするか。これだったら、亜紀も納得してくれるかも。そうだ、相方は、さやかってことにしておこう。いつでも、漫才を披露できるし。いいわね、さやか」

 

さやかは、漫才師の相方にされては、ボロが出るように思えたが、とにかく、アンナを元気付けるために一肌脱ぐことにした。「アンナ、こうなったら、亜紀のために頑張るのよ。どんなにオバカなアンナでも、漫才で笑いを取れば、きっと、ママたちもバカにはしないわよ。いざとなれば、さやかも、一肌脱ぐから。亜紀が帰ってきたら、早速、このことを話すといい。アンナの気持ちは、必ず、亜紀に伝わるわ」

ノッポとチビ

 

亜紀は入学してから地下鉄で帰宅していたが、3月の終わりごろから、秀樹のお抱え送迎車で秀樹と一緒に帰宅していた。秀樹の父親は、事実かどうか確かめたわけではなかったが、もしかして亜紀が本当に桂会長の孫ではないかと憶測し、秀樹の将来の出世を考えて、運転手に亜紀を自宅に送るよう命じたのだった。今日は、いつもより早く、午後2時前にシルバーのベンツS550が静かに止まった。ベンツを降りた亜紀は、家の前の駐車場に止めてあるピンクのスズキラパンに目をやった。「あら、ピンクのラパン、お客さんかな~?」

 

いつもより早いと思ったが、アンナは聞きなれたエンジン音に気づき玄関から飛び出した。アンナの耳は、エンジン音に関しては地獄耳だった。亜紀に駆け寄るといつものように秀樹と運転手にお礼を言って、深々と頭を下げた。亜紀は、気になっていたピンクのラパンについて尋ねた。「ママ、あのラパンは?」アンナは、ニコッと笑顔を作り、甲高い声で答えた。「サプライズよ。あのラパン、何と、さやかの車。驚き桃の木山椒の木。そうだ、運転手さん、秀樹君、ちょっとお茶でもいかがですか。アップルパイを作ったんです」

 

運転手は、公園のサクラを眺めると言ってお茶を断ったが、秀樹はお茶をよばれることにした。「坊ちゃんは、ご相伴に預かってください。その間、公園のサクラを見ながら、ぶらぶらしてますから」そういい終えると、白髪の運転手は、ソメイヨシノのサクラが満開に咲いた北側の公園に向かってトボトボと歩いていった。「秀樹君、さあ、どうぞ、どうぞ」さやかと再会できたことでチョ~ハイになっていたアンナは、いつも以上に秀樹に笑顔をふりまいた。キッチンでは、さやかが亜紀との再会を心待ちにしていた。

玄関のドアをズバッと開けるとアンナは、大きな声で叫んだ。「さやか~~、亜紀が帰ってきたわよ~~」ジャンプするようにビュンと跳び上がったさやかは、玄関にかけていった。一刻も早くさやかと会いたかった亜紀も、ポンポンと靴を脱ぎ散らかし、一目散にキッチンにかけていった。廊下で出くわした二人は、ドスンとぶつかり合って抱きしめあった。亜紀は、涙しながら力の限り抱きしめていた。「さやかオネ~ちゃん、会いたかった。もう、どこにも行っちゃいや。ずっといて」

 

さやかも亜紀をしっかり抱きしめ、答えた。「ごめんね、こんなに長く留守をして。もうしばらく我慢して。もうちょっとで、検査は終わるから。元気そうで、安心したわ」遅れて歩いてきた秀樹は、小学生のような小さなおばちゃんに明るい声で挨拶した。「こんにちは、秀樹と言います。よろしく」アンナは、秀樹の肩を押しながらキッチンに入り、秀樹を席に着かせた。「秀樹君、アップルパイとお茶をすぐに持ってくるから、そこのおばちゃんとお話をしていてちょうだい」

 

おばちゃんといわれたさやかは、ムカッと来たが、ちょっと大人びた笑顔で秀樹に挨拶した。「私は、さやかと言います。亜紀のオネ~さんみたいなものね。秀樹君は、亜紀のボーイフレンドね。亜紀ともども、よろしく」目の前にいる女性が若いのか年を食っているのかしばらく考えたが、まったく、年齢の見当がつかず、怪訝そうな顔で秀樹は返事した。「おばちゃんは、アンナお母様の妹さんですか?かなり身長が違いますね」

さやかは、おばちゃんと言われ、グサッと来たが、アンナの妹と言われたことで、ちょっとは許す気になった。「まあ、そんなところかな。私は、好き嫌いが激しかったから、背が伸びなかったみたいね。それに比べ、アンナは、好き嫌いがなくて、スポーツ大好き少女だったから、スクスクと大きくなったみたい。それと、おばちゃんじゃなく、これからは、さやかさんって、呼んでね」

 

秀樹は、二人を見比べ、ますます二人に興味がわいてきた。「さやかさんは、まだ学生ですか?高校生?それとも大学生?」学生と言われたさやかは、気絶しそうなほどうれしくなった。「あら、そんなに若く見える。大学を卒業したばかりよ」さやかは、うれしさのあまり、つい大学卒と嘘をついてしまった。間髪いれず、秀樹はどこの大学か尋ねた。「大学は、どちらですか?僕のママは、ケンブリッジ大学です」

 

さやかは、いやみな少年だと内心思ったが、ここで答えなければ、変なうわさを立てられると思いアンナと打ち合わせた大学名を告げた。「まあ、秀樹君のお母様のような名門大学じゃないけど、お嬢様が多い中洲産業大学よ。偏差値は低いけど、芸能人は結構出てるのよ」確かにこの大学は、多くのお笑い芸能人を輩出していたが、オバカ大学でも有名だった。そのことを知っていた秀樹は、ますます亜紀の家族に興味がわいた。

春日信彦
作家:春日信彦
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