そして、消えた

21世紀地球暦 2015年初冬
 外はまだ暗い。夜も開けやらぬこんな朝早くから起きて、まして出勤するなんて、われながら驚くべきことだ。新入社員の河野は、なんとしても山内先輩より早く出勤したかった。採用になってから、さして気にもとめず、机上清掃やお茶汲みも山内さんが「わたしが不在のときにお願いします。」と言うのを間に受け、出勤時間ぎりぎりか 遅刻さえしていた。気まぐれに早めに出勤したときも、出張帰りで帰社が遅れても、いつも山内さんが居た。仕事に張りが出きたせいもあり、たまには山内さんより早く出社したいと思うようになった。こんなに早く起きたのは、人生初、今日こそ自分が会社に一番乗り。ドリームカンパニーに着くころには、明るくなりつつあった。
 出勤は久しぶりだ。海外出張の余禄でなく、本物の休暇をもらって、実家に帰っていた。まぶしいような思いで、古びた事務所のエントランスを眺めた。河野の就職先に不安を抱いていた両親も、海外出張先のお土産を受け取り、話を聞き、何より、息子のはつらつとした元気な様子に、安心したようだった。 
 事務所は、がらーんとしていた。社長も山内さんも居なかった。今日こそ山内さんに勝ったと気持ちが高ぶった。営業開始10時を過ぎても誰も来なかった。めずらしいこともあるものだと思いつつ、自分でコーヒーを入れた。湯沸しポットの電源は入ったままだった。何度も時計をみる。時間が経つのが、とても遅い。もともと事務所内は、書類が山済みということは一切なく、机上には、電話だけ、あとはパソコン、湯沸しポット、コーヒーカップ等がはいったチェスト、小さな本箱、新聞ホルダーと数えるほどの備品しかなかったのだが。


 早朝出勤した河野だが、とうとう終日 社長も山内さんも来なかった。連絡もなかった。 河野晴夫社員は、連日ドリームカンパニーに出勤し、待つ ことだけを仕事にして、毎日むなしく 帰宅した。新聞は配達され続けていたので、新聞に目を通すことが日課になりつつあた。自分でも 年寄り臭い日課だと思う。読むとゆうより、なんとなくページをめくり、眺めているのに近かったが、「行方不明」の見出しには、思わず声が出て、自分で自分の声に驚いた。記事には、最近人気の高かった占い師 森田由紀 が 行方不明とあり、捜索願は、シニアレジデンス 夢の里 施設長 迂会氏。迂会氏は、森田由紀の母親の逝去に伴い、森田氏に来訪してもらったが、その後の連絡をとろうとしたが、連絡が付かず、警察に届け出たとのこと。母親の死に相当のショックを受けていたようだったので、心配になったと掲載されていた。
 新聞を手にしながら、わが身の置かれた状況にどうすればよいのか考えをめぐらせる。警察に届けたほうがよいのだろうか?が、仕事内容の秘密保持の観点からは、届けることはできないのではないか? 行方不明を届出れば、当然業務内容を問われることになる。河野社員独りのドリームカンパニーには、電話もかかってこなかった。手にしたままの新聞をもう一度読み直す。記事の中のシニアレジデンス「夢の里」は、先日他界した大叔母の「こと」が入居していたところではなかったろうか? 
 河野社員は、事務所内を徹底して調べることにした。もう1週間になるのになんの連絡もないのだから、勝手に調べたことを咎められても言い訳はできる。まず自分のPC内のフォルダーや毎日チェックしていたが、メールを再度調べ、次に山内先輩のパソコンを開いてみた。ログインIDはなんだろう? 最新の認証方法としては、指紋認証とかもあるが、この事務所は、少し前のセキュリティ対策で、アナログな雰囲気も感じられるほどなので、開示できるかもしれないと思いつつ、いろいろ試してみる。

 ドリームカンパニー ツクル氏は、山内さんに 河野社員の様子を尋ね、ログインさせるよう指示した。山内さんは河野社員にログインさせ、ファイル内を読んでいる現況を伝えた。立体画像で映すことも可能だが、いまは、エネルギーを出来るだけ長持ちするようにしなくてはならない
 ドリームカンパニーの「山内さん」は、河野社員ご明察のとおり、ロボットである。ツクルが生まれたときからの ツクルに使える執事ロボットなのだ。本星では、ロボットの頭脳と家電ロボットは連動しているので、頭に命令を浮かべるだけでよかった。こちらでは、そういうわけに行かないので、掃除機のコードをコンセントに差しこみ、スイッチを押して掃除機を手に持って掃除をしなくてはならない。手順が増えるだけで、なんということはない。ツクルがアンドロイド化してからは、ツクルと山内さんは、お互いの脳波同士で会話ができるにようになった。話す必要も声に出す必要もなかった。本星では、ロボットを限りなくアンドロイドに近づける技術は存在するが、人類がアンドロイド化するにつれ、ロボットは機械的なほうが好まれるようになったのである。本星への送信受信は、山内さんの仕事で、体自体が送信機受信機でもあった。

