ホワイトレディー

 数学が得意な風来坊は、瞬時に円をイメージした。風来坊は、大きな声でケイスケに叫んだ。「そこにじっとしていろ。ケイスケを中心に半径50メートルの円を描く」ケイスケがうなずき、その場で羽ばたくと、風来坊は、スピードを上げて、大きな円を描き始めた。ホワイトレディーも一列になって、風来坊の後について大きな円を描いた。眼下の遊覧船の観光客は、拍手とともに、いっせいに歓声を上げた。

 

グルッと円を二周描き、ケイスケが、カーカーとさようならと言うと、ハトたちもクック、クック、とかわいい声を上げた。しばらく風に流されると、眼下に白い線を引きながら走る小型渡航船が、目に飛び込んできた。その渡航船は、岐志漁港を出発し、姫島漁港に向かう船だった。真っ白い線を引く高速船に負けまいと風来坊は、スピードを上げた。ホワイトレディーも、気持ちよくスピードを上げた。渡航船と同時に到着すると姫島の西側の堤防に着陸した。

 

少し疲れたホワイトレディーだったが、パシャ~ン、パシャ~ンと打ち寄せる静かな波音に耳を傾け、心を和らげた。目を閉じて、堤防で翼を休めていると、ニャ~~ン、ニャ~ンと言うかわいい声が響いてきた。ミーが、声を発した。「ほら、見て、あんなところに子猫。ここにも、あそこにも、猫がいるわ。この島って、猫島なのかしら?」カラスもハトたちも、いっせいに、大きく目を見開き、堤防の下を覗き込んだ。そこには、20匹以上の猫が、楽しそうに戯れていた。

突然、キャ~、と言う甲高い声が鳴った。ランの悲鳴だった。「黒猫がやってくる。怖い。ケイスケ君」ランは、ケイスケに助けを求めた。漁港と防波堤を東西につなぐ細い道の中央に黒猫の姿があった。その黒猫の姿は、ゆっくりホワイトレディーに近づいていた。カワイ~猫を見ていたほかのハトたちも、黒猫の姿に気がついた。黒猫は、黒ヒョウのようにゆっくりとしかも威厳のある歩き方でホワイトレディーの目の前まで近づいて来た。ホワイトレディーは、身を寄せ震えだした。

 

ケイスケは、もし黒猫が攻撃してきたならば、命をかけても黒猫と闘い、ハトたちを守る覚悟で、じっと黒猫の動きを見つめた。風来坊は、近づいてくる黒猫を見て、卑弥呼女王に似ていることに気づいた。風来坊は、冷静な声でみんなを落ち着かせた。「みんな、心配することはない。あの黒猫は、お友達だ。糸島の女帝、卑弥呼女王だ」その一言に、ホワイトレディーはほっとした。ケイスケの緊張も一瞬にして解けた。

 

黒猫の姿は、すぐそこまでやってきた。防波堤から2メートルほどに近づいたところで、黒猫は、ぴたりと止まった。黒猫は、そこでお座りをすると話し始めた。「こんにちは、ようこそ姫島へ。私は、卑弥呼といいます。ここには、たくさんの猫たちがいますが、決して、小鳥たちを攻撃するような野蛮なことは、いたしません。この島の猫たちとお友達になってください」

風来坊は、やはり卑弥呼女王であったと、一安心した。「こんにちは、卑弥呼女王。今日は、姫島の猫たちの様子を見にこられたのですか?」卑弥呼女王は、うなずき、返事をした。「一週間に一度、姫島にやってきます。猫たちの生活ぶりの確認と、私をかわいがってくださるおじいさんとお話しするために。もし、この島のことで何かお聞きになりたいことがあれば、おっしゃってください」

 

風来坊は、まず、遠路はるばる長崎からやってきたホワイトレディーの紹介をすることにした。「卑弥呼女王、こちらの方たちは、今朝、長崎からやってこられた私のお友達です。糸島は、初めてということで、糸島を案内しています。すでに、つい今しがた、夫婦岩、芥屋の大門を案内しました。姫島案内を最後に、平原遺跡に戻る予定です」卑弥呼女王は、姫島を観光スポットにしてくれたことに感謝し、ほんの少し微笑んだ。

 

この黒猫が、糸島の女帝と聞いて、糸島に興味がわいたミーは、卑弥呼女王に質問した。「ちょっと、お聞きしますが、卑弥呼女王は、どうやって、姫島にやってこられたのですか?今の渡航船に乗って、やってこられたのですか?」卑弥呼女王は、即座に答えた。「はい、先ほど到着した渡航船です。私は、船長に気に入られ、いつも、無料で乗せていただいているのです。私は、糸島めぐりをしているうちに、多くの方たちとお友達になりました。糸島には、親切な方たちがたくさんいます。あなたたちも、糸島めぐりをして、たくさんのお友達を作ってください」

 

風来坊は、野村望東尼遺跡の見学を予定していたが、そのほかに、観光スポットがあるか聞いてみた。「姫島の名所と言えば、野村望東尼遺跡ですが、そのほかに何か名所はありますか?」卑弥呼女王は、名所と言われ首をかしげた。姫島は、漁業で生計を立てている漁村で、島からの眺めが絶景だと言うことぐらいしか、特に自慢できるものはなかった。確かに、海の幸は、新鮮でとても美味で自慢できることであったが、タイやサザエは、ハトたちの食事というわけには行かないと思った。

 

卑弥呼女王の脳裏に、ピンとひらめきが起きた。尻尾を左右に振り、笑顔で答えた。「この島には、これといった名所は、ありませんが、すぐそこに、数人の生徒しかいない小中学校があります。子供たちと遊んで見られてはいかがですか。きっと、子供たちにとって、白いハトを見るのは初めてではないでしょうか。きっと、子供たちは、大喜びです」防波堤の北側に位置する小さな姫島小中学校には、十人ほどの生徒が通っていた。

 

ホワイトレディーは、子供たちと聞いて、ぱっと笑顔になった。もし、島の子供たちが、長崎平和公園に行ったことがなければ、私たちのことを知らないと思った。この際、平和の大切さを知ってもらうためにも、平和のシンボルを見てもらうことは、有意義なことだと思えた。ケイが、みんなに声をかけた。「この島の子供たちに、ホワイトレディーのパフォーマンスを見せてあげましょう。子供たちは、きっと喜ぶわよ。早速、学校に行ってみましょう」

春日信彦
作家:春日信彦
ホワイトレディー
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