ホワイトレディー

ランの左隣に戻ったスーは、気持を傷つけないように言葉に気を使いながら話した。「聞いてきたわよ。ケイスケ君、白いハトが好きだって」ランは、その言葉を聞いて目を輝かせた。「と言うことは、脈ありってことね。あ~、夢が膨らむわ。ゴールイン目指して、頑張らなくっちゃ」スーは、予想していた通り、ランは、勘違いしていると思った。「ね~、ラン、ケイスケ君は、特別、誰かを好きって言うのじゃなくて、平和のシンボルの白いハトが好きって言ってるの。恋愛感情じゃないのよ」

 

ランは、なにを言っているの、と言う顔でスーをにらみつけた。「そんなことぐらい、分かっているわよ。最初から、恋愛感情なんか生まれないわよ。小さな思いやりが、次第に、愛に変わっていくんじゃない。ランは、ケイスケ君に尽くすわ。きっと、ケイスケ君も私のことを好きになってくれると思う」このままでは、ランが禁断の恋に陥ってしまうようで、スーは不安になった。

 

「恋愛は、自由だと思う。でも、私たちは、ハトなのよ。しかも、平和のシンボルの白いハトよ。黒いカラスのケイスケ君とめでたく結婚できて、子供が生まれたとき、黒いハトが生まれたら、どうするつもり?黒い子供は、平和のシンボルにはなれないわよ」黒いハトと聞いたランは、一瞬、固まってしまった。黒いハトを頭に浮かべたとき、翼が動かなくなった。「大丈夫、ラン、しっかりして」スーは、落下しそうになったランを背中に乗せた。

 

突然、風来坊の大きな声が響き渡った。「さ~、ついたぞ。芥屋の大門だ。お、遊覧船が走っているぞ。芥屋の大門は、日本三大玄武洞の中でも最大なんだ。実に壮大だ。あの、洞窟は、高さ64メートル、開口10メートル、奥行き90メートルもあるんだ。洞窟の中も見てみるかい?」突然、ミキの悲鳴が響いた。「キャ~、怖いわ。真っ暗なんでしょ。閉所恐怖症なの。私は、遠慮するわ」

 

ランの声が後に続いた。「私も、怖いわ。コウモリがいたらどうするの。嫌だわ。私も遠慮するわ」そのおびえた声を聞いた風来坊は、洞窟内の見学は、取りやめにすることにした。「分かりました。それでは、姫島に向かいます。そこで、しばらく休憩しましょう。後、もう少しです。あ、東風が強くなった。この風に乗って、一気に前進だ」ホワイトレディーは、安心し、笑顔を取り戻した。

 

 ケイスケは、遊覧船の観光客が手を振っているのを発見した。「皆さん、あの小さな遊覧船を見てください。ほら、窓から手を振っています。きっと、白いハトに手を振っているんですよ」みんなは、眼下の遊覧船に目をやった。ケイが、うれしそうに叫んだ。「やっぱ、私たちって、人気者なのね。みんな、大きな円を描いて、観光客に挨拶しましょうよ。風来坊さん、大きな円を描いてちょうだい」

 数学が得意な風来坊は、瞬時に円をイメージした。風来坊は、大きな声でケイスケに叫んだ。「そこにじっとしていろ。ケイスケを中心に半径50メートルの円を描く」ケイスケがうなずき、その場で羽ばたくと、風来坊は、スピードを上げて、大きな円を描き始めた。ホワイトレディーも一列になって、風来坊の後について大きな円を描いた。眼下の遊覧船の観光客は、拍手とともに、いっせいに歓声を上げた。

 

グルッと円を二周描き、ケイスケが、カーカーとさようならと言うと、ハトたちもクック、クック、とかわいい声を上げた。しばらく風に流されると、眼下に白い線を引きながら走る小型渡航船が、目に飛び込んできた。その渡航船は、岐志漁港を出発し、姫島漁港に向かう船だった。真っ白い線を引く高速船に負けまいと風来坊は、スピードを上げた。ホワイトレディーも、気持ちよくスピードを上げた。渡航船と同時に到着すると姫島の西側の堤防に着陸した。

 

少し疲れたホワイトレディーだったが、パシャ~ン、パシャ~ンと打ち寄せる静かな波音に耳を傾け、心を和らげた。目を閉じて、堤防で翼を休めていると、ニャ~~ン、ニャ~ンと言うかわいい声が響いてきた。ミーが、声を発した。「ほら、見て、あんなところに子猫。ここにも、あそこにも、猫がいるわ。この島って、猫島なのかしら?」カラスもハトたちも、いっせいに、大きく目を見開き、堤防の下を覗き込んだ。そこには、20匹以上の猫が、楽しそうに戯れていた。

突然、キャ~、と言う甲高い声が鳴った。ランの悲鳴だった。「黒猫がやってくる。怖い。ケイスケ君」ランは、ケイスケに助けを求めた。漁港と防波堤を東西につなぐ細い道の中央に黒猫の姿があった。その黒猫の姿は、ゆっくりホワイトレディーに近づいていた。カワイ~猫を見ていたほかのハトたちも、黒猫の姿に気がついた。黒猫は、黒ヒョウのようにゆっくりとしかも威厳のある歩き方でホワイトレディーの目の前まで近づいて来た。ホワイトレディーは、身を寄せ震えだした。

 

ケイスケは、もし黒猫が攻撃してきたならば、命をかけても黒猫と闘い、ハトたちを守る覚悟で、じっと黒猫の動きを見つめた。風来坊は、近づいてくる黒猫を見て、卑弥呼女王に似ていることに気づいた。風来坊は、冷静な声でみんなを落ち着かせた。「みんな、心配することはない。あの黒猫は、お友達だ。糸島の女帝、卑弥呼女王だ」その一言に、ホワイトレディーはほっとした。ケイスケの緊張も一瞬にして解けた。

 

黒猫の姿は、すぐそこまでやってきた。防波堤から2メートルほどに近づいたところで、黒猫は、ぴたりと止まった。黒猫は、そこでお座りをすると話し始めた。「こんにちは、ようこそ姫島へ。私は、卑弥呼といいます。ここには、たくさんの猫たちがいますが、決して、小鳥たちを攻撃するような野蛮なことは、いたしません。この島の猫たちとお友達になってください」

春日信彦
作家:春日信彦
ホワイトレディー
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