ホワイトレディー

「カラス?カラスを通じてってことは、亜紀は、カラスとも、お友達ってことになるけど、どうやって、カラスと友達になったのさ」亜紀は、クスクス笑い出した。まったく冗談のような話だから、この辺で冗談だと言おうかと思ったが、この際、怒り出すまで話すことにした。「カラスはね、家に飼っている猫の友達なの。つまり、猫とカラスと亜紀は、友達ってこと。分かった?」

 

 もはや、あきれて何もいえなかった。冗談にしても、ここまで、冷静に話されると、怒りがこみ上げてこなかった。「そうなのか。とにかく、亜紀は、カワイ~から、友達が多いってことだよね。お友達って、ハトだろ、歓迎パーティーって、どんなことやるんだよ」亜紀は、ハトのえさを買う話をすれば、怒りがおさまるんじゃないかと思った。「大それたことじゃないのよ。ハトにエサをあげるだけよ」

 

 秀樹は、やっと、気持のもやもやが、消えた気がした。ハトにエサをやるだけのことだとわかり、話を盛り上げることにした。「ハトのえさって、ポップコーンみたいなもの?」亜紀は、今からの計画を話すことにした。「ハトのエサを今から買いに行くの。ハトにおいしいエサを食べさせて、ハトさんに喜んでもらおうと思ってるの。ペットショップのおじさんに聞いて、買う事にする」

秀樹は、亜紀に気に入られる絶好のチャンスと思い、ペットショップについていくことにした。「そうか。ペットショップに行くんだったら、僕の車で行けばいいさ。僕は、亜紀のお供をするから」秀樹は、いつも、ベンツの送り迎えで、通学していた。亜紀は、ちょっと、ためらったが、西新のペットショップに行くには、地下鉄を降りて歩かなければならなかったので、この際、秀樹を利用することにした。

 

 亜紀は、上目づかいでささやいた。「それじゃ、乗せてもらおうかな~?」秀樹は、笑顔で返事した。「いいとも、車は、もう着いているはずだ。さあ、行こう」秀樹と亜紀は、送り迎え専用の駐車場に向かった。二人が駐車場に行くと、初老の運転手がベンツのボンネットを磨いていた。秀樹に気がついた運転手は、愛想のよい軽やかな声で、挨拶をした。「お坊ちゃん、お待ちしていました」運転手は、亜紀を見て首を傾げたが、笑顔を二人に向けた。

 

 「ジー、今日は、ちょっと、寄り道をして帰る。いいだろ」運転手は、女子を送るつもりだと察知した。「分かりました。お嬢さんをお送りすればいいのですね」秀樹は、了解してくれてほっとしたが、さらに、西新のペットショップの話をした。「ちょっと、ペットショップによってほしいんだ。亜紀は、ハトのえさを買いたいんだってさ。西新にあるそうなんだ。行ってくれるだろ」

運転手は、即座に笑顔を作った。「もちろんです。ペットショップですね。ナビで調べれば、すぐに分かります。それでは、お乗りください」運転手は、後部のドアを開けた。秀樹は、先に、亜紀を乗せて、その横に腰掛けた。運転手が、ドアを閉めたとき、亜紀とデートしているようで、秀樹の心臓はバクバクし始め、顔が真っ赤になった。運転手が、参ります、と言うとハイブリットのベンツが静かに動き出した。

 

 亜紀は、ペットショップの場所を指示しようと思ったが、ナビにしたがって行ってもらうことにした。10分もするとペットショップに着いた。運転手は、駐車場にベンツを入れると、さっと降りて、亜紀が座っている方の後部ドアを開けた。「つきました。ここで待っていますので、ごゆっくりお買い物をなさってください」にやっとした秀樹は、先に降りるとすばやく反対側のドアに回りこみ、亜紀が降りるのを笑顔で待った。亜紀は、一人で買いものをしようと思っていたが、金魚のフンのように秀樹は後ろからついてきた。

 

 亜紀は、店内に入り、カウンター横に立っていた店員に声をかけた。「ハトのえさをください」店員は、ハトのえさを持ってくるとカウンターに置いた。「それと、ドッグフードがほしいのですが、とびきりおいしいのをください」店員は、高級な牛肉で作られたドッグフードを手に取ると、駆け足で戻ってきた。店員は、会計をした。「合計で、8580円です」亜紀は、えさがこんなに高いとは思わなかった。きっと、ドッグフードが高いのだと思った。財布の中の5000円札を見つめ、ちょっと、首をかしげた。

 そのとき、秀樹が店員に声をかけた。「ちょっと待ってください」秀樹は、店を出ると駆け足で運転手を呼びに行った。「ジー、エサの代金を払ってくれ。いいだろ」買い物を任されている運転手は、笑顔で、はい、と返事をした。小走りにカウンターにやってきた運転手は、内ポケットから財布を取り出し、秀樹専用カードでえさの代金を支払った。亜紀は、何と言っていいか分からず、とっさに、ありがとうございます、と言ってしまった。

 

 亜紀は、肩をすぼめてしまった。エサの代金で秀樹に借りを作ってしまい、なんとなく惨めになってしまった。「家に帰ったら、お返しします」亜紀は、言葉を付け加えたが、運転手は、笑顔で返事した。「気にしなくて、いいんですよ。お坊ちゃんからのプレゼントです。さあ、参りましょう」運転手は、秀樹と亜紀の背中を押して、自動ドアを出た。二人を後部座席に乗せたベンツは、亜紀の自宅に向かった。 

 

 亜紀の自宅前の道路にベンツが到着すると、聞きなれないエンジン音をキャッチしたスパイダーがワンワンと吠えた。スパイダーの声にびっくりして跳ね起きたピースが、ベランダに飛び出した。夕食の準備をしていたアンナも宅急便ではないかと思い、ベランダに出た。アンナは垣根の入り口に目をやると、入り口前にシルバーのベンツが止まっていた。入り口には、最近ちょくちょく遊びにやってくる秀樹と亜紀の姿があった。亜紀は、落ち込んだ顔で頭を下げていた。

春日信彦
作家:春日信彦
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