サンタの伝言

「亜紀ちゃん、風来坊さんを連れて、アメリカに行ってみようか。風来坊さんに、大統領の言葉をホワイトハウスのカラスさんたちに伝えてもらいましょうよ。それは、できるよね」亜紀は、しばらく考えて、返事した。「風来坊に聞いてみないと、わかんない」ひろ子もムキになってきた。「それじゃ、風来坊さんに聞いてみてよ。お願い」亜紀は、北向きの窓から公園を覗いた。「それじゃ、ちょっと、待ってて、公園に行ってみる」

 

亜紀は、お店のドアを勢いよく押し開け、かけて行った。10分ほどすると、亜紀は、息を切らせて戻ってきた。「お待たせ、お姉さん、オーケー。風来坊がついてきてくれるんだって。本当に、大統領が世界中の子供たちにプレゼントをすれば、カラスはみんなが喜ぶプレゼントに変身するんだってよ。アメリカにレッツゴー」ひろ子は、とんでもない展開になってしまったと思った。亜紀ちゃんは、アメリカ旅行をしたくて、こんな作り話をしているのではないか、とふとひろ子は思った。

 

ひろ子は、自分の浅はかさを反省した。亜紀の夢を壊さないようにひとまず退散することにした。「分かったわ。とにかく、大統領にこの話をしてみるわね。もし、大統領から、オーケーがもらえたら、アメリカに行きましょう」まさかこんな展開になるとは予想していなかったひろ子は、沢富刑事に相談することにした。早速、ひろ子は、沢富刑事に電話した。

おバカな刑事

 

 ひろ子は、土曜の午後7時に、伊達刑事のマンションで亜紀の話をすることになった。伊達刑事の左横にナオ子、沢富刑事の右横にひろ子が、テーブルを囲んでいた。三人は、ひろ子の話が始まるのをじっと固唾を呑んで待っていた。ひろ子は、大きく深呼吸して、口火を切った。「先日、亜紀ちゃんに会ってきました。亜紀ちゃんは、確かにカラスとお話ができるようです。でも、ちょっと、話が妄想的で、上手に話せないかもしれませんが、とにかく、亜紀ちゃんの言ったことをお話します」

 

 三人は、小さくうなずいた。「亜紀ちゃんには、白いカラスのお友達がいます。その白いカラスは、風来坊と言うそうです。亜紀ちゃんは、風来坊とお話しをして、ホワイトハウスのカラスのことを知ったと思われます。風来坊が、亜紀ちゃんに言った内容は、ホワイトハウスのカラスは、サンタのプレゼントだそうです。そして、それらのカラスは、大統領が世界中の子供たちにプレゼントをあげれば、みんなが喜ぶプレゼントに変身するそうです。つまり、大統領が、世界中の子供たちにプレゼントをあげれば、カラステロは、解決すると言うことです」

 

 三人は、きょとんとして、まったく言葉が出なかった。三人は、黙っていたが、沢富刑事が、質問した。「亜紀ちゃんは、普通の子供ですか?妄想癖のある子供じゃありませんか?」ひろ子は、何と言って返事していいか、困惑したが、素直な気持を述べた。「私も、最初は、子供の妄想だと思いました。でも、話をするにしたがって、亜紀ちゃんを疑えなくなってしまいました。亜紀ちゃんは、白いカラスを信じているみたいです。だから、純粋な目で、私を見つめるのです。そんな眼を見ていると、作り話はやめなさい、とはいえなくなりました」

三人は、目じりを下げて小さくうなずいた。しばらく沈黙が続き、伊達刑事は、少し冷めたお茶をすすった。伊達刑事は、静かに話し始めた。「ウム~~、何と言っていいか、妄想と言えばそれで片付くんだが、どうも後味が悪い。馬鹿なことをするようだが、この話を警察庁長官に話してみてはどうだろうか?」沢富刑事は、顔を引きつらせてしまった。「先輩、それは、ちょっと、刑事たるものが、子供の妄想を信じたとなると、今後の出世にひびくと思います。やめておいたほうがいいんじゃ」

 

 ナオ子も同感だった。「あなた、それだけはやめてください。出世どころか、刑事をクビになってしまいますよ。お願いですから、冷静になって、あなた」ひろ子もナオ子と同じだった。「今の話は、亜紀ちゃんの言ったことをそのまま、伝えたに過ぎません。子供の妄想を傷つけるのは、忍びないですが、だからといって、子供の妄想にそこまで付き合う必要はないと思います。こちらも、大統領に相談したところ、プレゼントは無理だった、と嘘を言えばいいと思います」

 

 目をつぶり腕組みをした伊達刑事は、静かに考え込んだ。三人は、伊達刑事をじっと見つめていた。大きく目を見開いた伊達刑事は、ニコッと笑顔を作って、低い声で話し始めた。「腹を決めた。俺は、刑事を辞める」ナオ子のヒャ~~~と言う悲鳴が部屋中に響き渡った。「あなた、なにを言っているか、分かっているの?冗談は、やめてください」沢富刑事も興奮して話し始めた。

「ちょっと、冗談がきついですよ。こんな話、この辺でやめましょう。亜紀ちゃんには、ひろ子さんから、上手に話してもらえばいいじゃなですか。だいの大人が、子供の妄想に踊らされるなんて、ばかげています、そうでしょ、ひろ子さん」ひろ子は沢富刑事に大きくうなずいた。「そうですとも、こんな話をした私もバカでしいた。子供の妄想を真に受けるなんて。妄想の話は、お仕舞いにしましょう」

 

 伊達刑事は、目を吊り上げ、さっと立ち上がった。そして、沢富刑事の前に立つとストンと腰を落とし土下座した。「頼む、お前から、警察庁長官に話してくれ。全責任は、俺が取る。俺は、亜紀ちゃんを信じる。頼む、この通りだ」三人は、気でもふれたのかと開いた口がふさがらなかった。沢富刑事は、指を震わせながら、伊達刑事の左肩に指先を当てた。「先輩、分かりました。頭を上げてください。僕も、やるだけのことは、やってみます」

 

 頭を上げた伊達刑事の目から、涙が零れ落ちていた。「すまんな~、馬鹿な上司を持って。一生に一度のお願いだ。お前には、決して迷惑はかけん」伊達刑事は、立ち上がり、自分の席に戻った。ナオ子は、不安げな顔で沢富刑事に尋ねた。「そんなことして大丈夫なの。沢富さんのお父様にご迷惑がかかるんじゃないの?」沢富刑事は、笑顔で答えた。「僕も腹をくくりました。先輩がやめるときは、僕もやめます」

春日信彦
作家:春日信彦
サンタの伝言
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