ライバル

どうにかしてアンナの気持を落ち着かせなければ、ノイローゼがますますエスカレートしそうな雰囲気になっていた。さやかはアンナの相談に名案が浮かんだわけではなかったが、アンナに静かな声で話しかけた。「アンナ、あせっちゃダメ。拓実も亜紀も、アンナの子供じゃない。姉と弟の仲がいいことは、うれしいことよ。そうだ、今夜は、夜桜を見ながら、夕食というのはどう?アンナ、気分転換しなくっちゃ」

 

アンナは、憮然とした顔で答えた。「そうね、夜桜を見ながら、カラオケもいいかもね」さやかは、アンナの気持が少し晴れてきたようで少し安心したが、アンナは、さらに、重大な問題を話し始めた。「ほら、メールに書いていたでしょ。中卒のことだけど、どうすりゃいい?嘘は言いたくないし、かといって、憎たらしいあいつらに、中卒とは言いたくないし」アンナは、授業参観の日に、お母さんたちから出身大学を聞かれたのだった。

 

この学歴問題の発端は、亜紀と秀樹が、数学の平方根の話をしていたときのちょっとした質問だった。その質問とは、「平方根と大根、どっちがおいしいの?」と言う秀樹への質問だった。秀樹は、冗談だと思い、「その冗談、最高!」と言って笑い転げて帰ったが、秀樹は、家に帰るやいなや母親にアンナが言った冗談を話したのだった。そして、意地悪な秀樹の母親は、亜紀のママは吉本より面白いと、クラスの母親たちにアンナの冗談をラインで流し、笑いものにしたのだった。

もしかしたら、本当に数学の平方根のことを知らないのではないかと勘ぐり、秀樹の母親率いる意地悪な母親たちは、アンナの出身大学を授業参観の日に質問したのだった。アンナは、亜紀の面子もあるから、中卒とは言えず、その日は、オホホと気取った笑いでごまかし、さっさと逃げて帰った。さらに、意地悪な秀樹の母親は、子供を使ってアンナの出身大学を聞き出そうともした。質問された亜紀は、恥ずかしくて中卒とは言えず、それかといって、嘘もつきたくなかったので、「知らない」とそっけなく答えていた。

 

さやかは、アンナから相談を受けてから、ずっと考え続けたが、アンナの中卒の問題は、どんなに考えても名案が浮かばなかった。亜紀の学校は、インテリママの学校で、母親たちは、みんな一流大学卒だった。中には、ハーバード大学、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学など、超一流大学卒の母親たちもいた。クラスのボスである秀樹の母親は、ケンブリッジ大学院AI専攻を卒業した超秀才だった。さやかも、亜紀のてまえ、中卒とだけは言わないほうがいいと思っていた。

 

中卒のことで改めて相談されたさやかは、頭をかきむしり考え込んだ。中卒とは、口が裂けてもいえない。亜紀が、どんなイジメを受けるか知れたものじゃない。大卒と言えば、ボロが出るし、それかといって、中卒とはいえないし。突然、神のお告げがあったかのように、頭のスクリーンに漫才師のアンナが映し出された。さやかは、顔を持ち上げるとポンと手をたたき話し始めた。「こうなったら、破れかぶれよ。名門大卒は、無理だから、オバカなお嬢様が多い大学卒ってのは、どう。これだったら、オバカでもいいじゃない」

アンナは、目じりを下げて質問した。「どこにあるのよ、そのオバカなお嬢様大学って」さやかは、即座に笑顔で答えた。「ほら、あるじゃない。中洲産業大学ってのが。ここだったら、バレっこないわ。ほら、ここの大学からは、有名な漫才師や女子アナを輩出しているじゃない。こうなったら、亜紀のために嘘を突き通すのよ。オバカな冗談を連発すれば、きっと、世間知らずのママたちは信じるわよ」

 

アンナの気持は、まったく晴れなかったが、中卒とだけは亜紀のためにも言いたくなかった。「こうなったら、破れかぶれよ。亜紀のために、中州産業大学で、漫才師を目指していたと、ママたちに言いふらすとするか。これだったら、亜紀も納得してくれるかも。そうだ、相方は、さやかってことにしておこう。いつでも、漫才を披露できるし。いいわね、さやか」

 

さやかは、漫才師の相方にされては、ボロが出るように思えたが、とにかく、アンナを元気付けるために一肌脱ぐことにした。「アンナ、こうなったら、亜紀のために頑張るのよ。どんなにオバカなアンナでも、漫才で笑いを取れば、きっと、ママたちもバカにはしないわよ。いざとなれば、さやかも、一肌脱ぐから。亜紀が帰ってきたら、早速、このことを話すといい。アンナの気持ちは、必ず、亜紀に伝わるわ」

ノッポとチビ

 

亜紀は入学してから地下鉄で帰宅していたが、3月の終わりごろから、秀樹のお抱え送迎車で秀樹と一緒に帰宅していた。秀樹の父親は、事実かどうか確かめたわけではなかったが、もしかして亜紀が本当に桂会長の孫ではないかと憶測し、秀樹の将来の出世を考えて、運転手に亜紀を自宅に送るよう命じたのだった。今日は、いつもより早く、午後2時前にシルバーのベンツS550が静かに止まった。ベンツを降りた亜紀は、家の前の駐車場に止めてあるピンクのスズキラパンに目をやった。「あら、ピンクのラパン、お客さんかな~?」

 

いつもより早いと思ったが、アンナは聞きなれたエンジン音に気づき玄関から飛び出した。アンナの耳は、エンジン音に関しては地獄耳だった。亜紀に駆け寄るといつものように秀樹と運転手にお礼を言って、深々と頭を下げた。亜紀は、気になっていたピンクのラパンについて尋ねた。「ママ、あのラパンは?」アンナは、ニコッと笑顔を作り、甲高い声で答えた。「サプライズよ。あのラパン、何と、さやかの車。驚き桃の木山椒の木。そうだ、運転手さん、秀樹君、ちょっとお茶でもいかがですか。アップルパイを作ったんです」

 

運転手は、公園のサクラを眺めると言ってお茶を断ったが、秀樹はお茶をよばれることにした。「坊ちゃんは、ご相伴に預かってください。その間、公園のサクラを見ながら、ぶらぶらしてますから」そういい終えると、白髪の運転手は、ソメイヨシノのサクラが満開に咲いた北側の公園に向かってトボトボと歩いていった。「秀樹君、さあ、どうぞ、どうぞ」さやかと再会できたことでチョ~ハイになっていたアンナは、いつも以上に秀樹に笑顔をふりまいた。キッチンでは、さやかが亜紀との再会を心待ちにしていた。

春日信彦
作家:春日信彦
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