そして、消えた

 ドリームカンパニー ツクル氏は、山内さんに 河野社員の様子を尋ね、ログインさせるよう指示した。山内さんは河野社員にログインさせ、ファイル内を読んでいる現況を伝えた。立体画像で映すことも可能だが、いまは、エネルギーを出来るだけ長持ちするようにしなくてはならない
 ドリームカンパニーの「山内さん」は、河野社員ご明察のとおり、ロボットである。ツクルが生まれたときからの ツクルに使える執事ロボットなのだ。本星では、ロボットの頭脳と家電ロボットは連動しているので、頭に命令を浮かべるだけでよかった。こちらでは、そういうわけに行かないので、掃除機のコードをコンセントに差しこみ、スイッチを押して掃除機を手に持って掃除をしなくてはならない。手順が増えるだけで、なんということはない。ツクルがアンドロイド化してからは、ツクルと山内さんは、お互いの脳波同士で会話ができるにようになった。話す必要も声に出す必要もなかった。本星では、ロボットを限りなくアンドロイドに近づける技術は存在するが、人類がアンドロイド化するにつれ、ロボットは機械的なほうが好まれるようになったのである。本星への送信受信は、山内さんの仕事で、体自体が送信機受信機でもあった。

 21世紀地球での仕事と暮らしを支えるのは現地経済で利益を上げなくてはならない。本星でどんなに資産があろうと給与が高かろうが、貨幣からしてまったく違うシステムのため、役にたたない。クレジット清算などのデータ操作もできなくはないが、余計な軋轢を生み、本来業務に差し障る。「確定した未来を知っている」ことで、現地経済で利益を上げるのは、簡単だ。巨大な富を築くことも可能だが、それでは衆目をひくことになる。成長が確約されている会社に、「確定した未来のデータ」を渡しても、歴史を変えることにはならない。こちらでこなす業務と暮らしを支える資金は、現地でアルバイトを1名雇える程度の規模で十分なのである。むろん現地雇用者には、本来業務は知られないようにし、単に渡されたデータの運びといった便利屋が、仕事だと思わせなくてはならない。受け取り先のクライアントも、河野のような頼りなさそうな若者が届けにくることを不安に思うのが普通だが、どこから見ても「重要任務を帯びていない」風なところが安全策のひとつと説明している。運んでくるのはドリームカンパニーだが、データ収集は、どこの会社が行っているのか、受け取り先のクライアントも知らない。ドリームカンバニーも手荷物”は預かるが、中味は、知らないし、知りえない。データ収集会社は匿名ということだ。

 とうとうログインできた。Dataではじまるファイルが多数存在した。一番上の行からData201510F  Data201509F  Data201411M  と続いていた。
 河野社員は、ファイルを読むことというより「見る」ことに没頭した。ファイルを開くと画面いっぱいに映像が流れ始めた。

 Data201510Fは、行方不明の有名占い師「森田由紀」の出生からはじまり、占い師として活躍し、にこやかにテレビ出演している場面で終了していた。映像の作り方は、ドキュメンタリーではなく、小説を映画化したような雰囲気だった。気になった場面は、河野社員も行ったことのある「海辺のカフェ」そっくりのカフェが映しだされ、森田由紀が「実直な元公務員」から「有名占い師」へ「華やかな転身」を遂げたのは、「海辺のカフェの古書」に触れたせいと本人が思い込んでいる部分だった。海辺のカフェは、事務所の近くでもあり、ツクル氏は、毎日のようにランチに通っていた場所だ。
 Data201509F  は、年配の女性5人のアカペラコンサートやホテルのような所が映っていた。見たことのある場所のような気がしていたら、先日他界した大叔母の「こと」が入居していた老人ホームに間違いない。確かコンサートの5人はバーサンなんとかという歌手グループだ。
 Data201411M  は、海辺のカフェでくつろぐ上品そうな男性が映っていた。こちらは、パーティの映像で終わっていた。どこかで見た人物だと思いながら眺めていたが、パーティの映像のときに やっと 小説家だと気が付いた。ネット検索をかけてみると昨年亡くなっていた。このときの死亡を伝えた新聞記事も読んだ。

