ホワイトレディー

 そのとき、秀樹が店員に声をかけた。「ちょっと待ってください」秀樹は、店を出ると駆け足で運転手を呼びに行った。「ジー、エサの代金を払ってくれ。いいだろ」買い物を任されている運転手は、笑顔で、はい、と返事をした。小走りにカウンターにやってきた運転手は、内ポケットから財布を取り出し、秀樹専用カードでえさの代金を支払った。亜紀は、何と言っていいか分からず、とっさに、ありがとうございます、と言ってしまった。

 

 亜紀は、肩をすぼめてしまった。エサの代金で秀樹に借りを作ってしまい、なんとなく惨めになってしまった。「家に帰ったら、お返しします」亜紀は、言葉を付け加えたが、運転手は、笑顔で返事した。「気にしなくて、いいんですよ。お坊ちゃんからのプレゼントです。さあ、参りましょう」運転手は、秀樹と亜紀の背中を押して、自動ドアを出た。二人を後部座席に乗せたベンツは、亜紀の自宅に向かった。 

 

 亜紀の自宅前の道路にベンツが到着すると、聞きなれないエンジン音をキャッチしたスパイダーがワンワンと吠えた。スパイダーの声にびっくりして跳ね起きたピースが、ベランダに飛び出した。夕食の準備をしていたアンナも宅急便ではないかと思い、ベランダに出た。アンナは垣根の入り口に目をやると、入り口前にシルバーのベンツが止まっていた。入り口には、最近ちょくちょく遊びにやってくる秀樹と亜紀の姿があった。亜紀は、落ち込んだ顔で頭を下げていた。

アンナは、エプロン姿のままで駆けていき、声をかけた。「お帰り、亜紀、送っていただいたの?」亜紀に声をかけるやいなや、ベンツに目をやった。アンナの姿に気づいた初老の男性が、運転席から降りてくるとアンナに挨拶した。「こんにちは。秀樹お坊ちゃんが、お世話になっています」アンナは、送ってもらったことに恐縮し、お礼を言った。「こちらこそ、送っていただきまして、ありがとうございます。亜紀、ちゃんと、お礼を言ったの?」亜紀は、すでに、何度もお礼を言っていたので、ほんの少し、イラッとしたが、笑顔を作り、改めて、ありがとう、とお礼を言った。

 

 運転手と秀樹に頭を下げたアンナと亜紀は、ベンツが消えるまで手を振って見送った。亜紀は、ペットショップでえさ代を運転手に支払ってもらったことを話すべきだと思ったが、秀樹のプレゼントだと思った瞬間、そのことを話したくなくなった。亜紀に小さな秘密ができたとき、亜紀の顔がポッと赤くなった。うつむいた亜紀は、とっさに、アンナを置いてベランダでお座りをしているピースのもとに駆けて行った。

 

 姫島を飛び立った二羽のカラスとホワイトレディーは、二時半ごろ平原歴史公園に到着し、ヤマモモの木の下で、亜紀が帰ってくるのを待っていた。3時前に帰宅した亜紀は、ハトたちの歓迎パーティーを歴史公園ですることをピースに伝えた。ピースは、早速、公園で待っているカラスとホワイトレディーにパーティーのことを伝えに行った。亜紀は、アンナに知られないように、こっそりパーティーの準備に取り掛かった。

犬、猫、ハト、カラスのエサと飲み物と、自分が食べるサンドイッチとオレンジジュースをキャリーバッグに詰め込み、こっそり、それを玄関前に置くと、キッチンからアンナに声をかけた。「ママ、ちょっと、公園に行ってくる」夕食の準備を終え、リビングで福岡モーターショーの予告ニュースを見ていたアンナは、いつもの返事をした。「暗くならないうちに帰ってくるのよ。分かった」亜紀は、大きな声で、ハ~~イと返事すると、スパイダーを連れて公園に向かった。

 

 ポッポッポ~、ハトポッポ~、豆がほしいか、そらやるぞ、みんなでいっしょに、食べに来い。ポッポッポ~、ハトポッポ~、豆はうまいか、食べたなら、みんなでなかよく、遊ぼうよ。亜紀のカワイ~声が、公園まで流れた。イエローのキャリーバッグを引いてくる亜紀を確認した風来坊は、ホワイトレディーに声をかけた。「みんな、お友達の亜紀ちゃんだ。ベンチのところに行こう」カラスとホワイトレディーは、小さく羽ばたき、ベンチの前に集合した。

 

白いハトたちに気づいた亜紀は、右手を大きく振りながら、笑顔で声をかけた。「ヤッホ~、お待たせ~」ベンチに到着した亜紀は、キャリーバッグをベンチの前に立て、詰め込んでいたご馳走を取り出し、ベンチの座席に並べた「みんな、お腹すいたでしょう。今から、パーティーよ」亜紀は、五羽の白いハトには、ペットショップで買ったハトのエサ、カラスにはポップコーンと食パン、ピースにはキャットフード、スパイダーにはスペシャルドッグフードをお皿に盛り付けると、それぞれをベンチの前に並べた。

「みんな、食べていいわよ」カラス、ハト、猫、犬、いっせいに、イタダキマ~~スと言って、お皿に顔を突っ込んだ。さらに、亜紀は、ミネラルウォーターを三つのお皿に注ぎ、カラスとハトたちの前に一つ、ピースの前に一つ、スパイダーの前に一つ、こぼさないようにゆっくり置いた。

 

 ダイエットをしている少食のホワイトレディーは、いち早く食事を終え、ご馳走さま、と言った。風来坊とケイスケたちは、大きなくちばしで、食パンをパクパク食べていた。スパイダーは、ドッグフードがなくなっても、お皿を舐めまわしていた。ピースは、小さな口で、上品にキャットフードを少しずつ味わうように食べていた。亜紀もハムサンドを口にほう張り、もぐもぐさせて、ゆっくり食べた。

 

 風来坊とケイスケたちは、山盛りの食パンをたいらげ、満足げな笑顔でご馳走さま、と言った。スパイダーは、まだ食べたりないと言った顔つきで、ご馳走さん、と言った。ピースは、右手で口を拭きながら、かわいらしい声で、ご馳走さま、と言った。最後に、亜紀が、ジュースをゴクンと飲み下し、ご馳走さま、と言った。久しぶりのご馳走にありつけて、お腹を押さえていた風来坊は、ホワイトレディーの笑顔を見たとき、彼女たちの紹介を忘れていたことに気づき、自己紹介させることにした。

春日信彦
作家:春日信彦
ホワイトレディー
0
  • 0円
  • ダウンロード

40 / 46

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント