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アンナは、口をゆがめて答えた。「最近、反抗的なのよ、亜紀ったら。とにかく、口ごたえが多くて、困ってるのよ。さやかから、何とか言ってくれない。それに、拓実にあまりかまわないように言ってよ。学校から帰ってくると、宿題もせずに、拓実にべったりくっついて、カラオケよ。お手伝いもしないのよ。さやかがいないと、この家族は、崩壊よ。さやかのせいよ」

 

帰ってくる前からアンナのノイローゼを心配していたが、アンナの苛立ちが尋常ではないことに気づき、どうにかしてあげないと、このままだと亜紀と拓実に八つ当たりするんじゃないかと不安になってきた。アンナは、いったんキレルと、歯止めきかなるところがあった。アンナは、子供っぽいところがあり、感情のセルフコントロールが苦手だった。アンナの口調から、すでにヤバイ状態になっていると感じ取られた。

 

「アンナ、イライラするのは、よくわかったわ。亜紀も、悪気はないのよ。きっと、拓実がかわいくて、ベタベタしてるんだわ。アンナが、拓実がかわいいように、亜紀にとっても、拓実がとてもかわいいのよ。そう、亜紀は、反抗期に入ったのよ。子供は、必ず、反抗期が来るの。アンナが嫌いってわけじゃなく、とにかく、周りの人とうまくやっていけないときがあるのよ。アンナにも、そういうときがあるじゃない。それなの」

さやかは、アンナの苛立ちの原因をうすうす感じ取っていた。それは、実子である拓実にベタベタする養子の亜紀に対する嫉妬ではないかと思った。そのことは、アンナには、言えなかった。もし、そのことを口にすれば、アンナの感情をますます混乱させるように思えた。女の嫉妬は、理性ではどうすることもできないものであることを理解していたさやかは、じっくりとアンナの気持を聞くことにした。そして、少しでも、気分を楽にしてあげようと思った。

 

血走った目つきのアンナは、口を尖らせて話し始めた。「でも、亜紀は、とにかく、異常よ。二人っきりで部屋にこもって、拓実とカラオケよ。私が入っていくと、拓実はレッスン中、ママは邪魔って言うのよ。頭がおかしいんじゃない。拓実は歌手になんかならなくていいのよ。そう、口癖のように拓実は女子よりかわいいから、きっと、アイドルになれるって言うのよ」

 

アンナの話を聞いていると、確かに亜紀は拓実に対する偏執的な行為を示しているように感じられたが、アンナにも、母親としての心の余裕がないように思われた。亜紀には、言葉では言い表せない、自責の念があると思われた。それは、不可抗力ではあったが、亜紀が5歳のときに2歳の実弟を餓死させたことだった。きっと、そのことが亜紀の拓実への偏執的な愛を生み出しているのではないかと思われた。

どうにかしてアンナの気持を落ち着かせなければ、ノイローゼがますますエスカレートしそうな雰囲気になっていた。さやかはアンナの相談に名案が浮かんだわけではなかったが、アンナに静かな声で話しかけた。「アンナ、あせっちゃダメ。拓実も亜紀も、アンナの子供じゃない。姉と弟の仲がいいことは、うれしいことよ。そうだ、今夜は、夜桜を見ながら、夕食というのはどう?アンナ、気分転換しなくっちゃ」

 

アンナは、憮然とした顔で答えた。「そうね、夜桜を見ながら、カラオケもいいかもね」さやかは、アンナの気持が少し晴れてきたようで少し安心したが、アンナは、さらに、重大な問題を話し始めた。「ほら、メールに書いていたでしょ。中卒のことだけど、どうすりゃいい?嘘は言いたくないし、かといって、憎たらしいあいつらに、中卒とは言いたくないし」アンナは、授業参観の日に、お母さんたちから出身大学を聞かれたのだった。

 

この学歴問題の発端は、亜紀と秀樹が、数学の平方根の話をしていたときのちょっとした質問だった。その質問とは、「平方根と大根、どっちがおいしいの?」と言う秀樹への質問だった。秀樹は、冗談だと思い、「その冗談、最高!」と言って笑い転げて帰ったが、秀樹は、家に帰るやいなや母親にアンナが言った冗談を話したのだった。そして、意地悪な秀樹の母親は、亜紀のママは吉本より面白いと、クラスの母親たちにアンナの冗談をラインで流し、笑いものにしたのだった。

もしかしたら、本当に数学の平方根のことを知らないのではないかと勘ぐり、秀樹の母親率いる意地悪な母親たちは、アンナの出身大学を授業参観の日に質問したのだった。アンナは、亜紀の面子もあるから、中卒とは言えず、その日は、オホホと気取った笑いでごまかし、さっさと逃げて帰った。さらに、意地悪な秀樹の母親は、子供を使ってアンナの出身大学を聞き出そうともした。質問された亜紀は、恥ずかしくて中卒とは言えず、それかといって、嘘もつきたくなかったので、「知らない」とそっけなく答えていた。

 

さやかは、アンナから相談を受けてから、ずっと考え続けたが、アンナの中卒の問題は、どんなに考えても名案が浮かばなかった。亜紀の学校は、インテリママの学校で、母親たちは、みんな一流大学卒だった。中には、ハーバード大学、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学など、超一流大学卒の母親たちもいた。クラスのボスである秀樹の母親は、ケンブリッジ大学院AI専攻を卒業した超秀才だった。さやかも、亜紀のてまえ、中卒とだけは言わないほうがいいと思っていた。

 

中卒のことで改めて相談されたさやかは、頭をかきむしり考え込んだ。中卒とは、口が裂けてもいえない。亜紀が、どんなイジメを受けるか知れたものじゃない。大卒と言えば、ボロが出るし、それかといって、中卒とはいえないし。突然、神のお告げがあったかのように、頭のスクリーンに漫才師のアンナが映し出された。さやかは、顔を持ち上げるとポンと手をたたき話し始めた。「こうなったら、破れかぶれよ。名門大卒は、無理だから、オバカなお嬢様が多い大学卒ってのは、どう。これだったら、オバカでもいいじゃない」

春日信彦
作家:春日信彦
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