 ツクルが、21世紀地球担当になって、ほぼ1世紀が過ぎようとしている。この時代とエリアを任されている理由を、ツクル自身よく理解していた。アンドロイド化が少ないからだ。担当者は、そのエリアと時代に溶け込んでこそ、より成果を得られる。
 ツクルが生まれたとき、全人類の92パーセントは、程度の差こそあれ、アンドロイド化していた。その分健康寿命は脅威的に延びた。が、アンドロイドが暮らす社会は、安全で清潔かつ無機質となった。担当者ではあっても、好きなだけ本星にもどることが許されているのだが、ツクルは、もどりたくなくなっていた。本星との往来には、かなりの負荷がかかる。修復可能限度を超えないよう往来するとなれば、おのずと回数は決まってくる。が、本人の望む通りとは、往来について自己責任とするとの暗黙の了解なのだ。21世紀地球の暮らしは、一言で言うなら総天然色なのである。生物的には危険に満ち溢れていても、危険すら脳は愉しんでいる。比べて、アンドロイド化にすすんだ社会は、モノトーンなのである。生物的破損や老朽化を 医学の進歩により非生物利用を含めて補って長命になった人類は、脳も機械装置に似通ってきた。感情の起伏がどんどん少なくなっていった。事件も事故もない安全清潔な社会だが、面白みがない。もっとも面白みを求めているのは、アンドロイド化していない8パーセントの人類だ。が、絶滅危惧種の100パーセント生物の人類を保護しなくてはならない。なぜなら生物人類はルーツだからだ。保護といっても、本人に「保護されている感」を与えずに、自分は自然に自由に暮らしていると思わせるには、やっかいなことに総天然色の世界が必要なのである。完璧に近い安全安心清潔な社会では、脳は育たないのだ。さまざまな刺激が、破壊しない程度に必要なのである。それなら生物人類を21世紀地球に送り込めばよさそうなものだが、生物度が高い場合、タイムトラベルには耐えられない。ツクルは、タイムトラベルに耐えうるぎりぎりのラインでアンドロイド化していた。
 絶滅危惧種の求める「面白み」に応えるべく、開発された商品が、ドリームカンパニーの「リアル体験」なのである。古書に接触させることで、提供者に残りの人生を前倒しさせ、エネルギーを充填、能力を増幅させて、成功体験に導く。そのデータをそっくり盗んで、リアル体験として販売している。鍵付き古書は、増幅器であり、転送機でもある。突然死になんらかの関わりを疑ったとしても、それ以上に踏み込むことはできない。元データ提供者の寿命は、謎を解く前に尽きるからだ。

21世紀地球暦2015年初冬
 河野社員独りだけが出勤した事務所で、山内さんのパソコンからファイルを読んでいるとき、 ツクルと山内さんは、宇宙船の中に居た。普段は、事務所近くのツクル氏の自宅から通っているが、定期的かつ随時「本星」との連絡に山内さんが宇宙船と地球を往復していた。
 ツクル氏と山内さんの誕生した本星は、常に宇宙緯度で「地球」と一致していた。時間軸の違う河野社員属する時間軸から見て「未来の地球」と言い換えることが可能だ。本星宇宙局は、観測データから、かなりのスピードで、巨大なブラックホールが接近しつつあり、全宇宙に警告を発していた。本星がブラックホールに飲み込まれるのを防ぐ手立てはなかった。時間を遅らせることも不可能だった。ブラックホールの迫る勢いより速く銀河系の外に逃げ出せる可能性はわずかながら残されていた。

 巨大ブラックホール接近の緊急情報に接したとき、ツクル氏は、眼前に底知れぬ闇が広がり、引き込まれそうになった。倒れそうになったツクル氏をすばやく山内さんが支えた。
 宇宙船内のベッドで目覚めたツクル氏は、とめどなく思考が流れるに任せていた。人類の進歩とは何をもっていうのか? タイムスリップが可能なほど科学が進歩しても、接近するブラックホールを直前までなぜ把握できなかったのか? ブラックホールに飲み込まれることが避けられないなら、人類が誕生したときから、滅びの道を歩んできたのか? 人類の純血種を守ることに生涯を捧げてきた自分の人生は、無駄だったのか? 
 山内さんは、アンドロイドであり、感情はないが、ツクル氏の感情の動きとその及ぼす影響については、常に感知しつづけてきた。ゆえにツクル氏は、山内さんに相談することができたのである。
 自問自答と 山内さんとの話し合いの中で、未来の地球の危機的状況を 21世紀人類に伝えるべきとの結論に達していた。

2XXX年Y月Z日 本星は、ブラックホールに飲み込まれた。

同時に 2XXX年Y月Z日より先の 地球の未来 も 消滅した。

 同時にツクル氏と山内さんも宇宙船も消えた。

十五夜
作家:K
そして、消えた
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