 21世紀地球での仕事と暮らしを支えるのは現地経済で利益を上げなくてはならない。本星でどんなに資産があろうと給与が高かろうが、貨幣からしてまったく違うシステムのため、役にたたない。クレジット清算などのデータ操作もできなくはないが、余計な軋轢を生み、本来業務に差し障る。「確定した未来を知っている」ことで、現地経済で利益を上げるのは、簡単だ。巨大な富を築くことも可能だが、それでは衆目をひくことになる。成長が確約されている会社に、「確定した未来のデータ」を渡しても、歴史を変えることにはならない。こちらでこなす業務と暮らしを支える資金は、現地でアルバイトを1名雇える程度の規模で十分なのである。むろん現地雇用者には、本来業務は知られないようにし、単に渡されたデータの運びといった便利屋が、仕事だと思わせなくてはならない。受け取り先のクライアントも、河野のような頼りなさそうな若者が届けにくることを不安に思うのが普通だが、どこから見ても「重要任務を帯びていない」風なところが安全策のひとつと説明している。運んでくるのはドリームカンパニーだが、データ収集は、どこの会社が行っているのか、受け取り先のクライアントも知らない。ドリームカンバニーも手荷物”は預かるが、中味は、知らないし、知りえない。データ収集会社は匿名ということだ。

 とうとうログインできた。Dataではじまるファイルが多数存在した。一番上の行からData201510F  Data201509F  Data201411M  と続いていた。
 河野社員は、ファイルを読むことというより「見る」ことに没頭した。ファイルを開くと画面いっぱいに映像が流れ始めた。

 Data201510Fは、行方不明の有名占い師「森田由紀」の出生からはじまり、占い師として活躍し、にこやかにテレビ出演している場面で終了していた。映像の作り方は、ドキュメンタリーではなく、小説を映画化したような雰囲気だった。気になった場面は、河野社員も行ったことのある「海辺のカフェ」そっくりのカフェが映しだされ、森田由紀が「実直な元公務員」から「有名占い師」へ「華やかな転身」を遂げたのは、「海辺のカフェの古書」に触れたせいと本人が思い込んでいる部分だった。海辺のカフェは、事務所の近くでもあり、ツクル氏は、毎日のようにランチに通っていた場所だ。
 Data201509F  は、年配の女性5人のアカペラコンサートやホテルのような所が映っていた。見たことのある場所のような気がしていたら、先日他界した大叔母の「こと」が入居していた老人ホームに間違いない。確かコンサートの5人はバーサンなんとかという歌手グループだ。
 Data201411M  は、海辺のカフェでくつろぐ上品そうな男性が映っていた。こちらは、パーティの映像で終わっていた。どこかで見た人物だと思いながら眺めていたが、パーティの映像のときに やっと 小説家だと気が付いた。ネット検索をかけてみると昨年亡くなっていた。このときの死亡を伝えた新聞記事も読んだ。

 ツクルが、21世紀地球担当になって、ほぼ1世紀が過ぎようとしている。この時代とエリアを任されている理由を、ツクル自身よく理解していた。アンドロイド化が少ないからだ。担当者は、そのエリアと時代に溶け込んでこそ、より成果を得られる。
 ツクルが生まれたとき、全人類の92パーセントは、程度の差こそあれ、アンドロイド化していた。その分健康寿命は脅威的に延びた。が、アンドロイドが暮らす社会は、安全で清潔かつ無機質となった。担当者ではあっても、好きなだけ本星にもどることが許されているのだが、ツクルは、もどりたくなくなっていた。本星との往来には、かなりの負荷がかかる。修復可能限度を超えないよう往来するとなれば、おのずと回数は決まってくる。が、本人の望む通りとは、往来について自己責任とするとの暗黙の了解なのだ。21世紀地球の暮らしは、一言で言うなら総天然色なのである。生物的には危険に満ち溢れていても、危険すら脳は愉しんでいる。比べて、アンドロイド化にすすんだ社会は、モノトーンなのである。生物的破損や老朽化を 医学の進歩により非生物利用を含めて補って長命になった人類は、脳も機械装置に似通ってきた。感情の起伏がどんどん少なくなっていった。事件も事故もない安全清潔な社会だが、面白みがない。もっとも面白みを求めているのは、アンドロイド化していない8パーセントの人類だ。が、絶滅危惧種の100パーセント生物の人類を保護しなくてはならない。なぜなら生物人類はルーツだからだ。保護といっても、本人に「保護されている感」を与えずに、自分は自然に自由に暮らしていると思わせるには、やっかいなことに総天然色の世界が必要なのである。完璧に近い安全安心清潔な社会では、脳は育たないのだ。さまざまな刺激が、破壊しない程度に必要なのである。それなら生物人類を21世紀地球に送り込めばよさそうなものだが、生物度が高い場合、タイムトラベルには耐えられない。ツクルは、タイムトラベルに耐えうるぎりぎりのラインでアンドロイド化していた。
 絶滅危惧種の求める「面白み」に応えるべく、開発された商品が、ドリームカンパニーの「リアル体験」なのである。古書に接触させることで、提供者に残りの人生を前倒しさせ、エネルギーを充填、能力を増幅させて、成功体験に導く。そのデータをそっくり盗んで、リアル体験として販売している。鍵付き古書は、増幅器であり、転送機でもある。突然死になんらかの関わりを疑ったとしても、それ以上に踏み込むことはできない。元データ提供者の寿命は、謎を解く前に尽きるからだ。

十五夜
作家:K
そして、消えた
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