サンタの伝言

アンナが、恐る恐る相談室のドアを開くと、イケメン先生がオレンジの小さな丸テーブルに腰掛けていた。アンナが、先生の正面に腰掛け、挨拶した。「亜紀の母親です。よろしくお願いします」先生は、グリーンの目をピッカ、ピッカと輝かせ、挨拶した。「ようこそいらっしゃいました。どんな、質問にもお答えします。遠慮されずに、ガンガン質問してください」アンナは、イケメン先生の甘い声を聞いて、緊張がほぐれた。

 

早速、アンナは、胸の奥でくすぶっていた悩みを打ち明けた。「先生、ますます、ひとり言が増えているんです。このままで、大丈夫でしょうか?」先生は、マニュアルに従った返事をした。「日本国民は、憲法で表現の自由が認められています。まったく、問題はありません」アンナは、質問の趣旨が通じてないようで、もう一度、言い方を変えて質問した。「それはわかっています、子供が動物に向かって、なにやらしゃべっているんです。とにかく、気味が悪いんです」

 

 先生は、心理学のプログラムを採用した。「人が動物と話をすることは、決して体や精神に害を与えるものではありません。これは、ストレス発散の方法で、むしろ、そのことによって、健全な心と体になるでしょう」アンナは、かわいい犬や猫と会話するのはなんとなく許せたが、気味の悪いカラスと話をするのは、納得がいかなかった。いったいなぜ、カラスと話をするのか知りたかった。 

「先生、かわいい犬とネコと話をするのは、許せるんですが、気味の悪いカラスとも話しをするんです。どこか、心の病でもあるんでしょうか?」先生は、大人の先入観について指摘した。「お母様、カラスを気味が悪いとおっしゃいましたね。確かに、ゴミをあさったりして、人間に迷惑をかけることはあるでしょう。だからと言って、カラスは、悪い鳥だと決めつけてはいけません。亜紀さんは、カラスのやさしさや賢さを理解しているのです。だから、カラスと仲良くお話ができるのです」

 

アンナは、少しずつムカつき始めていた。先生は、母親の気持がまったくわかっていないと思った。犬、猫、カラスたちと楽しそうに話している姿を見れば、どんな親だって気味が悪いと思うと言いたかった。「先生、亜紀は、動物の言葉が分かるのでしょうか?人と話をするように会話しているんです。これって、病気じゃないですか?」先生は、特殊性について話をすることにした。

 

「動物と話をする人は、少ないでしょう。少ないからと言って、彼らを病人扱いしてはいけません。彼らは、動物の表情を言葉に変換する能力を持っているのです。だから、人間相手と同様に動物とも会話ができるのです。亜紀さんは、その能力が特に秀でていると言えます。決して、病気ではありません。お母様、ご心配ありません」アンナは、何か、先生に言いくるめられているようで、ますます、ムカついてきた。

 

「でも、先生、学校では、友達とうまくやっているのでしょうか?とても、心配なんです。友達から、変人扱いされていませんか?」先生は、学校での友達関係は良好であることを伝えた。「亜紀さんは、クラスの人気者です。イジメも受けていません。ただ、男子にモテすぎるので、女子に嫉妬されているようです。今のところ、三角関係のもつれから、イジメ自殺事件に発展することはないと思われます」

 

イジメを受けてないと聞いて安心したが、最近、反抗するようになったことについて聞いてみた。「最近、口ごたえをするようになったんです。素直さがないと言うか、意地っ張りと言うか、頑固と言うか、とにかく、最近は、言うことを聞かないんです。親と会話せず、動物とばかり話をしています。母親に問題があるんでしょうか?それとも、亜紀に悩みでもできたのでしょうか?」

 

先生は、成長過程の心理について話し始めた。「それは、母親に問題があるのではありません。成長する上で必要な反抗です。これは、病気ではなく、健全な心の成長と考えてください。亜紀さんは、母親に言いにくいことを、動物に言っているのでしょう。亜紀さんは、動物に悩みを打ち明け、動物から癒しを与えられていると考えられます。おそらく、亜紀さんは、心の底に、人には言えない悲しみを抱えているようです。お母様は、亜紀さんを信じてあげることです」

アンナは、亜紀の動物との会話は、病気ではないと聞かされ一安心したが、拓実が生まれて、亜紀への態度が以前と変わってきたのではないかと不安になった。たとえ実の子供が生まれたとしても、亜紀への愛情は決して変わらないと思っていたが、自分では気づかず、亜紀へ冷たい態度をし始めているのではないかと心配になった。この不安を先生に打ち明けようかと思ったが、今回は、心の中に収めることにした。

 

「先生、少し安心いたしました。亜紀を信じて、育てていきます。今日は、ありがとうございました。失礼します」先生は、笑顔で話を締めくくった。「勇気を出してください。子供は、お母さんのやさしさで大きく育ちます」アンナは、先生に深々とお辞儀をして、相談室を出た。ほんの少し、心のもやもやが解消したアンナは、校門を出ると両腕を伸ばし、大きく背伸びした。そのとき、校門の左方向からを走ってきたピンクのタクシーが、くるりとユーターンして目の前に止まった。

 

女性の運転手は、アンナに笑顔を見せると、後部ドアを開いた。アンナは、タクシーを止めるつもりはなかったが、タクシーで帰る予定をしていたため、笑顔で乗り込んだ。「平原歴史公園まで、お願い」運転手は、はい、と言ってアクセルをゆっくり踏み込んだ。アンナは、チラッと見た女性ドライバーの顔が気になった。どこかで見たような顔だと思った。しかも、最近、テレビで見たような気がした。

春日信彦
作家:春日信彦
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